二十七話「2のA」


 シュートが在籍している2のAの教室では、くすくすとあちこちから笑い声や噂話が飛び交っている。その内容はどれも板倉たちが言い広めたシュートの悪い噂である。「ストーカー濡れ衣」の件は、三日前から全員に伝わっていることだが、土日の休みを跨いでもその話題に対する盛り上がりは未だ絶えずにいる。

 板倉の協力者の女子生徒が以前撮影した、シュートと板倉が写ってる写真は学校の裏掲示板で晒されており、そのせいで学年全体にも例の件が知れ渡っている。しかもその写真はシュートが板倉に言い寄っているように加工されており、シュートが本当にストーカーしていたのだと誤認されてしまっている。


 教室のあちこちから発されるシュートを貶めた発言を、発信源であるカーストトップの板倉ねねと、不良の顔を裏に持つ中里優太は面白そうに聞いている。


 「なぁ三ツ木の奴今日学校来ると思うか?」

 「いやーどうだろ?あんな目に遭えばもう来なくなるんじゃないかな?」

 「あっははは!だとしたら傑作よね~~!」

 「もし今日ここに来たらどうしてやろうかなぁ、くくく…!」


 自分たちが流した噂が原因で先日早退したシュートが、今日どんな顔してここに来るのかと想像しては、中里は同じ不良グループの後原健と一緒になって笑うのだった。

 一方クラスの委員長である花宮紅実くみは、それを快く思わずにいる。今となってはぎくしゃくとした関係になっているとはいえ、シュートとは仲が良かった間柄の彼女にとって、以前から騒がれているシュートの悪評を耳にするのは嫌な気持ちにさせられていた。


 (シュート君……今日も学校を休むのだろうか)


 心配げに前のドアに目を向けたその時、そのドアが無造作に開かれたのだった。





 2のAと記されているプレートがある教室のドアを、シュートは無造作に開けてずかずかと中へ入る。その大きな音を耳にした彼のクラスメイトたちは一斉に前ドアに注目する。シュートが予想していた通り、始業時間前であることもあってクラスメイト全員が教室にいた。


 「え………だ、誰あの人?」「さぁ?転校生じゃね?」「ていうか背ぇ高っ、足も長いし…中里よりもデカくね?」「し、しかも顔もすごく良いんだけど…」「やだ、モデルみたい…話しかけてこよっかなー」「何なんだよあのイケメン……」


 今のシュートが「三ツ木柊人」であることを、誰一人として気付くクラスメイトはおらず、皆遠目からひそひそと話しながら彼を見るだけでいる。紅実も同じように「誰だろう?」と疑問に思っている。そんなクラスメイトたちの反応を見たシュートは笑いを堪えながら教室内を歩いて、自分が使っている席に着いたのだった。

 そんなシュートに声をかけるべく席に近づく者がいた…中里である。彼の目には知らない生徒がシュートの席に座っていることとして映っており、それを訝しく思って尋ねてくる。


 「お前、誰だよ。今日来た転校生か?」


 紅実や板倉、後原もシュートの席に注目している。クラスメイト全員が中里と同じ疑問を抱いている。そんな彼らの予想通りの反応が見られたことを、シュートは愉快そうに笑って、


 「はぁ?一応クラスメイトだろうが。しかも何度も(悪い意味で)関わってるだろ?俺だ。

 三ツ木柊人だ」


 何言ってんだ?といった表情でシュートはそう答えたのだった。すると今度は中里が「お前何言ってんだ?」と言いたげな顔になる。


 「「「「「……………」」」」」


 中里はシュートが今まで見たことがないくらい間抜けな顔を晒していた。教室にいるクラスメイト全員も同じような表情を浮かべている。


 「じょ、冗談はやめろよ。どう見てもお前があの三ツ木だと?このクラスで底辺野郎のあいつだぞ?」

 「その底辺野郎だった奴だってんだよ。じゃあ以前の口調で喋ろうか―――だよ。どこからどう見ても僕は、三ツ木柊人だろうが」


 シュートの声を聞いた紅実が小さくあっと声を漏らす。彼女だけは以前のシュートの口調に反応していた。


 「いやいや…おい、意味が分からなさすぎるだろ!?」


 しかし中里は一向に納得していなかった。板倉や後原たちも同じことを思っていたようで、全員これでもかというほど目を見開いている。


 「整形手術でもしたっていうのかよ?そういえばお前、先週の金曜日は早退してたもんな」


 実際は異世界で急激に強くなった影響で今の姿になった…と言うわけにはいかないとのことで、シュートは不敵に笑うだけにしておいた。その態度が気に障った中里は顔を悪意に歪める。


 「あの前日の放課後、ねねをストーカーしていたお前は教室でねねに告白して、無様にフラれたよなぁ?その翌日俺たちがそのことをここのみんなに言いふらしたんだった。で、空気に耐え切れなくなったお前は逃げたんだよな?あれからもう学校に来なくなるんじゃねーかって、さっきまでみんな話してたんだぜ。お前が三ツ木だってんなら、当然覚えてるよなぁ?」


 ニヤニヤしながらあの日のことを挙げてシュートの心を抉ろうとする中里。板倉と後原も同じように悪意含んだ笑みを浮かべている。


 「傑作だったなぁ!お前が教室から逃げたことを知った時は笑っちまったぜ!けどそれもそうだよなぁ。自分がストーカーしてたことも告白してフラれたことも、みんなに知られて平気なわけないもんなぁ!つーかお前が三ツ木だってんなら、よく学校に来られたな!?それとも転校届けでも出しに来ただけなのかなぁ?」


 シュートを指差して嗤う中里につられるようにクラスメイトたちもくすくすと笑い声を上げる。紅実だけは笑わずシュートを心配そうに見ているだけだった。


 「あっはっはっはっは、ははははははっ!!」


 そんなクラスメイトたちの笑い声を上から被せるように、シュートはさらに大きな笑い声を上げた。机をバンバン叩きながら大笑いするシュート(しかしその目は全く笑ってなどいない)に、中里たちは思わず笑うのを止めてしまう。


 「な、何をそんなに笑って―――」


 中里が何か言おうとしたところで始業のチャイムが鳴り、それからすぐに2のAクラス担任の教師…青野が教室に入ってきて「席につけ」と呼びかける。中里は小さく舌打ちして自分の席へ戻る。他の全員も席についていく。

 七三分けの黒髪で黒縁眼鏡をかけている青野は教卓に学校用のクリップボードを広げて出席を取り始める。そしてシュートの名前を口にしてその席を目にした瞬間、青野は自分の目を思わず疑ってしまう。


 「み、三ツ木……なの、か?」

 「はい、ここに座っている自分は三ツ木柊人で合ってますよ。青野先生」


 絶句してシュートを凝視する青野の反応を、誰もがそうだろうなと納得している。青野は気を取り直して残りの出席を済ませて、ありきたりな連絡事項も口早に言ってホームルームを終わらせようとする。そこにシュートが手を挙げて待ったをかける。

 

 「先生、俺から言いたいことがあるんですけど」

 「み、三ツ木……なんだよな?何だ?」


 青野はシュートに未だ戸惑いが隠せない表情を向けて話を許可させる。シュートは席から立ち上がると、はきはきした声でこう告げるのだった――


 「俺はひと月程前からずっと、ここにいる中里優太と後原健から虐めを受けています。ついでに言うと他のクラスの谷本一純と大東大介からにも暴行を主とした虐めを受けています。

 さらには先週の木曜日に、そこの板倉ねねが、俺が彼女にストーカー行為をしていたという濡れ衣を……無実の罪を着せてきました。同時に嘘の告白で俺を騙した……は別に挙げなくていいか。

