第3話 私の家族を紹介します




 頭の中を整理するために、フレイムローズ家の家族構成を確認しておきましょう。


 まずはもちろん、いとしい私のお兄様。

 ノイン様は前公爵と最初の妻の第一子として生まれました。

 《真紅》と称されるフレイムローズの血をもっとも色濃く受け継ぐお方で、髪も瞳も混じりけのない紅。

 二十歳で公爵位を継いだばかりの若き当主です。

 これは前公爵が不慮の事故で急死したためですが、この事故はお兄様が仕組んだこと。私はよく存じております。

 己の野望のためなら実父さえ手にかける、冷酷無比なお兄様。ああ、なんて素敵なのでしょう……!


 年齢順にいきますと、次はアシュリーですね。



「あーら、誰かと思えばフラウじゃない。体調はもうよろしくって?」



 ドレスに着替えて部屋を出ますと、そのアシュリーが真っ先に声をかけてきました。まるで待ち構えていたようですね。

 彼女は前公爵と最初の妻との間に生まれた第二子で、私より一つ上の十七歳。

 赤みがかったオレンジの髪を高々と結い上げ、瞳も同じ色。《真紅》の血はお兄様より少し薄い印象ですね。その分を補おうというのか、身にまとうドレスやアクセサリーはどれも血のような赤がお好みのご様子。



「ご心配ありがとうございます、お姉様」



 私は丁寧に会釈します。私と血のつながりはありませんが、ノイン様とは実の兄妹ということになりますし。

 対するアシュリーは、まるで生ゴミでも見るような目つき。

 そう。彼女は後妻の連れ子である私を毛嫌いしています。

 今回私が倒れたのも、アシュリーが給仕係に命じて私の食事に虫を混ぜるなどし、数日ほどまともな食事がとれなかったせい。

 それ以外にもつまらない嫌がらせをいろいろと繰り返しているのでしたっけ?

 この時点のフラウは、ただの内気な公爵令嬢に過ぎません。アシュリーにとっては格好の獲物というわけです。

 ……本来なら、ですけれど。



「なぁんだ、意外と元気そうじゃない」



 派手な扇子で口元を隠し、わざとらしくため息をつくアシュリー。

 そんな彼女に、私は満面の笑みを浮かべてさしあげます。



「ええ、とっても調子がいいですわ。先ほどお兄様がお見舞いにいらしてくださったおかげで」


「……お兄様が?」



 アシュリーがわかりやすく青ざめます。

 そうですよね、あなたはお兄様のことを死ぬほど恐れていますものね。

 私が「屋敷内の誰か」から嫌がらせを受けていたとお兄様に知られたら、そして詳しく調べられたら……困ったことになりますね?

 では、お姉様の顔をさらに青くしてみましょうか。



「お兄様ったら心配性で。もしおかしなことがあるなら、すぐ知らせるようにと言ってくださいましたわ」


「え……えぇ……⁉ ねえフラウ、それでお兄様になんとお返事したの……?」


「もちろん! 次にもし変なことがあったら、必ずお知らせいたしますと」


「そ、そう……」



 そんなふうに扇子で顔を隠しても、肩が震えているのが丸見えですよ、お姉様?

 ──これでもう迂闊に嫌がらせできませんね?



