5.
実は、というかかなり気まずい現場を見てしまったんじゃないだろうか。
そう思って一輝の方を見ると、どうやら彼も同じ事を考えていたらしく、二人で黙って頷いた。
そうして、静かに音を立てない様にそっと踵を返したのだが、残念ながらそう簡単に事は上手くいかないのが現実だ。
「貴方達いつまでそこにいるつもりなのかしら?いい加減出て来たら?」
小鳥遊さんには、ガッツリ僕らの存在がバレていた。
彼女に存在がバレているにも関わらず、そのまま逃げるにはいかない。
僕達は申し訳なさそうに小鳥遊さんの前に姿を現す
「その、盗み聞きするつもりはなかったんですけど…」
「終始聞いておいて、そんなつもりはなかった、っていうのはかなり無理があるんじゃないのかしら
小鳥遊さんは、怒っているというよりか、呆れている様な感じだったが、そんな事よりも気になっていた事があって僕は鞄の中を漁っていた。
「これ……良かったら使って下さい さっきので、少し口切ってる様に見えたので」
そう言いながら、僕が取り出したのはハンカチだ。
小鳥遊さんは、ありがとう、そうお礼を言って僕からハンカチを受け取った。
「……所で、隣の人は綿貫くんのご友人?」
「俺、武藤 一輝って言います!宜しくッス 小鳥遊先輩」
ニカッ、と効果音でも付きそうな感じで一輝は笑う。
小鳥遊さんは、宜しくと言って微笑んだ。
……彼女は、この手のタイプが好きなのだろうか?
なんて言葉が脳内を過ぎり、僕は思わず首を横に振った。
「あ、俺この後予定あるからまたな!わたっち!」
僕にそう言ってから、一輝は小鳥遊さんに頭を下げて去って行った。
わたっち……、とボソッと小鳥遊さんは呟いてほんの少しだけ肩を震わせている。
「それにしても、武藤くんは凄いわね」
小鳥遊さんの言葉に、僕はきょとんとしてしまった。
「どういう意味ですか?」
「正確には、彼を
「そうなんですか?」
「ええ、仮に曰く付きの場所に行ったとしても、絶対に持ち帰らないわ」
なんて羨ましい、と僕は思ってしまった。
「それから、多分彼も視えるタイプね」
「え、でもそんな事一言も……」
「無自覚か、
小鳥遊さんの言葉で、一輝が自分と同じ景色を見ているという事に衝撃を受けた。
「だから、一輝は……」
「今まで何も言わなかったのかもしれないわね」
同じ景色が視えていれば、僕の挙動に違和感を感じないのかもしれない。
でも、その事を聞いてみるという勇気は僕にはない。
今の関係が壊れてしまいそうな気がするからだ。
腐れ縁、なんて言ってしまえば少し嫌な言い方ではあるかもしれないが、僕と一輝、正反対の性格の二人が出会ったのは、視え方が同じだったからなのかもしれない。
〝同じ景色を共有できる〟のだと、子供ながらに思っていたのかもしれない。
それに、自分と同じ反応をする人を見つけた嬉しさもあったのかもしれないが…。
僕はようやく一輝との共通点が見付けられた様な気がして、少し嬉しかった。
そういえば、気になっていたのがもう一つある。
小鳥遊さんは、いつから僕達がついて来ているのが分かっていたんだろう…?
あの、と僕は口を開いた。
「つかぬ事お伺いしますが…一体何処からわかってたんですか?」
「
エスパーじゃないんだから、それは無理だろなんて思いながら、小鳥遊さんが笑っていたので、僕もつられてはにかんだ。
「ところで、私を納得させる様な言葉は見付かったのかしら?」
私の後をつけて来ていたのだから当然見付かったんだものね、と小鳥遊さんに言われて、最初の問題点を思い出した。
忘れてました、なんて口が裂けても言えない。
というか、どういう口実で納得させようか考えていたら小鳥遊さんを見付けてついて行きましたなんて、子供の様な言い訳しか言えない。
そう考えていると、小鳥遊さんが声を出して笑っていた。
「冗談よ まだ考えていた所に私を見かけたんでしょう?」
やっぱり、小鳥遊さんはエスパーなのかもしれない。
「エスパーはないわよ さっきから全部口に出してるのよ、綿貫くん」
それと顔にも出てるわ、と付け足す小鳥遊さん。
「……今回だけ、私を動かす言葉はいらないわ」
その言葉に、鳩が豆鉄砲をくらったかの様に僕は目を瞬かせた。
まさか、納得させる前に許可が出るなんて思ってもいなかったのだ。
「……いいんですか?」
「ええ、これのお礼って事でいいわ」
そう言って小鳥遊さんは、さっき僕が渡したハンカチをヒラッとさせた。
「綿貫くん この後まだ講義はあるかしら?」
「いえ、今日はもうないです」
「それなら今日済ませてしまいましょうか」
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