臆病な僕が電子の妖精と出会って強くなったら、夢に出てくる美少女を探すことになってしまった!? ~夢だとばかり思っていたら、きみに生身の体があるなんて聞いてないよ!~
佐々木尽左
第1章 絡み始める糸
回り出す歯車
森の端に身を潜めた僕と荒神さんは雪が残る原野を見つめていた。
僕達の視線の先には、幼稚園児くらいの大きさの腹が出っ張った醜い年寄りのような魔物一匹がのんびりと歩き回っている。
「
「はい」
フェイスガードなしのタクティカルヘルメットを被った僕は、右隣の荒神さんに目を向けてうなずいた。右手に抜刀した三キロ程度の対魔物用大型鉈を握りしめる。
高校に入学してから始めたジュニアハンターだけど、同じ支部の同期生で未だに訓練生なのは僕だけだ。今日こそ試験を突破するんだ!
自分に気合いを入れている僕の隣の荒神さんは周囲に目を向けてからささやいてくる。
「周囲に他の敵影はなし。パソウェアの戦闘支援機能はちゃんと切っとけよ。試験にならねぇからな。俺が合図をしたら突撃だ」
僕はうなずくのが精一杯だった。もう目の前の敵から目が離せない。
作戦は単純でスタートダッシュからの突撃でそのまま切り込む。うまくいけばすぐに終わるはずなんだけど。
そよ風のかすかな音だけが聞こえる。春先だから体が冷えてきて寒い。
しばらく待った後、唐突に荒神さんの鋭い声が背後から耳に入る。
「行け!」
緊張と寒さで固まっていた僕の体は思うように動いてくれなかった。足を滑らせてつんのめってしまう。
スタートダッシュからの突撃に失敗した僕は体を左手で支えて体を立ち上げた。
それでも僕は走る。強化外骨格のおかげで五十メートルを四秒くらいで走れそうだ。このまま勢いで押し切ってやる!
「え?」
前に差し出した右足で地面を踏みしめようとしたときだった。そこにあるはずの確かな感触がなくて、いきなり空中に踏み出したかのような感覚に僕は混乱する。
おかしかったのは自分の足下だけじゃなかった。視界が次第に下へとずれ込み、周りの地面も落とし穴に誰かがはまったかのように陥没していく。
少し先にいる
「あぁ」
重い体が先に落ちて両手が自然に持ち上がって万歳の態勢になった。何気なく顔を上に向けると、刃渡り七十五センチの鉈の刃が黒光りしているのが目に入る。その奥にはきれいな青い空が広がっていた。
僕は、この感覚を知っている。
あのときは周りにたくさんのお友達がいた。一緒に落ちて、そしてみんな死んだ。
今は僕一人だけ。だったら今度は。
「あああああ!」
確かなものが何もなくなった中で僕はもがいた。このまま落ちたら駄目だ。同じ幸運は何度も起きてくれる保証なんてない。
だんだんと周りの動きがゆっくりになっていくのを感じながら、僕は何か掴める物はないかと必死に探す。足首辺りが冷たい感触に包まれているのに気付いた。
それまで見えていた原野が見えなくなる。視界一面に黒茶や黄土色なんかの地層が広がった。真新しい断面を見ながら腰まで不快な感触に包まれる。
やっと確かな物を掴めたが落下は止まらない。僕めがけて周りの土砂が集まってくる。もう肩の辺りまで沈み込んでしまった。
誰かが僕を呼んでいるような気がしたがそれどころじゃない。圧迫感が強くなってきた。もうどうしようもない。
「ああああああああ!!」
何も見えなくなった。何も聞こえなくなった。押し潰されそうで、どこかに向かってまだ動いている。何がどうなっているのか僕にはもうわからない。
いつの間にか、僕は気を失っていた。
-----
僕はそれを認識したとき、すぐに夢だということに気付いた。今までに何度も見てきたからもう慣れている。
最初にこの夢を見たのは小学校の遠足先で崩落事故に巻き込まれた後だった。
まるですりガラス越しに見ているかのようなその姿は、輪郭がぼんやりとしていてはっきりとしない。白と黒の服、たぶんワンピースか何かを着ているんだろうな。
近づこうとしたことはあったけど、体を動かせたことは一度もない。
「 」
そんな彼女はいつも僕に向かって訴えていた。飽きることなく何度も、夢が覚めるまでずっと。声すらかけられないから理由を聞くこともできない。
毎回静かに、そして必死にかけてくる声を聞いていると僕の方もつらくなる。何とかしてあげたいといつも思うけど、何をどうすれば良いのか全然わからない。
こんなに気持ちを揺らされる光景だけど、今までそれで気に病むことはなかった。だって、どこの誰か知らないし、本当に存在しているのかも怪しいじゃないか。つらい気持ちになるけれど、作り物めいていると思えばまだ聞き流せる。
「 」
今日はいつになく彼女の姿がぼんやりとしていた。普段なら何となくきれいな顔をしていると思えるくらいは見えていたけど、今はかろうじて人だとわかる程度だ。
それに、いつもと違って声もほとんど聞こえない。あのきれいな声が聞き取れないなんて初めてだな。
一体何があったのだろうと不思議に思う。こんなに不明瞭なのは初めてだ。
「 」
彼女だけでなく、周囲の風景までもがぼんやりとしてきた。同時に上へと引き上げられる感覚が徐々に強くなっていく。この感覚は夢から覚めるものだ。
いつもの夢ではあるけれど、いつもと違ったなと首をかしげた。今まではどこにいても同じ夢を見ていたのに、どうして今回だけは違ったのだろう。
夢が覚めるまで僕はずっと考えていた。
-----
次第に意識がはっきりとするにつれて、僕は冷たくて硬い何かにうつ伏せになっていることに気付いた。背中と手足に固定している強化外骨格が微妙に圧迫してきて苦しい。
「う、ん。あぁ」
目覚めた僕はぼんやりする頭を徐々に覚醒させつつ起き上がって座った。ほっぺたによだれの流れた感覚がして気持ち悪い。
手の甲で拭うと、口の中がじゃりっとして一気に不快感が増した。なんだこれ?
「うへぇ、ぺっぺっ」
今気付いたけど、もしかして全身土と砂利だらけなんじゃないだろうか。あちこち触った感触からしてそうだ。
そして、そこまで気が回ってから気付いたことがある。真っ暗で何も見えない。
「なんだここ?」
つぶやいた声が響き渡るのを耳にして、僕はここがある程度の大きさの空間だと理解した。地面の感触から人工的っぽいから恐らく部屋なんだと思う。
ここはどこなのか、どうしてここにいるのか、さっぱりわからない。自分でやって来たわけではないのは確かだ。
そこまで考えて僕はようやく思い出した。そうだ、確か地面が崩れてそのまま。
「あれ、でもここ真っ暗だよね?」
地面の陥没に巻き込まれて落ちた先なのなら、上に外へとつながる穴があるべきだと思った。けど、顔を上に向けても暗いままだ。
それに、外とのつながりがあるのなら空気の流れがあってもおかしくないのに、手にもほっぺたにも気流は感じられない。
体を触った感触だと全身土と砂利だらけなんだから、あの地面の陥没に巻き込まれたのは間違いないはず。でも、ここまでどうやってたどり着いたのかがわからない。
そこまで考えて僕は思い出した。今被っているタクティカルヘルメットには小型のヘッドライトが付いていたっけ。
今まで思い出せなかったことを少し恥ずかしく思いながらも、僕はヘッドライトを点けることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます