第22話 アフロウォーリア

 真白が取り出したのは、弓道部の連中が使ってるのよりも一回り小さいくらいの弓だった。カモメマークと言うか、中くらいのおっぱいを上から見たような形をしている。


 合成弓コンポジットボウとか言うそうだけど、この世界には武器の合成システムもあるんだろうか? なんて事を真顔で言ったら真白に大笑いされた。なんでも、弓の部分に複数の素材を使って飛距離や貫通力を強化した弓をそんな風に呼ぶらしい。へー。


 ガブリンアーチャーと戦い、今後はマジシャンとも戦う。他にも、鳥系の魔物のように飛んでいる魔物と戦う機会もあるだろう。そんな時、剣しか使えないのでは役に立てない。


 そんな風に思って、真白は弓スキルを習ったらしい。


「ムフー。これがあればあたしも、刹那と並んで戦えるね」


 嬉しそうに鼻息を荒げ、真白が弦を弾く。


「……なんか、俺の存在意義が半分ぐらいなくなっちまった気がするよ」

「え~!」


 冗談半分だが、半分は本気だ。


 俺なんか、もう生産スキルばっかりでいいかな~なんて温い事を考えていたけど、冒険者を続ける以上、やっぱりそれではダメなのだ。真白はそこんところをちゃんと考えていて、強くなる方法を模索している。立派な奴なのである。


 まぁ、たんに戦うのが楽しくて色んな武器を使ってみたいという事もあるみたいだけど。なんなら、全種類の武器スキルを習いたいくらいだと言っていた。非効率だと思うけど、あれもこれも生産スキルに手を出している俺の言えた義理じゃない。


 今の俺達にとってこの世界がリアルなのだから、効率なんか無視して楽しんだ者勝ちな気もする。どの道スキルの熟練度が才能の限界に達するのはまだまだ先の事だろうし、得意な武器を見つけるという意味でも、それはありかもしれない。


 ちなみに俺は、電気羊の報酬が入ったら大工スキルを取る気でいる。家具を作るとか言っちゃったし、真白が弓を使うようになったら、矢が沢山必要になる。矢は大工スキルで作れるし、必要な熟練度も低いので丁度いい。鍛冶スキルもあるから、矢じりだってつけられる。俺のスキルで真白が強くなると思えば、気分もいい。


「そんじゃ、行くか。せーので撃つぞ」

「おっけー」


 俺はスペルブックを、真白は弓を構える。

 電撃が怖いので、基本的には遠距離攻撃で戦う予定だ。


「せーの。魔弾!」


 手前にいる電気羊に向かって、魔弾と矢が飛んでいく。熟練度が上がって、クラス2の黒魔法も百パーセント成功するようになっていたけど、火球ファイヤーボールは素材をダメにしてしまうし、他の攻撃的な魔法は射程が短かったり狙撃に向かなかったりと使いどころが難しい。


 普段から使用頻度の高い術である。俺の魔弾は見事電気羊の額に命中し、頭部を吹き飛ばした。地味だし単体にしか使えないけど、魔法増幅の熟練度も上がり、以前よりも破壊力が増している。案外、狩りをするには使いやすい魔法なのである。


 真白の矢は僅かに狙いを外し、電気羊の肩に命中した。覚えたばかりの弓術ではこんなものだろう。一応、俺の存在意義は守られたか……。なんて思っていると、真白は素早く矢を番え、二発、三発と追撃を加える。矢ってこんな早く撃てるんだ……。


 電気羊の身体に次々矢が刺さるが、倒れる事はない。もこもこの毛皮に守られて、あまりダメージを与えられていないようだ。


「うー! 威力なさすぎ! 当たってるのに、全然死なないよ!」


 こんなはずじゃなかったのにと言いたげに、真白が眉を寄せる。


「覚えたてならそんなもんだろ」


 俺達に気付いた電気羊が顔を上げ、ンメェ~! と合唱しながら一か所に集まる。金色がかったふわふわの体毛を擦り合わせると、あちらこちらでバチバチと電流が弾ける。


「こいつはヤバそうだな――」


 呑気な事を言ってたら、電気羊の雷角らいかくがこちらを向いた。

 まさか、この距離でも雷撃が届くのか!?


「――ッ」


 咄嗟に魔盾を唱えようとするが、それより先に真白が俺を突き飛ばした。

 俺は近くの大木に顔面からぶち当たり。

 真白は大蛇のような雷撃に飲み込まれた。


「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!?」

「真白!?」


 鼻血を拭いながら俺は叫ぶ。


「し、痺れたぁ……」


 軽く痙攣して、身体もちょっと焦げているけど、真白は普通に立っていた。

 とりあえず、ヒールをかける。


「痺れたって……。大丈夫なのか?」

「あたし前衛、魔法抵抗もあるし、これくらい余裕」


 ちょっと片言になりながら、真白は引き攣った笑みでピースをする。


「……頭、アフロになってるけど」

「マジで!?」


 ぎょっとして、真白が頭に手をやる。

 胸元まで伸びた真白の髪は、漫画みたいなチリチリのアフロになっていた……。


「ぎゃああああ!? なにこれ! 最悪!? 刹那ぁ! 魔法で治してよ!?」

「いや、無理だろ……。状態異常じゃないんだし……」

「異常だよ! やだもう! こんなんだったら痺れた方がマシだし!?」

「ンメェ~!」


 雷撃が来そうな気配に、俺達は慌てて駆けだした。

 先程まで立っていた場所を、滝のような雷撃が通過する。


「うわああああああん! あたしの髪がああああ!」

「泣くなって! それはそれで結構似合ってるから!」

「本当!? 変じゃない!?」

「変じゃない! ストリート系って感じでかっこいいって!」


 モデルみたいな体形の真白だ。顔立ちも、可愛いとかっこいいの良いとこどりみたいな感じなので、基本的にはどんな格好も似合う。まぁ、彼氏の贔屓目もかなりあるんだろうけど。俺は全然アリだと思う。真白なら、坊主だって可愛いさ。


「じゃあいいけど……。でも、あいつらは絶対殺す!」

「つってもなぁ! これ、結構ヤバいぞ!」


 話している間にも、電気羊達はバリバリと雷撃を放ってくる。


 電気を貯める隙があるかと思ったが、そんな事もなく。外側の何匹かが角を向けて砲主の係をして、残りは尻を向けた防御態勢でゆさゆさと身体を擦って電気を起こしている。


 一応雷撃は魔盾で防げるけど、数秒持ちこたえるのがやっとだ。逃げる時間は稼げるが、防ぎきるのは無理らしい。


 真白も隙を見て矢を放っているが、走りながらでは狙いも甘く、毛皮に吸い込まれて効果はなさげだ。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「ちょっと刹那、もうバテたの!?」

「戦闘呼吸取ったんだけどな……」


 魔法職でも最低限のスタミナは必要だと思って取った。本格的に上げるつもりはないが、少しあるだけでもかなり違うだろう。……と、期待してたんだが、ステータスの差が大きいのか、真白の時ほど効果があるようには思えない。それでも、以前よりは大分マシにはなってるんだが。


 なんにしろ、このままじゃジリ貧だ。


「くそ、一度引くか?」

「はい! あたしにいい考えがあります!」

「なんだよ? うぉ!? おい!?」


 真白はいきなり俺の身体を抱き上げて小脇に抱えた。


「合体! これなら刹那は疲れないでしょ?」

「やだよ! 恥ずかしいだろ!? 降ろせって!?」

「ちょ、暴れないでよ! うひゃ!?」


 雷撃がかすめて身体がピリピリする。

 どうやら真白は意地でも俺を離すつもりはないらしい。


「どうすんだよこれ!?」

「あたしが走って逃げるから、その間に刹那が魔法で狙撃するの! それで一匹ずつ減らしていけば勝てるくない?」

「いや、無理だろ!?」

「いけるって! あたしの髪の毛の仇取ってよ!?」

「だぁ! 分かったよ! 魔弾!」


 言れた通りにやってみるが、俺だってこんな状態で精密射撃を行うのは無理だ。砲手役の電気羊を狙ってみるが、頭を外して身体に当たった。真白の弓よりは威力があるので、魔弾を受けた電気羊は横倒しになるが、まるまると育った羊毛に魔弾の衝撃を吸収されたのか、苦しそうだが普通に立ち上がった。ダメージを受けた電気羊は群れの奥に入って発電役に変わり、別の電気羊が砲手役に代わる。


「うー。やっぱだめかぁ……」


 悔しそうに真白が言う。別に今すぐどうこうする必要はない。一旦引いて作戦を練ってもう一度挑戦すればいい。その間にこの群れは遠くに逃げてしまうだろうが、探知スキルがあるので、探せば他の群れを見つける事は出来る……はずだ。


「いや。もうちょっと粘ろう。もしかしたら、上手くいくかもしれない」


 予想以上の雷撃にビビってしまったけど、冷静に考えればやっと見つけた電気羊の群れを逃がすのは勿体ない。真白の髪の仇を取らないといけないし、彼女の前ではやっぱりかっこつけたい。


「本当!? どうするの?」

「もう少し近づけるか?」

「出来らい!」


 ニヒッと笑うと、真白は一直線に電気羊目掛けて走り出した。


「そこまで近づかなくていいから!?」

「そうなの? うぉ! っと!」


 俺を抱えたまま、真白が片手で側転し雷撃を避ける。

 マジで真白の身体能力上がり過ぎだろ!?


 想定上に近づいてしまったが、これからやる事を考えれば、近い方が有利ではある。


「クラス3の黒魔法を使う! 五回唱えてだめだったら諦めるぞ!」

「りょーかい! それまで避ければいいんだね!」


 そういう事だ。

 今の俺の熟練度だと、クラス3魔法の成功率は半分あるかどうか。ただしこれは、魔法が発動する確率で、効果があるかは別の話だ。


 ともかく俺は、この状況で効果のありそうな魔法を唱えた。


恐慌パニック!」


 文字通り、相手の精神に影響を及ぼして恐慌状態にする黒魔法なのだが。


 ブススス~。

 失敗して、突き出した手の先から黒煙が上がる。


「オナラくさぁ~い!」

 

 鼻を摘まんで真白が言った。


「我慢してくれ! 恐慌! 恐慌! 恐慌! 恐慌!」


 ブススス~。ブススス~。


 噴き出した煙の数は二回。

 つまり、後の二回は上手くいったのだろう。

 俺自身、その手応えは感じていたが……。

 

「……ごめん。やっぱだめだったみたいだ」


 電気羊の群れに変化はない。

 熟練度が低いので、抵抗レジストされたのだろう。


「……もう一回やってみよう! そしたら、上手くいくかも!」

「いや、諦めよう。リベンジする分の秘薬を残しておかないといけないし」


 悔しいけど、この辺が引き際だろう。無理に深追いすれば、消耗してリベンジすら出来なくなる。手ぶらで帰ったら、家賃が払えなくなってホームレスだ。


「……分かった。ごめんね、役に立てなくて」

「そんな事ないって。電気羊を甘く見てた俺が悪いんだ」

「ンメェ~!?」


 バカップルの慰め合いに電気羊が割り込んだ。ぎっちりと身を寄せ合った電気羊の群れの中から、数匹の個体が狂ったように暴れながらあらぬ方向に飛び出して行く。残った電気羊は茫然とし、それらを追いかけるようにばらばらになって駆けだした。


 ハッとして、俺達は顔を見合わせる。


「やったじゃん! 刹那の魔法、効いたんだよ!?」

「あぁ! バラけちまえば強力な電撃は使えないはずだ! 魔法が効いてる内に狩りまくるぞ!」 


 以前、なにかの動物番組で見た。羊の群れは、最初に動いた個体を追従する性質がある。恐慌の魔法で同時に複数の先導者を生み出せば、一時的に群れをバラバラにして、厄介な雷撃を無力化出来るかもしれないと思ったのだ。どうやら、目論見を上手くいったらしい。


「ヒャッハー! 待ってたぜ! この瞬間をよぉおお!」


 俺を下ろすと、真白はロングソードを引きずりながら駆けだした。電気羊は電気を纏っているけど、単体なら大した事はない。雷撃を放つ事も出来ないし、触ってもちょっとバチッとする程度である。……まぁ、真白は頭を落とす度にあひゃ!? でひゃ!? と悲鳴をあげていたが。


 俺は魔法職なので、安全に魔弾でやらせて貰う。

 あっと言う間に俺達は、目標の七匹に一匹足した、合計八匹を狩り終える。


「ふん! 今日の所はこれくらいで勘弁してやりますか!」


 恐慌が解け、一塊になって逃げだす電気羊の後ろ姿に真白が告げる。

 左手には電気羊の生首、右手には血塗れのロングソード。 

 頭の上ではわさわさと、茶色いアフロが風に揺れていた。

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