第16話 コスプレおじさん
それから俺達の前で起きたのは、一方的な虐殺だった。
「イヤーッ!」
「グギャー!」
「イヤーッ!」
「グギャー!」
「イヤーッ!」
「グギャー!」
ガブリンターミネーターなる人物がインベントリーから取り出した業物っぽい片手剣を両手に持ち、風のように駆け回る。
するとどうだ。並べた瓶の栓を抜くように、ポンポンとガブリン達の首を飛んでいく。
ガブリン達はガブリンターミネーターを恐れているのか、ほとんどが戦意を喪失し、逃げ出そうとしていたが、ガブリンターミネーターは一匹たりとも逃がしはしないと殺しまくる。
あっと言う間に狩り殺し、しまいには残った一匹が土下座をして命乞いを始めた。
「……ガブリン抹殺すべし、イヤーッ!」
「グギャー!」
それで終わりだ。
あとには、ガブリンターミネーターを名乗る奇妙な人物と、大量のガブリンの死体と、噎せるようなガブリンの血の生臭さと、唖然とする二人の駆け出し冒険者だけが残された。
……いや、どうすんだこれ。
俺達、助かったのか?
「……あの、助けてくれて、ありがとうございます」
起き上がって、真白が言った。確かにまずはお礼なのだろうが、こんなアレな人を前にそれを出来るのは凄い事だと俺は思う。まぁ、真白もお礼を言いつつ警戒してるようではあったが。
「ありがとうございました。その、ガブリンターミネーターさん? もう少しで俺達、やられちゃう所で……」
とりあえず、俺も礼を言った。
怪しいし、物凄くアレな感じはしたけど、命を救って貰ったわけだし……。
そんな俺達を、ガブリンターミネーターが振り向く。
厳つい兜の下で、澄んだ青い瞳が俺を見る。
「いやいや。無事でよかった。ガブリン共がはしゃいでる気配を感じたから、まさかと思って駆けつけたんだけどね。手遅れになる前でよかったよかった。あっはっは」
気さくに笑うガブリンターミネーターさんに、俺達は同時に肩でずっこけた。
「あれ、どうかしたかい?」
「い、いえ、その、思ってたのと違ったって言うか……」
「案外気さくな方なんですね」
俺は苦笑い。真白はホッとした様子だ。まぁ、こんなナリで普通にされるのもそれはそれで怖いものがあるのだが。とりあえず、危険な人ではないらしい。
「おぉ! もしかして君達は、ガブリンターミネーターを知っているのかい!」
なにがおぉ! なのか、ガブリンターミネーターさんは嬉しそうに聞いてくる。
「いや……知ってるいうかなんというか、なぁ?」
「う~ん。これって、知ってるって言うのかな……」
二人で顔を見合わせる。
恐らく、元ネタなのだろう二つの作品は知っているが、ガブリンターミネーターなる存在を知っているわけではない。てかマジでなんなんだこの人は?
「あぁ。もしかして、私の噂の方を知っているとか? 見かけない顔だけど、君達も冒険者だよね?」
「えっと、まぁ。最近なったばかりですけど……」
「すみません。その噂っていうのも聞いた事ないと思います」
「そうなのかい? あー、それじゃあ怖がらせてしまったかな! いきなりこんな変な格好をした奴がバク転でやってきて、ガブリンターミネーターとか言い出したんだから!」
ガブリンターミネーターさんは、しまったなぁ! という感じで、額に手をやった。
「良い機会だ! 折角こうして知り合ったわけだしね。君達は駆け出しのようだから、私のバイブルをわけてあげよう!」
そういうと、ガブリンターミネーターさんはインベントリーから二冊の本を取り出した。どうやら漫画の単行本らしい。
「……ガブリンターミネーター」
「エルフの森炎上?」
それがこの漫画のタイトルだった。
表紙には、目の前の人物と同じ、厳つい兜を被り、片手剣を二刀流にした赤い忍び装束の忍者が描かれている。
「ねぇ刹那……これってパチモンなんじゃ……」
「皆まで言うな……」
この世界の本屋には、転生者が関わっているとしか思えないパクリ臭い漫画が沢山あった。その中の一つという事なのだろう。
「恥ずかしながら、私はその本にいたく感銘を受けてね。大袈裟に思うかもしれないけど、初めて読んだ時、運命を感じたんだよ。この本は、私の為に描かれた物だ! ってね。それでまぁ、この通り、ガブリンターミネーターの真似事をして、日々ガブリン共を成敗しているというわけなんだ」
「そ、そうなんですか」
「立派ですね!」
俺はドン引きだが、真白は感心している様子だ。
「立派だなんてそんな。私なんか所詮、漫画の真似事をして喜んでいるだけの変わり者のコスプレ冒険者さ」
「そんな事ないですよ! ガブリンターミネーターさんが来てくれなかったら今頃あたし達、仲良く殺されちゃってたわけですし! ねぇ刹那!」
「う、うん。そうっすよ。ここのガブリンは放っておくと増えまくって大変な事になるって聞くし。ガブリンターミネーターさんみたいな人がいて、街の人達も助かってるんじゃないですか?」
そこまで立派だとは思わないが、真白はこう言ってるので適当に調子を合わせておいた。別にガブリンターミネーターさんがやらなくても、他の冒険者がその役目を果たしているとは思うけど。助けて貰った事には変わりないし、野暮なことは言いっこなしだ。
「はっはっは。お世辞でも、そう言ってくれると嬉しいよ。たまにこんな風に、駆け出しの冒険者が危ない目に合っている所を助ける事があるんだ。そういう時はね、こんな事をやっててよかったって心の底か思うんだよ。いや、勿論、何事もない方がいいに決まってるんだけどね。特に二層は、ガブリンの種類が増えて行動パターンも増えるから、一層で油断した駆け出しの冒険者が危ない目に合う事は結構あるんだ」
「本当、その通りなんですよ! こっちの彼、あたしの彼氏で刹那って言うんですけど。危ないって止めてくれたのにあたしってば全然聞かないで……それで、う、ひぐ、ごめんね刹那……あたし、あたし……うわああああああああああん!」
緊張の糸が切れたのだろう。
急に真白は、すとんと腰が抜けたように座り込んで泣き出した。
「ごめんね! ごめんね! あたし、刹那の役に立ちたかったのに! 余計な事して、また死にそうな目に合わせちゃった! こんなんじゃ、前衛失格、彼女失格だよ! うわあああああああああああん!」
「な、泣くなよ真白! 真白は悪くないだろ!? 途中までは上手くいってたし、道に迷っちまった俺が悪いんだよ! 真白は十分役に立ってるし、役立たずは俺の方で……」
「そんな事ないよ!? なんでいつもそんな事言うの!? 刹那はご飯作ってくれて、お金稼ぐ方法だって考えてくれて、いっつもあたしの事考えてくれてて、大事にしてくれてるじゃん! 意味わかんない事言わないでよ!?」
「それは俺の台詞だっての! 真白の方こそいつも危ない前衛やって俺の事守ってくれて、魔物だって俺より沢山狩って、解体とか、ドロップアイテムの回収だってやってくれてるじゃんか! 俺の秘薬代のせいで迷惑かけてるし、そのせいで欲しい物とか我慢させちゃってるし、その分俺が頑張るのは当然だろ!?」
「我慢してないもん! あたしは別に、刹那さえいてくれればそれでいいもん! 刹那こそ我慢してるじゃん! あたしは好きな物好きなだけ食べてるのに、刹那はちょびっとしか食べないし!」
「いや、それは真白が大食いなだけで、俺はあのぐらいで丁度いいんだけど……」
「嘘! 絶対嘘! たったあれっぽっちで足りるわけないもん! あたしに気を使って嘘ついてるんでしょ! 刹那っていっつもそうなんだもん!」
「いや、まぁ、そういう時もあるけど、飯の件はマジで違うから。真白と同じ量毎日食ってたら死んじゃうから……」
「美味しいご飯沢山食べて死んじゃう人なんかいるわけないじゃん!?」
「はっはっは。私も大概にアレだけど、君達も中々にアレだね! バカップルって言うのかな? いやはや、そこまで行くとむしろ清々しいね。ガブリンターミネーターも応援しちゃうよ! はっはっは、はっはっはっは!」
愉快そうにガブリンターミネーターさんが笑う。
恥ずかしくなって、俺達は二人一緒に真っ赤になって俯いた。
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