その少年はただ憧れていた

ねらまヨア

1章 始まりと孤独の神速

第1話 ようこそ

「高校に行きたくないだと?」


「うん、だってつまんなさそうだもん」


「そんなことないぞ?高校にはたくさん楽しいことが待っているんだ」


「ほんと?嘘じゃない?」


「ああ、お父さんが今まで嘘ついたことがあったか?」


「……ない」


「そうだろそうだろ、じゃあちゃんと学校行くって約束してくれるか?」


「うん!約束!」


「よし!それじゃあ今日は外に食べに行こうか、翔は何食べたい?」


「お寿司!」


「よし!そうと決まったらお母さんを呼びに行こうな!」


「うん!おかーさーん!!」



――――――――――――――――――――――――――――――



「翔、いつまで寝てるの!」


「Zzz……もう少しだけ……」


「もう!今日から学校でしょ!早く起きなさい!」


 強引に布団をはがされ目が覚める。時計の針は6時を指していた。まだ起きるには早いと思うのだが、母が朝型人間なこともあり、この時間には朝食の準備をしてしまっているのだ。


「はい、おはよう。もうすぐご飯できるから着替えちゃいなさい」


「んー……」


「まったく……いつまでも休みの気分でいたらだめなんだからね?」


小言を言いながら部屋を出る母、このままベッドの上で怠けていたらまた母に何かを言われるかもしれない。しぶしぶ体を起こし、クローゼットを開く。今日は始業式、久々に制服を着る必要があった。ネクタイを結ぶのが苦手な翔にとって、この工程は嫌なものであったりする。


「また後ろが長くなった……とりあえず後でいいや」


ワイシャツのまま居間へ向かう、その途中で父も部屋から出てきた。翔と同じように母に無理やり起こされたのだろう。大きく口をあけながら欠伸をするその姿に、翔も欠伸を移されそうになった。


「おはようお父さん、お父さんも眠そうだね」


「当たり前だろ……お母さんは起きるのが早いっての……」


「それ、お母さんに聞かれたらまたぐちぐち言われちゃうね」


小言で話を弾ませながら居間にたどり着くと、テーブルの上にはもう朝食が用意されていた。


「二人ともおはよう。ちょうどご飯できたところよ」


今日の朝食はトーストにオムレツ、ウインナーだ。程よいバターの香りが食欲をそそる。思わずおなかが鳴ったのは気づかれていないようだ。


「「いただきまーす」」


「こうやって三人でご飯食べるのも久々だよね」


「ん?まぁ最近研究が忙しかったからな……もしかしてさみしかったのか?」


「ちがうよ!それよりもお父さんが何研究してるのかそろそろ教えてほしいんだけど?」


「翔にはまだ早いぞ?もう少し大人になったらな」


翔の父は研究者であり、何かを研究しているらしい。研究者の中では父は有名人らしく、今までにないものを発表したとかなんとか。そのおかげで天木家は不自由なく暮らすことができているのだが、その研究内容について知っているのは、家族の中で父だけだった。


「いっつもそうじゃん……!去年は『翔が高校二年生になったらな』とか言ってたくせに……」


「研究内容が難しくなったんだよ。いずれ教えてやるさ」


「またそうやって……」


テレビから流れるニュースの音と家族の会話で時は進み、あっという間に朝食の時間は終わった。


「もうすぐ電車が来るわよ、定期券は持った?」


「大丈夫だよ、忘れ物もないよ」


「はい、それじゃあ行ってらっしゃい」


「気をつけろよ~」


「うん!行ってきます!」


時刻は7時20分、翔は駅へと向かった。



――――――――――――――――――――――――――――――



 学校のチャイムが鳴る。時刻は8時だ。翔はその音と同時に教室の扉を開ける。


「お、翔おは~」


「おはよう浩」


翔の友人、赤城浩あかぎひろ、彼とは入学時に席が近かったこともあり仲良くなった。二年生になってからクラスが変わったのだが、どうやらまた一緒になれるらしい。


「一番仲いいの翔だからさ~、クラス違ったらどうしようかと思ったよな~!」


「うれしいこと言ってくれるじゃん……!」


他愛のない会話で時間は進み時刻は8時半。もうすぐ始業式が始まる。


「そろそろ廊下並べよ~」


先生の言葉にみんなが従い廊下に一列に並ぶ。出席番号順なので浩は翔の前に並んでいた。


「俺さ、今年の目標出来たさ」


「何さ、言ってごらんよ」


「彼女を作る!!!」


「浩……」


胸を張って宣言した内容にあきれながら、先生の後をついて行き体育館へ向かう。


「今年の目標か……」


浩の言葉にあきれた翔であったが、自分の目標は何なんだと言われたら言い返す自信がなかった。目標にしたいことがなかったのだ。何気なく日々を過ごしていた翔にとって、目標や夢といった言葉というのは苦手な部類に近かったのだ。


「今年こそは面白い一年にする。とかでいいかな……」


なんとなく不明瞭な目標だが今の彼にはそのくらいがちょうどよかった。そんなことを考えている間に、校長先生の話が始まろうとしていた。


「え~、みなさん、季節はすっかり春となり、学校に植えられた桜の木も、すっかり春色に染まりました。春といえば……」


校長先生の長い話が始まる。この時間になると、首をうとうとと縦に振りながら睡魔と戦う生徒をよく見る。翔はそういったことは全然なかった。なぜなら


「なぁ翔」


「し~……!校長先生話してるよ……」


「行事になると毎回毎回こうやって話聞かなきゃいけないの一種の罰ゲームだと思うんだよ……」


「わからなくもないけどさ……」


浩が毎回話しかけてくるから眠くなることがないのだ。たまに先生に注意されることもあるが、今日の話は一段と長かったらしく、先生も真面目に聞いている様子は見られなかった。


「……以上で、私からのあいさつとさせていただきます」


話が終わり、生徒が一斉に拍手をする。その音で眠っていた生徒も目を覚まし、寝ている人はいなくなった。そして、次のあいさつが来る時であった


「校長先生ありがとうございました。続きまして……」


「――――!!!」


時空がゆがむとはこのことを指すのだろうか、目の前の景色が歪曲し、歪みの間から何かが現れる。その様子はポータルと呼んでいいだろう。

そして形容しがたい音とともに壇上に何かが現れる。人のような姿に羽根のようなものが生えた、現代には見られないその姿は”何か”と呼ばざるを得なかった。


「―――」


”何か”は日本語ではない言葉を発するとともに、生徒の集団に向かって手を広げると――――――




――――――――――――――――――――――――――――――


「……る!翔!」


「……ぇ?」


この声は浩だろうか、呼び声に応じて目を覚ますとそこは教室だった。どうやら翔は机に突っ伏するように眠っていたらしい。


「あれ……?いま始業式の最中だったよね?」


「よくわかんないけど……みんな気づいたらこうなってたらしいぜ」


翔の普通だった高校生活は終わりを迎えようとしていた。

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