第23話 老執事の覚悟 (コルクス視点)

「……私は、奥様にどう詫びれば」


 あまりにも今更な言葉。

 それを私、コルクスが呟いたのは深夜、自室でのことだった。

 その頭によぎるのは、今までのことに対する後悔。


 ……自分のあまりにも救いようのない奥様への態度だった。


 私は今まで奥様のことを及第点の女主人だと思っていた。

 未熟とはいえ、今の主人であるクリス様を無視するような采配。

 優秀であるとは認める一方で、他家の人間でありながらおこがましいのではないか、そう感じていた部分もあった。


 それが、あまりにもどうしようもない勘違いだと気づいたのは、あまりにも遅かった。

 あまりにもどうしようもない、クリスの姿に私は拳を強く握りしめる。


 ──最悪、この家はマーシェルに渡してもいい。絶対に侯爵家から離れさせるな。


 かつて、前当主様に言われた言葉が私の脳裏によぎる。

 その際、私はただ曖昧に頷くことしかしていなかったが、今になってその意味を理解していた。


「……あの遺言を守っていれば!」


 そして、実のところ私が奥様と手を結べば、それも難しい未来ではなかった。

 何せ、私は三代にわたって侯爵家に仕えてきた人間だ。

 こと使用人に対する権限に関しては、ただの息子で考えなしのクリスとは比較にならない。

 ……クリスはそのことさえ気づいていなかったが。


 使用人に絶大な権限を持つ私と、貴族社会において大きな人脈を築いた奥様。

 その力をあわせれば、クリスなどまるでどうとでもできて。


 ……そして私は、その判断をすべきだった。


 けれど、私が行ったのはその真逆だった。

 私は今まで、できる限り口出しを行わず、アルバスを通じて命令も行うようにして、できる限り自身の影響力を削ごうとしてきた。

 全ては私の大きすぎる影響力が、侯爵家内部において混乱のもととならぬように。

 素直に牢に入ったのも、それが理由だ。

 だが、私はあのとき全力でクリスに刃向かうべきだった。


「いや、違うか。私はその前に刃向かうべきだったのだ」


 ……そこまで考え、私はそう深々とため息をもらした。


 そう、私がやるべきだったのはもっと奥様に寄り添うことだったのだ。


 私はふと、アルバスからもらった書類を手に取る。

 そして、そこに書かれた最後の言葉を口に出して読んだ。


「……もう奥様を解放しましょう、か」


 恥ずかしながら、私が奥様にしてきたことの意味を理解したのは、そのときだった。

 その文字を読んだ私は、ゆっくりと確信する。


 もう、侯爵家に未来などあり得ないだろうことを。


 せめてアルバスがいれば、もしくは解雇された使用人が残っていれば、また、侯爵家の資金が残っていれば。

 その中の一つでもまだあれば、また話は違っただろう。

 けれど、もうすでに全てが手遅れだった。

 そう理解した上で私は決意する。


「……奥様に手が伸びることだけはなんとしても」


 老い先短いこの身、侯爵家とともに滅ぶのも仕方ないと割り切っている。

 だが、そこに奥様は巻きこませはしないと。


「もし、クリス様が手を伸ばそうとすれば、そのときは」


 そう呟いた私の目には、隠しきれない決意が浮かんでいた。

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