第56話 誤魔化し
まるで想像もしていなかったことに、私は動揺を隠すことができない。
しかし、そんな私以上にネルヴァはその顔に焦りを浮かべていた。
「……くそ、妙な何か引きずる音に目が覚めただけだったのに!」
そう吐き捨てるネルヴァの目に浮かぶのは、想像以上の事態が起きていることに対する動揺だった。
私より取り乱したその姿に、私の胸にわずかながら冷静さが戻ってくる。
冷静になった私の頭に、今の状況を整理するだけの余裕が出てきたのはその時だった。
この様子を見る限り、メイリの姿を見てあわてているということだろう。
だが、実際どこまで見られていたのか。
知られている状況によっては、いくらでも取り返しはつく。
そう考えた私は、挑発的に笑って口を開く。
「あら、メイリ? 何のこと?」
「とぼけるな! メイリが去った部屋から、お前が出てきたのは見てたんだよ!」
その言葉に、私は実際の会話が聞かれた訳ではないことを理解する。
だとすれば、事態は決して恐怖する状況ではなかった。
私は必死に頭を回しながら、どうすべきかを考える。
今必要なのは、私達が致命的な証拠を持っていることを隠すことだ。
時間が経てば、メイリが全てを解決してくれる。
だとすれば、それさえ隠せば何の問題もない。
だが、メイリが私といたところに関してはもう見られている。
そうである以上、ただの偶然だと片づけるのはもう無理だ。
そう判断した私は、ネルヴァを睨みつけ、口を開いた。
「……どうしてこんな時に、貴方に見つかるのよ! 後少し、王宮にさえ行けば全て上手く片づいたのに……!」
「……なにを言っている?」
「町外れの質屋、眼帯禿頭」
「……っ!」
ネルヴァの顔色が大きく変わったのは、その瞬間だった。
それだけで私は理解できる。
自分の推測が正解だったことを。
大声で笑いたくなる気持ちを抑えながら、私はさらにネルヴァを睨みつける。
「……貴方さえ、こなければ!」
「間一髪、だったのか……」
その私の言葉を耳にしてそう、ネルヴァは安堵の息をもらす。
「怪我のことをウルガが関係してるかもしれないと見にこなかったら、一体どういうことに……」
その様子にまた私も安堵を覚えていた。
これで、何とかなったと。
……しかし、そう私が安堵できていたのは次の瞬間、ネルヴァがこちらを見るまでだった。
「マーシェル、お前は常々余計なことしかしないな?」
そう告げたネルヴァの顔には、嗜虐的な怒りが浮かんでいた。
「散々楽しんだ後に、お前は殺してやるよ」
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