第55話 緩み
メイリが来た時間、それは私の想像通りの時間だった。
私はその姿を見つけて、思わず笑みを浮かべる。
「……マーシェル様!」
けれど、メイリにとって私の姿は想定外だったらしい。
足を引きずる私を目にし、メイリが駆け寄ってくる。
メイリは私の姿を見て、信じられないと言わんばかりにその目を見開く。
そして、私へと頭を勢いよく下げた。
「……申し訳ありません。私が遅いせいで!」
震える声でそんな謝罪をしてくるメイリ。
そんな彼女を、私は優しく抱きしめた。
「そんなことないわ」
「……マーシェル様?」
「ここまでの情報を集めてくれてありがとう。そのおかげでここまで進むことができたのだから」
そういって私はメイリの耳元へと口を寄せる。
そして、メイリ以外誰にも聞こえることのないように、小さく私は耳元でささやいた。
「町外れの寂れた質屋、わかる? ウルガとネルヴァはそこで横領した物品を売り払った可能性があるわ」
「……っ!」
「眼帯禿頭。ウルガはその人物に苛立ちを覚えていたわ。忘れないで」
そういって私はメイリの身体から離れる。
離れると、メイリの目には決意が浮かんでいた。
「……よくここまで。いえ、分かりました。少しお待ちください。すぐに、マーシェル様を私が解放しますから」
「ええ、待ってるわ」
その言葉に私はにっこりと笑って見せる。
心からの信頼を滲ませて。
「……っ!」
一瞬、くしゃりとメイリの表情が歪む。
しかし、それをすぐに引き締めてメイリは歩き出す。
「すぐ戻りますから!」
その言葉を最後に去っていくメイリ。
その姿に、私は自分のすべきことがほぼ終わったことを理解した。
眼帯禿頭という条件が分かった今、想定している質屋でなかったとしても、メイリなら問題はないだろう。
そして、証拠さえ見つければ後はそれを王宮の騎士団に渡せば全てがおわる。
そう考えて私は小さく嘆息を漏らした。
まだウルガに気取られる訳に行かない以上、私のやることが全て終わった訳ではない。
けれど、少し背中の荷物が降りたような気持ちになって、私は微笑みを漏らす。
……それは、私が見せた唯一のゆるみだった。
この部屋に来るまでも、隠し通路を通り、尾行を警戒していた私が見せた唯一の。
そして、異常が起きたのはその時だった。
「……なっ!」
右斜めの暗がり、そこから人が姿を現したのは、その時だった。
咄嗟のことに反応できなかった私を、その人影は壁に押しつける。
「……くそ! この女やっぱり余計なことを考えてやがったか! どうしてメイリがここにいやがる!」
そう、人影は私を押しつけ叫ぶ。
その瞬間、ちょうど窓から入ってきた朝日が廊下を照らす。
そこにいたのは。
「全てを話してもらおうか?」
──憎悪を目に浮かべながら私を睨みつける、元侯爵家の執事ネルヴァだった。
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