パワハラ加害者のレッテル背負って高校野球で甲子園目指す男

@ka-shii97

第1話喪失、旅立ち

|バタン!

「それではお預かりします!」

引っ越し業者の男性はトラックの荷台の扉を勢いよく閉め、軽く会釈をして運転席に乗り込んだ。


「よろしくお願いします。」

私、神室賢治(かむろ けんじ)がそういうと男性は窓越しにまた軽く会釈をしてトラックを走らせた。200メートルほど先の十字路を右折するまでぼんやりとトラックを見つめた。


トラックを見送った後、足元に置いてあったリュックサックを背負いキャリーケースを引きマンションの入口の自動販売機で缶コーヒーを買った。そのままマンションのすぐ横にある公園に行きベンチに腰かけて大きくため息をついた。


「この公園も今日で最後か…」加熱式タバコを吸いながらコーヒーをすすり誰もいない公園の風景を眺めていたときスマートフォンが着信を知らせた。職場の後輩だった池田からの着信だった。


「もしもし…」

神室が電話に出ると前のめりな様子で池田は話し始めた。


「神室先輩!今日出発だって部長からさっき聞きましたよ!どうして言ってくれないんすか!言ってくれれば昨日部署のみんな集めて送別会でも考えたのに…」


「悪かったよ。でも自主退社とは名ばかりでほとんどクビだぜ俺?送別してもらえる立場じゃないだろ。」


「いいえ!今回の先輩の退社には部署のみんな誰も納得してませんから。先輩は当然の指導をしたのにそれをパワハラだなんて白石のやつ…ホント許せないっすよ。」


「ありがとな池田。けどやめてくれ。パワハラは被害者側がそう思ったらどんな言い訳しようがパワハラなんだとよ。俺も勿論納得はしてないけど会社側が自主退社って形にしてくれて退職金も僅かながら出してくれるってんだったら仕方ないよ。このまま会社にしがみついても出世も見込めないだろうし良いタイミングだったんだよ。」冗談半分に言うと池田は明らかに不服そうな声色で続けた。


「でも…言ったもん勝ちみたいなのって…。じゃあこの先どうやって新人達を指導して行けばいいんですか!恐くて誰もやりたがらないですよ…。」


「あのな池田…今まさにパワハラで会社をやめた俺には何も言えないよ。恨むとしたらこの社会の風潮ってとこか。」


「そんなもんですかね…。まぁとにかく!先輩地元に戻ってもたまには東京に遊びにきて下さいよ!今まで散々世話になったのになんの恩返しもできてないですし、奢りますから!」


「そうだな。楽しみにしとくよ!わざわざ連絡くれてありがとな池田!お前も頑張れよ!職場のみんなにもよろしく伝えておいてくれ。」


「はい!それでは先輩お元気で!」


神室は電話を切ったあとまた一つ大きなため息をつきもう一度加熱式煙草を吸いコーヒーを飲み干した。


「そろそろ行くか…」

コーヒーの空き缶をベンチの隣のゴミ箱に放りこみベンチから立ち上がった。駅に向かって歩きだし公園の出口で一度だけ振り返りまた駅を目指した。


電車を乗り継ぎ東京駅の新幹線ホームに着いた頃には空がオレンジがかり高層ビルに夕日が反射していてなんだか幻想的だった。売店でカツサンドと缶ビールを買い新幹線の自分の席を確認して窓際の座席に腰を降ろす。リュックサックの中からスマートフォンの充電器を取り出し座席の足元の電源プラグに差し込み充電を始めるとすぐに新幹線が動き出した。


窓の外の都心の風景を眺めながら先程の池田との電話を思い出した。


「今回の先輩の退社には部署の皆だれも納得してませんから…」


ほんの数週間前の事だった。文具メーカーの営業をしていた私は会社と古くから付き合いのあるお得意先の会社に新商品の企画の説明に訪れていた。重要なクライアントであったが先方の担当者とは入社当初からの顔見知りでとても良くしてもらっていた。しかしその日はいつもの営業とは違い、教育目的で新人を連れての営業だった。その日同行した新人は白石という男だった。正直名前は知っていたがほとんど話した事はなくどういう奴なのかは分からなかった。会社を出る前に軽く挨拶をしたがあまり明るい印象ではなく大人しそうなタイプにみえた。


