第15話 デッドエンド
「……やっぱ、引き返した方が良さそうだな」
二層に降りて暫く進んだ先。
岩場の影から顔を覗かせて、押し殺した声で言う。
少し先に、別のガブリンキャンプを見つけたのだ。昼食中らしく、例の茶色い泥のようなスープを食べながら、グギャグギャと喚いている。
規模は先ほどと同じくらいだが、棍棒を持った普通のガブリンの他にも、弓を持ったガブリンアーチャーが四匹混じっていた。
俺達は、遠距離攻撃を使う相手と戦った経験はまだない。通常のガブリンだけなら闇雲に突っ込んでくるだけだろうが、そこに援護役のアーチャーが加われば、戦闘は複雑化し、どれくらい不利になるのか想像も出来なかった。
「平気だよ。ガブリンの攻撃じゃほとんどダメージ受けないし。こっちには頼りになる魔法使いがいるんだもん。あたしが突っ込んで引き付けてる間に刹那が魔法で弓の奴倒しちゃえばそれで終わりでしょ?」
「簡単に言うなよ。そんな危ない真似――」
「出来ないの?」
突き放すように真白言う。
「……出来なくはないけど、そういう問題じゃ――」
「じゃあ、あたしの事信じてないって事?」
真白の目が怖い。なんで怒ってるんだ?
「真白の事は信じてるよ。スキルだって使いこなしてて、俺なんかよりずっと強い。けど――」
「信じてるなら、ちゃんと前衛の仕事任せてよ。あたしは、刹那に守って貰う為に前衛になったわけじゃない。最初に言ったじゃん。二人で協力して、役割分担しようねって。あたしの仕事、奪わないで」
「……分かったよ。でも、無理はすんなよ」
俺は、なにも分かっていなかった。分かっているのは、真白が不機嫌だと言う事だけだ。俺が過保護で心配性だから怒っているのだろうか? でも、仕方ないだろ。真白は彼女で女の子なのだ。大事にするのは当然だ。でも、これ以上小言を言うともっと不機嫌になりそうだから、折れる事にした。
実際、真白の強さなら、多少ダメージは負うだろうが、問題はないだろう。前衛の真白に無傷でいて欲しいというのは、俺のエゴで、わがままでしかない。
「……無理してるのは刹那の方じゃん」
「え?」
「なんでもない。それより、バフかけて」
「……あぁ」
よく聞こえなかったが、とにかく怒っているのは間違いない。どうしてこんな事になってしまったのだろうかと思いながら、俺は三種のバフを唱える。
「なぁ真白。頼むから無理だけは――」
「分かってるってば!」
苛立たし気に言うと、真白は剣を構えて駆けだした。
「うぉおおおおお! あたしは今、超怒ってるんだからね!」
不屈の叫びを使いながら、真白がガブリンキャンプに突っ込んでいく。
ガブリン達が汚れた食器を放り出し、足元に転がしていた武器を手に取った。
棍棒を持ったガブリンが真白に群がり、ガブリンアーチャーは散開して弓を構える。ガブリン達は真白の放った不屈の叫びに気を取られ、俺にはまだ気づいていない。
しっかりと狙いを定め、俺は岩場の影から身を乗り出して力ある言葉を唱える。
「魔弾!」
飛び出した魔力の砲弾がガブリンアーチャーの顔面にめり込む。魔法と魔法増幅、両方のスキルの熟練度が上がった事で、魔弾の威力も増していた。貫通はしないが、半分もめり込めば即死だろう。
「グギャギャ!?」
ガブリン達が俺に気付く。
俺は即座に次の魔弾を唱える為に集中するが。
「――ッ!?」
ガブリンアーチャーはばらばらに走り出し、遮蔽となる岩場の影に身を隠した。
さらに、真白に群がっていたガブリンの一匹が洞窟の奥へと走りだす。
「させるか! 魔弾――」
俺の詠唱は、飛んできた無数の矢によって妨害された。不格好な三本の矢の内、当たったのは一本だけ。それも、俺の身体の表面にぶち当たって、刺さる事なく弾かれる。ライフで受けたのだ。感覚的に、一割程度削られた気がする。痛みは……至近距離からガスガンで撃たれたこんな感じだろうかというくらいだ。物凄く痛いが、実際に矢が刺さったらこんなもんじゃ済まないだろう。
そんな事よりも俺は焦っていた。
これはヤバい。きっと、物凄くヤバい。
「戻れ真白! 今のガブリン、仲間を呼びに行ったのかも!」
「だったらそいつらも倒せばいいよ!