 とにかく、俺は彼らから酷い虐めや理不尽を強いられてきました。なので然るべき処置をお願いします」


 迷いのない態度からしっかりと発せられた声による虐めの被害報告に、教室にいる全員が呆気に取られている。中里も板倉も後原もシュートがこんなところで声を大にして通告するとは思ってもおらず、動揺するのだった。

 今までのシュートは、虐めのことを相談するのにこのような通告などしたことはなかった。せいぜい職員室に足を運んで担任の青野や生徒指導の先生などにひそかに相談するくらいしかしていなかった。

 そしてそのどれもがまともに取り合ってもらえずに終わっている。理由はシュートの言うことが信じられないのが半分、自身の保身や学校の体裁を守ろうとしている校長の意思に従ったのが半分だった。

 異世界で身が大きく成長し心が不遜で傲慢変わったシュートは、こうして初めて今までの虐めを皆の前で明るみに暴露したのだった。


 「な、何を言うのかと思えば……。三ツ木、そのことは以前にも職員室で言ったはずだぞ?このクラスに虐めは存在しない。その…ストーカー行為のことも、私は一切関与しない。目撃者だって誰も名乗り出てないじゃないか」

 「でも俺は以前から実際に、中里たちから何度も暴行を受けています。空き教室や校舎外の見えないところ、屋上など人目がつかない場所でしか虐めが行われてなかったので、目撃者が少ないのも当然です。中里たちはそうやって巧妙に卑劣に、先生たちの目にとまらないようにして俺を虐めてたんです」

 「それは全部三ツ木が勘違いしているだけだろ!?第一、が虐めなどと卑劣な行為をするはずがないだろう。この学校の生徒の模範となるくらい優秀な子が、そんなことするはずがない。別の誰かと勘違いしているんじゃないのか?」


 しかしこれだけ大々的に暴露をしても、青野はシュートの言うことを受け入れようとはしなかった。自身の身の振りを考えた故の逃げである。そんなシュートと青野のやり取りを見ている中里は、顔は笑っているものの内面ではシュートに対して怒り狂っていた。

 だがシュートはそれ以上の憤怒を内に溜めていた。彼にとって今の通告は言わば最後通牒だった。今ここで中里が虐めの主犯であることを追求してくれるのなら、青野だけは見逃してやろうと考えていた。

 ところが青野の返答は依然として保身に走ったもの、教師としてあるまじき行為をとったものだった。


 (まぁ……予想はしていたけどな)


 内心ほくそ笑んでいるシュートは、剣呑な雰囲気を醸し出して表情も険しくさせる。


 「良いんだな?お前の対応は、本当にそれで良いんだな?後でやっぱり無し……は、もう聞かねーからな?」


 シュートの得体の知れない言葉の圧力に青野は言葉を詰まらせる。周りにいるクラスメイトたちもシュートの豹変に怯んでいた。


 「な、何だその言動は!?先生に対してその態度……そんなだから誰にも信用されないのだお前は!」


 教師としての威厳をどうにか取り繕ったつもりの青野は声を大にして言い返して、シュートとの話を終わらせる。


 (あっそ。じゃあそっちがそのつもりなら、お前にも容赦しねーからな、青野)


 シュートは青野も復讐対象にしてやる、と心に決めたのだった。そんな彼を、中里は今にも殴りかかりに行きそうな目で睨んでいる。先生の目の前で殴り飛ばすわけにもいかずの中里は、憎々しげに睨みつけながらシュートに小さな声で告げる。


 「昼休み、屋上に来い。今日は逃げんじゃねーぞ」


 それを聞いたシュートは歪んだ笑みを浮かべて中里を見返した。


 「丁度良いや。俺もお前に用があるんだ。いつものメンツも揃えておけよ」


 いつもなら俯いて何も言わなかったシュートのどこまでも傲然とした態度に、中里は鬱憤をさらに募らせるのだった。







*いよいよ復讐回へ!

*PV数25万突破!(2022.5.27)

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