第67話 私がすべての悪を引き受けます
四人で焚火を囲んだ夕食。
メニューはエリシャが拵えた豆のスープ、炙ったパンとソーセージ。いつもに比べると質素ですが、たまにはこういう食事もよいものです。
足腰が回復した私は、食後のお茶を淹れて全員に振る舞いました。
「フラウちゃん」
熱いお茶をふぅふぅ吹いていたエリシャが、思い出したように小声で話しかけてきます。
「さっき、フィルさんとどんなこと話したの?」
「え?」
「ちょっと元気ないなーって。何か言われた?」
「………いえ」
内心ドキリとしますが、短く否定しておきます。
「ただ、警戒しておいたほうがいいと思います」
「それはそうよね。フラウちゃんを王国に連れていこうとしてる人だもの。私、絶対に気を許したりしないわ……!」
焚火の向こう、エリオットと話していたフィルとふいに目が合います。私は即座にそらしました。
アイスブルーの瞳。
すべてを見透かすような──
どうしてでしょう。
初めて見たときから、あの瞳に懐かしさを覚えるのは。
『その愛する人とは……誰のことですか?』
あの瞳にまっすぐ見つめられ、そう問われて。
……お兄様を愛しています。
つい、そう口にしてしまいたくなりました。
もちろん言えるはずありませんが。
「さて」
エリオットが朗らかな声を上げて立ち上がりました。
「いよいよ霊獣狩りだ。といっても、我々はフィル殿の指示に従うだけなんだが」
ぽりぽりと頬を掻くエリオット。
それを見上げ、フィルが淡い笑みを口元に浮かべます。
「難しいことはありません。ですが、ひとつだけ」
胸に手を当て、やさしく言い聞かせるように言います。
「祈ってください。ティルト様のために。そして……みなさんの愛する人のために」
ユルングルが巣をつくるポイントに移動し、茂みに隠れて待機します。
初夏とはいえ、夜の森は冷え込みますね。私とエリシャは暗い色の毛布をかぶり、身を寄せ合うようにしました。
エリオットは木の上から全体を見渡し、フィルは私たちより前方で待機しています。
「ドキドキするね」
毛布にくるまったエリシャが囁きます。
「フラウちゃん、祈ってる?」
「祈ってますよ」
正直、祈ったところで霊獣との遭遇率が上がるとは思えませんが。
ティルトを救いたい、とは思っています。
他でもないお兄様のために。
原作で、ニーナは暗殺されました──お兄様の手によって。
《悪役公爵》の手にかかって殺される人間は他にもいます。直接手を下すのは暗殺者ですが、それを指示したお兄様はリオンに告発され、処刑される運命にある。
であれば、その罪をなくせばいい。
お兄様の手を汚さなければいい。
お兄様を《悪役公爵》にしなければいい──。
そのために嫌いなお茶会やパーティーに顔を出してきました。少しでも多くの味方を作るためです。今もティルトを救い、シルバスティン家との衝突を回避しようとしている。敵対しなければ、暗殺する必要もありませんから。
それでも、どうしようもなくなったときは──
私がこの手を汚します。
お兄様の悪事を、私がすべて引き受けます。
ですから。どうか。
お兄様だけは──
「………」
いつの間にか少しまどろんでいたようです。
かすかな声で目が覚めました。
隣のエリシャはすっかり眠り込んでいるらしく、温かい体をくったりさせて私に寄りかかっていました。
声のするほうを見て、思わず息を呑みます。
フィルが地面にひざまずき、両手を前に差し出していました。
その先に──
不思議な生き物がいます。
月光を受け、青や黄色や緑や銀に輝く細長い体。煌めく蛇のような胴体から、鳥のような純白の羽根が生えています。
その生き物はフィルに向かって話しかけるようにクゥ、クゥ、と鳴いていました。そしてフィルもそれに応えるように、何か小さな穏やかな声で話しかけています。
ブルリと生き物が身を震わせました。
それに合わせ、いろんな色の欠片が花びらを散らすように舞い散りました。
生き物は何度か体を震わせ、フィルを見上げてクゥゥーと長く喉を鳴らしたあと、するする地面を這って茂みの奥に消えていきました。
姿が見えなくなり、ようやく詰めていた息を吐き出します。
エリオットも同じだったらしく、木の上で大きく息をつくのが聞こえました。
「『聖収受』が終わりました」
フィルは地面に散らばった欠片を丁寧に拾い集め、袋に入れました。
立ち上がって振り返り、澄んだ空色の瞳でこちらを見つめます。
「それでは、帰りましょうか」
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