真白がロングソードをぐるりと回す。全方向に斬撃を放つクラス2の戦技だ。
それだけで、三体のガブリンの胴体が離れた。
「戻れって! どんな敵を連れて来るか分からないんだぞ!」
二層に降りるつもりはなかったから、ほとんど情報を入れていない。どんな魔物を連れて来るか分からない。そうでなくとも、大量のガブリンを引き連れて戻って来るかもしれない。危険すぎる!
「無理だよ! 囲まれてるんだよ!? いだぁ!?」
真白の背中にガブリンアーチャーの放った矢が命中する。
「真白!? てめぇこの!」
カッとなって真白を射たガブリンアーチャーに魔弾を放とうとするが、既に相手は岩場の影に隠れている。ちくしょう! こいつら、戦いなれてやがる!
射られたせいで、真白の注意力も散漫になっていた。当然だ。ライフが受けてくれると言っても、痛みはあるのだ。散開した三匹のアーチャーに狙われた状態ではいつも通り戦えるわけがない。
「うぐぅ!? もう、鬱陶しいっての!」
意識が別に向いている所に、ガブリンが棍棒で殴りかかる。一撃はたいしたダメージではないだろうが、衝撃で態勢が崩れれば別のガブリンにも殴られる。これじゃ袋叩きだ! どうにかしないと!
「真白! 今助けるぞ!」
俺は完全に頭に血が上ってしまっていた。薄汚いクソ雑魚のガブリン風情が、真白を傷つけやがって! ハンマーピックを握りしめ、叫びながら真白の元へと駆けていく。
「刹那!? 来ちゃダメだってば!? うぁ!?」
真白は俺に気を取られ、矢で射られ、棍棒で殴られる。
俺もいい的で、さらに二発ほど矢を受けた。けど、それがどうした! ぐずぐすしてると、真白にかけたバフが切れちまう! 今でさえ膠着状態なのだ。バフが切れたら、真白は物量に押しつぶされて一巻の終わりだ!
「真白! 伏せろ!
一か八かで放ったのは、クラス2の黒魔法だ。極低温の波動を斬撃のように飛ばす範囲攻撃魔法。現状の飛距離は五メートル程で、遠くなる程範囲と威力が減衰する。斬撃のように範囲が限定的であるというだけで、この魔法に切れ味があるわけではない。
雷花では真白を巻き込む可能性があったので、こちらを選んだ。クラス2だけあって、近くであれば威力も結構高い。
青白いブーメランのような冷凍波を受けて、範囲内にいた二匹のガブリンが一瞬で氷結し、爆砕する。
ガブリンの包囲が崩れて、真白がこちらに逃げて来る。
「無茶しないでよ!」
「今無茶しないでいつ無茶するんだよ!」
「ちょっと大袈裟じゃない?」
余程必死な顔をしていたのだろう。呆れるように真白は言うが。
「あれを見てもまだそんな事が言えるか!」
先程ガブリンが逃げた方を指さす。
「げっ! 嘘でしょ!?」
俺もそう思いたいよ。
逃げたガブリンが、大勢仲間を連れて戻って来ていた。棍棒を持った普通のガブリンに、弓を持たガブリンアーチャー。そして、ぼろい鎧を着て、剣や斧で武装したガブリンソルジャーだ。
「分かったら逃げるぞ! あんなの叶う相手じゃない!」
流石に異論はないだろう。
手を引くと、真白は黙ってついてきた。
そのまま俺達は、一目散に逃げだした。
手を繋いで、無我夢中で走る。
二層に降りてそんなに歩いていない。
だから、すぐに一層に上がる階段があるはずだ。
地図を開く必要もないし、そんな事を思いつく余裕すらなかった。
俺はバカだ。大バカだ。
俺のスタミナが底を突き、息が切れても階段は見つからなかった。
程なくして、行き止まりが俺達を出迎える。
「……ごめん。……道、間違えたかも……」
俺の頭は真っ白だった。何処で間違えた? 何処でだって間違えるだろうさ! 進んでいる時は気づかなかったが、戻る時には幾つも分かれ道があった。魔法の地図を取り出す時間もなく、そして、それをする事すら思いつかず、運任せで適当な道に入ってしまった。
「……刹那のせいじゃないよ。あたしも道、わかんなかったし……」
いいや、俺のせいだ。真白の手を引いて前を走っていたのは俺なんだから!
