第64話 助けた理由
まるで想像もしない言葉に、部屋の中を沈黙が支配する。
騎士団、それは王家直属の騎士を集めた組織だった。
その団長となれば、一代とはいえ、高位貴族にも匹敵する権限を得られる。
……しかし、そんな騎士団の名前など私は聞いたこともなかった。
少ししてウルガが笑い声をあげる。
「なによそれ、そんな騎士団私は聞いたことないわよ!」
そう言って、勝ち気にウルガはアイフォードを睨みつける。
「そんな嘘で私を誤魔化せると?」
しかし、そんなウルガに対し、アイフォードは顔色を変えることはなかった。
「そうか、それなら最後まで信じないでいいさ。結末は変わらないのだからな」
「……っ!」
その様子に、ウルガの顔に貼り付けた余裕が欠ける。
私が口を開いたのは、ちょうどそのときだった。
「黒蜥蜴……。もしかしてそれは、王家直属の暗躍専門の騎士団……?」
それは私が侯爵夫人であったとき、耳にした話だった。
そんな騎士団を王家が作ろうとしていると。
「確かに、その騎士団の団長は王家は明らかにしなかったけど……」
「知らん。……そういうことにしておけ。無駄に探ろうとはするな」
その私の言葉に、アイフォードはそう答えを濁す。
「今必要なのは、俺に貴族を裁く権利があるということだけなのだからな」
そう告げるアイフォードの視線に晒されるウルガに、もう余裕はなかった。
ただまるで想像していない現実に、呆然と佇むことしかできない。
そんな状態で、ウルガは呆然と口を開く。
「どうして、私は貴方のことを本当に……」
「身勝手な思慕に心を許すほど暇ではなくてな」
「……っ! 私のどこが……!」
「全てだよ」
淡々としたアイフォードの言葉。
その淡々とした様子が何より、ウルガへの気持ちを雄弁に物語っていた。
その様子に、今度こそウルガも言葉を失う。
「……最後に聞かせろ」
その代わりとでも言うように、ネルヴァが口を開いたのはそのときだった。
憎悪を露わに私の方を見つめながら、ネルヴァが叫ぶ。
「なぜ、お前はマーシェルを庇った! お前を騎士に落とした憎むべき相手じゃないのか!」
「……っ!」
今までアイフォードの衝撃のカミングアウトに止まっていた私の思考。
それが動き出したのはその時だった。
今までアイフォードは、頑なに身分を明らかにしなかった。
つまりそこには何らかの制約があると考えた方がよくて。
あの時アイフォードには、その制約を破ってまで、ネルヴァの提案を蹴る意味などなかったのだ。
確かにアイフォードは優しい。
全てを理解しながら、犠牲になろうとする私を見捨てることに躊躇を抱くのも想像できた。
いくら憎む相手だろうと、この状況であればアイフォードが罪悪感を抱くのは私も想像できた。
もしかしたら、助けられる状況であれば手を差し出してくれたかもしれない。
……だが、今まで温存してきたカードを私の為だけに切った理由が、私には理解できなかった。
ネルヴァが私の胸に生まれた疑問を代弁する様に叫んだのは、その瞬間だった。
「答えろ、アイフォード! お前はなぜマーシェルを救った!」
その問いかけに、アイフォードはネルヴァの方へと顔を向ける。
そして、鼻で笑った。
「はっ、なにを勘違いしている? しかるべき処理を踏んで、お前等を裁いただけだろうが。お前、想像力が豊かだな。執事よりも作家の方が向いているんじゃないか?」
そう言って、一切問いかけに答えることなく、アイフォードは後ろにいた騎士の方へと振り向き告げた。
「早く罪人達をつれていけ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます