第99話 見つからない姿 (アイフォード視点)
かつて、先代侯爵家当主は俺を解放する条件でマーシェルを縛った。
しかし、縛ったと言ってもあくまでそれは言葉でしかない。
何か法的に書類に記したわけてもない。
……それでも、マーシェルは今の今までずっとその約束を守ってきていた。
マーシェルはそういう人間なのだ。
俺を助けておきながら、自分を責めるような人間。
今まで虐げられてきたからこそ、もらった恩義には絶対に反しない。
そんな人間であるからこそ、俺は絶対にクリスだけにはマーシェルと再会させたくはなかった。
マーシェルはもう恩義は返したといっていいほどの働きをした、そう誰もが言うだろう。
むしろ、クリスの方がマーシェルに恩を感じるべき状態と言っても過言ではない。
こんな状態で、クリスに対して恩を感じている人間など普通はいないだろう。
……それでも、絶対にないといえないのがマーシェルだった。
いや、恩義だけを感じているのであればまだいい。
それ以上のものをマーシェルがクリスに求めるようになっていたとしても、俺は驚かない。
何せ、この数年マーシェルはずっとクリスに尽くしていて、ずっと冷遇されていた状況なのだから。
クリスに執着している可能性も、決してないとはいえない。
だから、本当にクリスとマーシェルが会うようなことがなくてよかった。
そう、俺は改めて安堵する。
扉の外、どたどたという足音が響いたのは、そんな時だった。
一瞬俺はようやくマーシェルを捕まえたネリアがやってきたかと笑みを浮かべ……それはすぐに嫌な予感に変わった。
こちらに向かってくる足音、それはどう聞いても一人分のものにしか聞こえない。
それに騒がしい足音は、音の主の焦燥を何より雄弁に物語っていて。
そのことに思い至った瞬間、俺は自室から飛び出していた。
「……っ!」
「アイフォード様!」
俺の嫌な予感は的中することとなった。
俺の部屋の前に走ってきていたのは、濡れた服のままのネリアだった。
それは、俺がマーシェルを探して欲しいと頼んだ時と同じ服装で。
……その隣には、マーシェルの姿はなかった。
呆然とする俺に、ネリアは必死の形相で口を開く。
「マーシェル様がどこにも見あたらなくて……!」
「くそ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は自室を飛び出し、走り出していた。
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