第61話 想像もせぬ光景

 突然叫び出した私に、ネルヴァが私の方へと目を移す。


「後少しで、邪魔な人間を追い出せたのに!」


 しかし、続けて叫ぶと薄く笑みを浮かべた。

 安堵と得意げな色が浮かんだその表情に、私の方が失笑しそうになる。

 それを耐えながら、私はアイフォードの方へと目をやる。


 後は、私をアイフォードが断罪するだけだと。


「アイフォード、私を見捨てないよね! 私は謝ったでしょ! それに、私のことも屋敷に入れてくれたじゃない! そんな淫乱な女より、私の方がいいでしょう!」


 そうヒステリックに私とアイフォードの視線が重なる。

 それを確認した私は、ゆっくりと右目を閉じて開けた。


「……っ!」


 アイフォードの顔色が変わったのは、その瞬間だった。

 その様子に、こんな状況ながら私は笑ってしまいそうになる。

 覚えてくれていたのだと。


 これは、まだ私とアイフォードが話し合える関係だった時に決めた合図だった。

 右目を閉じるのが肯定の合図で、左目を閉じるのが拒否の合図。


 もう忘れていてもおかしくないその合図を覚えていたアイフォードに、私はこんな状況にも関わらずうれしさを感じる。

 だから、もうこれで十分だった。

 私はヒステリックに叫びながら、内心でアイフォードに告げる。


「お願いだから私を助けて!」


 ──いいから、私を捨てろ、と。


 その瞬間、はっきりとアイフォードの顔が歪んだ。

 それに、私は笑ってしまいそうになる。

 本当に、アイフォードは変わらないと。


 後に待っているのが地獄だと知るが故に、恨んでいる私に情けを感じてしまうアイフォード。

 そんな彼に、私はどうしようもない愛しさを覚える。

 そして、そんなアイフォードの為なら、自分がどうなってもどうだってよかった。

 最後にメイリと、ネリアに謝罪しながら、私は叫ぶ。


「早くして!」


 その瞬間、怒りを顔に浮かべたウルガが私の方へと走り出してきた。


「この女私をだましてたのか! お前はいつもそうやって! 絶対に許さない! 私の知っている限りの方法で地獄に落としてやる!」


 そう叫びながら、こちらへと向かってくるウルガ。

 その手には、そばに飾られていた花瓶が握られていた。

 次の瞬間来るだろう痛みに反射的に私は、手を前に出す。


 しかし、次の瞬間響いたのは花瓶に人体が殴られる鈍い音でなく。


「きゃっ!」


「主従そろって言わないと理解できないのか? 俺の客に──マーシェルに手を出すんじゃねぇよ」


 ウルガの悲鳴と、花瓶が割れる甲高い音だった。

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