第4話 愛人宅
愛人宅にたどり着くと、私はすぐにクリスの待つ部屋へと案内された。
その迅速な対応に、少し私は考えてしまう。
……もしかしたら、少し位はクリスも私の活躍を認めてくれていたのかもしれないと。
「遅かったな」
しかし、部屋に入ってすぐにそんな希望は消え去ることになった。
愛人を脇に、こちらを睨んでくる、クリス。
その目には、私に対するいらだちしかなかった。
……それを見ながら、今更ながら私はなにを期待していたのかと、思わず笑いそうになる。
これまで、一切私に手を出してこなかったクリスに、そんな気持ちが有る訳ないだろうと。
そう知っていたのに、私の握りしめられた拳はかすかに震える。
しかし、そんな私の内心に一切クリスが興味を見せることはなかった。
ただ、淡々と告げる。
「契約書は持ってきているな」
「……はい」
内心の荒れ狂う気持ちを抑え、その書類を取り出し、私はクリスに手渡す。
「ではこの書類に則り、これで契約は……」
「あら、クリス様そんなことする必要はないと思いますわ」
瞬間、脇にいた愛人がクリスの書類を奪い取り……そしてそれを破って床にばらまいた。
「もう終わりなんだから、これで大丈夫でしょう?」
「……っ!」
それは、あまりにも非常識な対応。
そんなことをするなど想像もしていなかった私は、反射的に地床に落ちた書類を拾おうとする。
そんな私を見下し、愛人は首を傾げてみせる。
「あら、もしかしていけないことでしたか? 終わったのでもう大丈夫かと思ってしまって」
……その蠱惑的な身体を見せつける彼女の口元は、私に対するあざけりでかすかに歪んでいた。
それを目にし、私は理解する。
これは意図的な行為なのだと。
「いや、気にしないでいい」
しかし、私が何か言う前にクリスがそう口を開いた。
私には見せたことのない優しげな表情で、愛人にクリスは告げる。
それから、その表情が嘘だったような冷たい目で私に向き直った。
「条件は変わらないのだ。お前も気にするな」
……ああ、本当にこの人は私のことなどどうでもいいのだ。
遙か前から知っていたはずのそのことで衝撃を受けている自分はなんておろかなんだろうか。
そんな自分を内心自嘲しながら、私は感情の全てを胸の奥にしまい込み笑う。
それが、なにも報われなかった契約結婚のあまりにもあっけない終わりだった。
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