「よろしくな!白石くん!」


「よろしくおねがいします…神室先輩。」


「おう!今日はとりあえずは俺の後ろに着いて見学って感じだからあまり緊張しなくてもいいよ!分からないことがあったら聞いてくれよ!あ!先方の前ではメモは取らずに後からにするんだぞ!」


「分かりました。頑張ります。」


そんな会話をした程度で先方に向かった。慣れた営業先だったためプレゼンもスムーズに終了した。プレゼン後、先方の部長、担当者と今後の打ち合わせの日程を確認している時だった。突然後の方からこの場の雰囲気とは正反対のけたたましい着信音が響いた。驚いて振り返ると全く焦る様子もなくスーツのポケットからスマホを取り出す白石の姿が目に入った。取引先の応接室の中ではあまりにありえない光景に一瞬混乱した。白石の信じられない行動はさらに続いた。手にしたスマホをなれた様子で操作し、なんと電話に応じたのだった。


「あ、もしもし。」


その時ハッと我に返り白石からスマホを半ば強引に取り上げた。


「バカ野郎!先方の前で失礼だろう!何考えてるんだ!」


「いや。親からだったんで。とりあえず返して下さい。」


「いいからとにかく謝るんだ!大変申し訳ありません!新人なもので私の指導が不足しておりました!」


見慣れた先方の部長、担当者も明らかに呆れている様子が分かった。その場に立ち尽くしている白石にも無理やり頭を下げさせその場はなんとかやり過ごした。


「本日は大変失礼いたしました。指導を徹底し今後の改善に取り組んで参りますので今後ともどうかよろしくお願いします!」


帰り際に再び頭を下げ営業先を後にした。


「結構マズかった感じですかね?」

エレベーターのなかで白石が突然口を開いた。


「当たり前だろう!社会人として、いや人として最低限のマナーだろうが!ナメてるのかよ!」


「いや、でもそんなルール習ってませんし着信が親からだったのでなにかあったのかと思うじゃないですか普通。」


「そういうのはルールじゃなくて常識だ。緊急の電話だって応答の仕方ってのがあるだろうが。俺たちの軽率な行動一つで会社に大きな迷惑がかかることもあるんだよ!もう少し緊張感持ってやれ!」


そこから白石は何も言わなくなり2人とも無言で会社に戻った。


その次の日から白石は会社に来なくなり後日、部長に呼ばれた。部長から白石の父親から先輩社員からの罵声と威圧的な態度で息子はひどく傷つき会社に行くことができない。会社側が当該社員に対して適切な処分を下した上で息子に謝罪をしない場合そのような指導を黙認している会社と判断しパワハラで訴えるとともに証拠の音声ファイルをマスコミに提供すると連絡があったという。エレベーター内でのやり取りを白石に録音されていたらしい。


さらに白石の父親はうちの会社の重要な取引先の役員であり、白石はいわゆるコネ入社だったそうだ。通常であれば会社はこんなことをいちいち相手にしないが今回は話がややこしく、対応に迷っていると言われた。


その後も会社の顧問弁護士や、上司達との話し合いを何度か行ったが結局謝罪をした上でその後自主退職をする事で示談とする事となった。


到底納得はいかなかったが大学卒業後、10年も世話になった会社に迷惑をかけてはいけないと思い半ばヤケクソで退職を受け入れた。


今後のあても正直ないがなぜか喪失感とともに新たな人生への期待も感じていた。


都心から徐々に離れていく外の景色を眺めながらカツサンドを頬張り缶ビールで流し込んだ後、ウトウトと眠りに落ちたのだった…











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る