「それではごきげんよう。お姉様」



 私はにっこり微笑んでその場を去ります。


 原作で、アシュリーは《最弱の噛ませ犬》として有名でした。

 彼女の主な出番はシリーズ第一巻の前半。ヒロインと皇太子の急接近に嫉妬し、ヒロインにちくちくと嫌がらせするも、すぐこてんぱんにやられて撤退するまで。

 その後はフラウをちくちく虐める場面に再登場しますが、これも悪役令嬢として覚醒した妹に仕返しされ、みじめな姿で命乞いをする始末。

 いっそすがすがしいほどの子悪党っぷりで、マニアックなファンからは親しみを込めて『クズリー』と呼ばれていたようですが。


 二度と私に嫌がらせなどできないよう、現時点で「教育」してさしあげてもよいのですが。

 正直そんな手間をかけるのが惜しいです。

 お兄様とフラグの立たないキャラクターにかかずらっている暇など、私にはありませんから。


 さて、家族構成に話を戻しましょう。


 次は私ことフラウ。

 前公爵の後妻の連れ子で、シルバスティン家出身の母から《白銀》の血を継いでいます。

 母は隣国に嫁いだものの私を生んですぐ出戻りしたようで、父のことはまったく覚えておりません。

 その後、前公爵の後妻として嫁いだ母に連れられてフレイムローズ家の一員になりました。

 その母も前公爵とともに事故で亡くなり、今や私は家族でただ一人、公爵家の血を引かない孤独な公女……というところですね。

 社交界では《白銀の薔薇》なんて呼ばれていましたっけ。実に皮肉な呼び名です。


 そして最後の一人が──リオン。

 私の弟。



「フラウ姉様! よかった、お元気になられ……て……」



 ちょうど廊下の向こう側から、私の姿を見つけたらしいリオンが髪を振り乱して駆けてきました。

 天真爛漫な美少年の顔が、私に近づくにつれ急激にくもっていき、やがて完全に凍りつきます。

 ええ。それはそうでしょうね。

 私、ただいま憤怒の形相であなたを睨みつけていますので。



「どうかしましたか……?」



 少し距離を置いて立ち止まり、リオンは不安そうにこちらを見ます。

 彼は前公爵と後妻の間に生まれた末子。

 私とは半分血のつながった姉弟です。

 くるくると可愛らしい銀の巻き毛に大きな赤い瞳と、両親の血をわかりやすく受け継いでいますね。

 華奢な体つきで、肌は雪のように真っ白。

 ドレスを着せてあげれば儚げな少女にも見えることでしょう。

 十二歳の彼は貴重なショタキャラとして、読者からかなりの人気を得ていたと記憶しておりますが──

 私は「この先」を知っています。


 弟がヒロインに恋すること。

 その結果お兄様を裏切り、お兄様の悪事を告発すること。

 そのせいでお兄様が処刑されること。


 つまりは、この子こそが元凶──

 ノイン様の仇なのです。



「姉様……?」


「ああ、ごめんなさい。少し考え事をしていただけですよ?」



 私はがらりと表情を変えると、微笑みながら弟に近づき、その巻き毛を撫でました。ぽわぽわして動物のような触り心地ですね。

 弟はいやがるそぶりを見せながら、でもちょっぴりうれしそうに私を見上げます。



「やめてよ姉様。僕、もう子供じゃないんですから」


「ふふ。でも、可愛い私の弟だということは変わらないでしょう?」


「それはそうですけどっ……」



 リオンったら、こんなにもわかりやすく照れてしまうなんて。

 ああ、本当に。

 ──殺してしまいたい。



「明日の晩餐にはお兄様もいらっしゃるのだから、お行儀よくしているのよ?」


「もーわかってるったら。僕のことより、ご自分の体を心配してください」


「ええ、明日にはすっかりよくなっています。これ以上被害を受ける心配も……なさそうですし」


「………?」


「アシュリー姉様も震えるくらい私を心配していらっしゃいましたから」



 くすくす笑って、ふと真顔になり、私は両手で弟の頬を包みます。



「ね、姉様」



 恥ずかしそうに視線をそらすリオン。

 薄紅色に染まったその顔をじっと見つめてから、私はそっと手を離しました。

 今はまだ、あなたを殺しません。

 確実で安全な方法で仕留めるには準備が必要ですからね。

 ……それに、簡単に殺してしまってはつまらないでしょう?



「明日の晩餐を楽しみにしていますね。リオン」


「う……ん。僕も。楽しみにしています、フラウ姉様」



 私がこの世界に来たからには──あなたにお兄様を殺させはしません。

 だから、どうぞ覚悟しておいてくださいね?



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