第6話
ノースリーブにミニスカート。スタイルのよさと
「何、その恰好。化粧もいつもと違うし……それにお前、目、悪かったっけ?」
とぼける間もなかった。わたしを丸裸にするように、好美は上から下までチェックしていく。
「もしかして……変装してるの?」
致命的なミスだった。好美が後ろからくることを、当然想定しておくべきだった。写真を撮ったらぼさっとせずに、さっさと立ち去るべきだったのだ。
「聞いてんのかよ。こんなとこで、何やってんだよ」
もう選択肢はない。わたしは、口を開いた。
「好美、お願い。秘密にしてくれないかな?」
「は? 何を?」
「だから、ここで会ったことは、秘密にしておいてくれない?」
言葉が出てくるのに、わたしは任せた。秘密を共有するように、声量を絞る。
「その……ちょっと、人と待ち合わせをしてるんだ。だから、わたしに会ったことは、内緒にしておいてほしいんだと」
「待ち合わせ? 誰と?」
「そりゃ……彼氏、だよ」
「彼氏? 榊原、男いたの?」
敵意に染まっていた好美の目に、好奇心が一滴垂れる。
「そう。学校の人じゃないよ。前にやってた、バイト先の先輩。去年、ちょっとコンビニでバイトしててね……」
「へえ。相手、どこの高校?」
「高校生じゃないんだ。
「そうなんだ。全然知らなかったわ、そんな話」
「学校で広まると面倒だから、言ってないんだよ。ちょっといまの彼氏、うちの学校の先輩とも色々あった人でね、だから悪いけど、いまの話は……」
「噓つくんじゃねえよ」
好美に言われ、背筋が凍った。
「お前、駅からずっと清田のことつけてただろ。あたし、見てたんだよ」
「清田って……清田先生のこと? 清田先生が、どこにいるの?」
「しらばっくれやがって。清田とあたしのこと調べてんのか? 面白半分にやってんなら、やめろよ。気持ちわりいな」
「えっと……」
尾行していたつもりが尾行されていたとは、ひどい失策だ。自分の仕事に夢中で、周りのことが目に入っていなかった。
「好美、その……」頭が真っ白になる。
「……先生のこと、本気で好きなの?」
「はぁ?」
「いや、その、清田先生はやめといたほうがいいよ。ほら、先生と生徒ってこともあるし、あの人、モテるだろうし……」
自分でもわけが判らない言葉が口から出てくる。好美は、
「好きなわけないだろ、あんなオッサン」
「あ、そうだよね……やっぱり、カンニングが理由、ってことだよね」
「はあ? カンニング……?」
「そう、ほら、試験問題を見せてもらいたいとか……」
好美は何を言われているのか判らないようだった。なんだろう。会話が嚙み合わない。
しばらくじっと見つめあったあとで、沈黙を破るように好美が盛大にため息をついた。
「まあ……いいや。とりあえず、見なかったことにしてあげる。あたしもここにいなかった。いいね?」
「うん……判った」
「あたし、行くわ。それじゃね」
好美はそう言うと、持っていたペットボトルを道端のゴミ箱に捨て、ホテルのほうに向かっていく。撮影する気力もなく、わたしは駅までの道を歩きはじめる。
「もしもし、怜?」
わたしは怜に電話をかけた。「どうしたの、みどり?」。電話口の向こうから、寝起きのような声が聞こえた。
「ごめん、失敗した」
「は?」
「ミスったよ。尾行して、ラブホテルの前まできたんだけど、その……」
「もしかして、見つかったの? 何やってんのよ、みどり。ここまできて……」
「ごめん。きちんと準備してたつもりだったんだけど……」
そのとき、道の脇に立っているカーブミラーが目に入った。薄暗がりの奥、クリーム色のベレー帽を被った女性が映っている。一瞬遅れて、それが自分だと気づいた。
何かが引っかかった。
何か、違和感がある。鏡の中の、ベレー帽を被ったわたしの姿。
──もしかして。
ある仮説が、わたしの中に芽生えた。いままで感じていた様々な違和感。それらを巻き込んで、仮説は雪だるまのように膨らんでいく。これは、もしかして……。
「ちょっと、どうしたの?」
「……ごめん、ちょっと、舐めてたよ」
わたしは考えながら、口を開いた。
「あの人が鋭いっていうのは知ってたけど、わたしの予想を超えてた。きちんと変装してたのに……。でも、避けられる手段はあったと思う。こんなことになったのは、わたしのせいだよ」
「みどり……」
「せっかくここまでやってきたのに、それを台無しにしちゃった。ごめんね。怜のことは、別の方法でなんとかしよう? わたしも、協力するから」
「うん……」
少しの沈黙のあと、怜が答えた。
「仕方ないよね。みどりが言うように、好美は鋭いし、みどりもプロの探偵じゃないし……」
「でも、原因はわたしが好美を舐めてたことだよ。本当にごめん」
「謝らないで。いままでの写真もあるし、それを使って清田のこと、なんとかやってみるよ。こっちこそカッとなっちゃってごめん」
「じゃあ、調査は、もう終わりでいい?」
「うん。私、欲張りすぎてたみたい。また明日話そう。ありがとう、みどり」
電話がぶつりと切れた。怜が言葉通り感謝をしているのかは判らなかったが、これ以上わたしに調査を頼むつもりがないことは確かなようだった。
──でも。
わたしの調査は、まだ終わっていない。最後にひとつ、やらなければいけないことがあった。
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