けど、今更そんな事を言い合っている余裕も余力も俺にはなかった。
バテバテの俺を庇うように真白が前に出る。
「はぁ……はぁ……はぁ……ま、真白……」
その肩に手を伸ばして引き戻そうとするが、ビクともしない。
「戦うしかないんだよ! じゃないと、二人してまた死んじゃうんだよ!?」
その通りだ。真白が正しい。この期に及んで安っぽい見栄を張っている余裕なんかどこにもない。俺はバカだ。本当に大バカだ。戦いは生きるか死ぬかの命懸けなんだ。わかってないのは俺の方だったんだ……。
「うぉおおおおおおお!」
真白が、雪崩れ込んでくるガブリン軍団を堰き止めようとするように駆けだして、不屈の叫びを発する。真白はあっという間に大量のガブリンに囲まれた。その横を、悠々と残ったガブリンがすり抜ける。数が多すぎて、挑発しきれないのだ。
「真白!? くそ! 雷花! 雷花! 雷花!」
これだけ多ければ真白に当たる心配はない。
俺はコスパの良い雷花を連発するが、急に眩暈を感じて膝を着いた。
立て続けに魔術を使ったせいで魔力が切れたのだ。スタミナも底をついて、立っている事もままならない。俺は棍棒で頭を殴られ、ガブリンに引き倒される。
「がぁ!? 真白、真白ぉおお!」
真白もまた、ガブリンソルジャーの攻撃を受けて倒されていた。多勢に無勢、一度倒れてしまったら、もう起き上がれない。
終わった。
俺達はまた死ぬんだ。
どうしてこんな事に……。
悔し涙を流して絶望する俺を、グギャグギャとガブリン達が嘲笑う。
不意に聞こえた耳鳴りのように遠い声を、俺は最初幻聴だと思った。
だが、すぐに違うと理解した。
その声を聞いたガブリン達が、突然ピタリと俺達を嬲るのを止めたからだ。
顔を見合わせて、明らかに焦った様子で、とんでもない怪物でも襲って来ようとしているかのように、背後の洞窟を警戒している。
「イヤーーーーーーーーーッ!」
猛スピードで近づく声は、もうそこまで迫っていた。
茫然としてそちらを見る俺の目に映ったのは、超高速でバク転しながらこちらにやってくる、謎の赤い人影だった。
「トォオオオッ!」
掛け声と共に跳躍すると、赤い人影は空中で三回半捻りを決めて、俺の目の前に着地した。足元にいたガブリンが、ぐちゃりとトマトみたいに潰される。
「どうも。
猛烈な既視感を覚える挨拶と共にお辞儀をしたその男は、厳つい兜に赤い忍び装束を身に着けていた。
「「…………ニンジャナンデ!?」」
俺と真白は同時に叫んだ。
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