第22話 現実 (クリス視点)
「……っ! 貴様、先ほどから誰を相手にものを言っていると思っている!」
その時になって、我慢の限界を迎えた私は思わず叫んでいた。
感情のままに、私はコルクスを睨みつける。
けれど、そんな私を前にしてもコルクスの顔色は一切変わることはなかった。
「それはこちらの言葉です、クリス様」
「何を言っている?」
「貴方は、どれだけの思いでアルバスがここから去ったのか、まるで理解していない……!」
その言葉の意味が、私には当初一切理解できなかった。
けれど、そう口にするにはあまりにもコルクスの表情は怒りに満ちていた。
それに何も言えず黙りこくった私に、コルクスは続ける。
「アルバスは、侯爵家に幼少のころ拾われた人間です。そしてそのため、侯爵家に命を捧げていた」
「それがどうした! 現にアルバスは勝手に王宮に……」
「本当に勝手に出て行ったのなら、これを渡すわけがない!」
そういって、私の前にコルクスが差し出したのは、横領のことがかかれた暗号の書類だった。
それを前に言葉を失った私に、コルクスは口を開く。
「まだ分からないのですか? ネルヴァは自分のことを告発しようとした使用人をクビにするよう貴方に訴えていた。けれど、なぜ唯一直談判できるアルバスを残したと思いますか?」
「……え?」
ようやく、私が異常に気づいたのはそのときだった。
そう、そう言われればその疑問は当然のものだった。
アルバスはコルクスに目をかけられていることを、ネルヴァが分からないわけがない。
にもかかわらず、なぜネルヴァはコルクスには手を出さなかったのか。
私がその疑問を持つに至ったことを確認してから、コルクスは口を開いた。
「それはすべて、アルバスが王宮使用人になるとネルヴァに告げていた以外に考えられないのですよ。もう、侯爵家を見限った、そう装うことでネルヴァを油断させた」
「っ!」
「そこまでして、自分の信念を曲げ、ネルヴァの目を欺けたからこそ、アルバスは私にこの書類を渡すことができた」
そう言って、私に目をやったコルクスの目には隠しきれない怒りが浮かんでいた。
「──貴方は、そうまでして侯爵家を守ろうとした人間を、裏切り者と呼んだ」
「……っ!」
その言葉に、もう私は何も言うことができなかった。
ただ、呆然とその場に立ち尽くす。
そんな私を一瞥した後、ゆっくりとコルクスは私に背を向ける。
そこには一礼さえ存在しなかったが、もう私に言えることなどありはしなかった。
「屋敷中を探せ、奥様のことだ。手紙を残されている可能性がある」
「は、はい!」
慌ただしくなってきた屋敷内の騒ぎを聞きながら、私は自身の顔を覆う。
その瞬間、私の頭に蘇るのは今までの出来事だった。
アルバスが去ると告げてきた時、裏切り者と叫んだ時、去って行くアルバスを止めようとすらしなかったこと。
マーシェルに契約が終わったと告げた時、渡された書類を目の前で叩き落としたこと。
……そして何より、マーシェルをこの屋敷から追い出したこと。
その全てを思い出しながら、私は呆然とつぶやく。
「どうして? 私は、こんなことにするつもりなど……」
それは今更すぎる、後悔の言葉。
それは誰の耳に入ることもなく、空中に霧散していった。
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