炬燵の委託販売
「彌四郎、加賀は寒いな」
十一月も中旬に差し掛かると、冬の到来を匂わせる冷たい風が吹き付け、涅色の地面が雪に隠されつつあった。十二月に入ると更に雪が深まるというので、生活に支障をきたすほどの大雪に襲われるのも時間の問題だ。
「そうでしょうか? 特別寒いとは感じませぬ。それにここは越前ともあまり変わらぬように思いますが」
「そうだったな。忘れてくれ」
小氷河期と呼ばれる戦国時代でもとりわけ冬の寒さが厳しい加賀では、冬に亡くなる民の数が常軌を逸した数に上る。現代でも降雪で立ち往生するなんていうニュースが日本海側では毎年大きく報じられていたが、科学が発展した世の中においても雪は人間の生活を脅かすものになるのだ。決して楽観視できるものではない。
身体が慣れているのか、体調が不調に陥るということは今のところないが、そうか。彌四郎にとってはこの程度当たり前の寒さなのだな。
今はまだいい。だが冬が深まったらどうなるだろうか。俺や彌四郎とは違い、常に死と隣り合わせに生きてきた者たちはどうだろうか。今年の冬を越えられる保証などどこにもない。
これを凌ぐには、早急に防寒器具の開発が不可欠になる。
「となれば炬燵が一番良いだろうな」
「こたつ、にございまするか? それは何でしょう」
彌四郎は首を傾げる。聞いたことのない名前に、困惑している様子である。
現代日本には、極寒の冬を乗り切る国民的な道具として炬燵がある。これは専ら電気によるものが主流だが、無論この時代に電気という便利なものは存在しない。だが実際に火をおこして密閉空間を作ることで再現は可能である。
「冨樫に従う民が皆冬を無事越すことは至上命題だ」
「それを叶える秘策がこたつ、というものなのですか?」
「左様だ、彌四郎」
俺は首肯する。炬燵は商売道具になるだけでなく、国をまとめる手段の一つになり得る。まずは炬燵の絵図を描くことにしよう。
石鹸で稼いだ資金を元手に、俺は炬燵の開発を急ぐことにした。炬燵は机に布を被せて中で炭を熱することで中を高温に保つものだ。ただ適度な換気が不可欠で、誤って密室で寝るようなことがあれば一酸化炭素中毒で死に至りかねない。
しかし、使用法を広めつつ市井に徐々に浸透させていくとなると、この冬を堪えることは厳しいだろう。寒さによる死よりも、一酸化炭素中毒による死者が出て予想以上の大惨事、なんてことにもなりかねない。
仕組み自体は簡易なものだ。ただ羽毛布団のような都合の良いものはないので、着物を被せることで代用する必要が出てくるだろう。炭だと高価で庶民にも手が出ないしな。
そこで考えたのが「炭団」である。これは木炭の粉をデンプンをつなぎとして混ぜ合わせ、丸く固めて乾燥させたものだ。無論炭の方が格段に火力は強いが、一方で炭団は熱効率が非常に優秀で、種火の状態で一日中でも燃焼し続けるという特長があるのだ。それに加え、炭団の煙はごく僅かなため、一酸化炭素中毒になる危険性が薄い。
英田家の伝手を頼りに木炭の生産で出た不要な粉を安価で買い取り、大量に集めさせた。木炭の生産者も金にもならない余り物が売れるならそれに越したことはないと二つ返事で快諾してくれた。
つなぎは米である必然性はなく、デンプンが発生すればいいので、米よりも安価な雑穀を使用することにした。これで炭団の製作にかかる費用も削減される。
「この炬燵というものの魔力は恐ろしいですな。精気を吸われている感覚すらあります」
「どう思う。これは売れるか?」
「確実に売れましょう。この永牟田善兵衛が保証致します」
俺の問いかけに答えたのは、永牟田善兵衛虎清という商人である。この男の父が稙泰の知己らしく、越前で麻織物の商店を営んでいた。その息子である善兵衛は、修行として主に北陸を中心に営業を行っているとのことである。
「そうか。ならばこれを預ける。売ってもらえるか?」
「この身に替えましても、全て売り捌いて見せましょう」
俺はこの炬燵を商用と配給用に組み分けた。商用は言わずもがなで、炬燵の一式を畿内や北陸一円に売り込むのだ。机の形や大きさも絵図面で記したものを木工職人に渡して均一の大きさで作らせた。コタツの根幹を成す炭団や火鉢単体では売らず、机や上に被せる布も同時に買わないと購入できないという、抱き合わせ商法である。
机に被せる布は、善兵衛の実家がノウハウを持つ麻織物を使用し、麻織物の分の利益を全て譲渡するという条件で、炬燵の販売を委託した。善兵衛としても家の麻織物の知名度を上げる裾野を得るには良い機会であるし、炬燵が売れれば売れるほど善兵衛に利益が入る。まさに双方が得をする契約であった。これを機に善兵衛を御用商人として正式に認めることにした。
一方で、配給用は領民に配るものだ。短期的に見れば損をする行為だが、長期的に見れば利しかない。
少々悪どいかもしれないが、俺は冨樫家に臣従を決めた家の民には一家に一つ、安価な炬燵を無償に配ることにしたのだ。具体的には机や火鉢の質を大きく下げた廉価版とし、布も切れ端をつぎはぎしたような質の高くないものとすることで一つあたりのコストを大幅に削減している。
さらに一向一揆から完全に足を洗う誓約書を書くことで、一年間の兵役免除と冬を越せる量の食糧を配給するという手法を行った。紙切れに強制力はないが、違反した場合厳しい処罰を下すとの旨を伝え、心臓を掴んでおいた。これで民心掌握を図り、不在の本願寺から離脱させるのを促したわけである。
とはいえ、神や仏などはこの時代の人間にとって心の支えにもなっている。そこで長享の一揆によって焼失し、文亀元年(1501年)に再建されながらも、本願寺一強の傾向に抗えず廃寺同然の状況となっている万年山大明寺への入信に限り認めることとした。
万年山大明寺は曹洞宗の寺で、祖父・政親が建立した寺だ。それゆえに滅多なことはないだろうと考えている。ただし、教えに関しては俺が少しでも違和感を感じる部分を消去、もしくは改案し、「曹洞宗冨樫派」として再起させることとした。
再建時の住職であった資充慶師を継いだ蘇充纎師という僧侶が、新たな住職となり信者を統括し、冨樫家に行事その他の報告を義務付けることで、冨樫家から決して離反することのないよう固めた。従来の仏教から遥かに規律を緩くしており、一向宗の特徴でもある肉食妻帯も当然認めている。
ただ一向宗を信じることを強制的にやめさせるというのは反感を買う恐れがあるので、これはあくまで希望者のみだ。長尾為景の無碍光衆禁止令のように一向宗を完全に禁止するつもりはない。例え一向宗を信じていても、冨樫家に味方するのならば今はそれでいい。
炬燵の配布に関してはどうしても国人単位になってしまうので、音を上げて冨樫家の臣従を決めるまで領民の忍耐が試されるが、こればかりは許してもらいたい。来年中には加賀の北半国が掌握できたら理想だ。さて、うまく運ぶといいが。
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