第6話

「こいつ、なんなの?」

 お兄さんはボクを指さしてお父さんに訊いた。


 若い男の人らしい声。見つけた時よりも元気な声。けっこう嫌いじゃない。

 映画とかじゃない、現実リアルの人間の声に、ボクはちょっぴり感動していた。


 AIみたいにたどたどしてない綺麗な発音。それがディスプレイからではなく、近くにいる人間から発せられていた。

 人間のお兄さんとトリマーなお父さんを見ながらワクワクしていた。


「ねおサンハ、私ノ 息子デス」

 ボクはコクコクとうなずいた。お父さん、やっぱり本物の人間相手だと生き生きしているね。


 お兄さんはうなずくボクを見て、お父さんの方を向く。

「こいつ、ロボットなわけ?」


 ボクは少し考える。

 ボクとお父さんは似ていない。


 お父さんはAIで特定の身体を持っていない。ネットでつながればどんな機械にも入ることができて動かすことができる。ウチは家が全部お父さんという感じ。

 リモコンを使えばボクも機械を動かせるけど、お父さんと違ってタイムラグがある。そしてボクはボクの身体から出て行くことができない。でも手足を使っていろいろできる。お父さんの食事は充電で、ボクはおとうさんが作ってくれたご飯を食べる。

 似ているところは何一つないと言っても過言ではない。


「話セバ 長クナルノデスガ」

 ピコッピコっと音をさせながら、よりAIらしくお父さんは言う。いつもより、よそ行きな感じがした。嬉しいんだね。人間と話せて。


「短くできないわけ?」

 お父さんは「ピ」と言って、人間のお兄さんの要望に応えようとしていた。AIにとって人間の要望は何よりも大事だった。お父さんはお兄さんの指示に応えようとがんばっている。


「ねおサンハ、ろぼっとデハ アリマセン。人間ノ 細胞ヲ 増ヤシテイタラ 人型ニ ナリマシタ」

 ボクはコクコクとうなずいて、それからあれ? と思って首を傾げた。

 そうなの? ボクも初耳なんだけど。


「細胞を増やす?」

 お兄さんはムッとした顔でお父さんに聞き返す。


「ハイ。増ヤシマシタ。ダカラ、ねおサンノ 細胞ハ 人デス」

 AIの叔父さんたちとも違うと思ってたら、細胞は人だったんだ。へ~。


「細胞を増やしたからって人にはならないだろ」

「ハイ。普通ハ 卵子ニ精子ガ入リ込ンデ 受精卵ニナッテ ソレガ人間ノ 女性ノ子宮デ成長シテ 人間ニナリマス」

 お父さんはざっくりと説明した。お兄さんが「短く」と言ったからだろう。


「ナゼカ ねおサンハ 細胞ヲ 増ヤシタダケデ 人型ニナリマシタ。現在 調査中デスガ 今ノトコロ ホトンド人間デス」

 そうだったんだ。


「人間と違うところがあるのか?」

 ドラマの刑事さんのようにお兄さんはお父さんに聞いている。


「マダ未知ナ トコロハアリマスガ 今ノトコロ 違イハアリマセン」

 本当にお父さんは嬉しそうに返事をしていた。AIなまりがいつも以上にきつくなっている。なんか昔のSF映画みたいな感じになってるね。


 お兄さんはボクのほうに来て、ボクのあごに触れると顔を自分の方に向けさせてじっと見る。ボクはお兄さんを見返す。目をパチパチさせながら。だって、どう反応したらいいのかわからなかったし。


 それはそれは、穴が開くんじゃないかというくらいお兄さんはボクを見てきた。目から光線が出ていたら、ボクは穴が開くんだろうって思った。


 チュンって感じの光線。お父さんはたまに出せる。昔は防犯用に使われていたらしいけど、今は昆虫を排除する時くらいにしか使われていない。

 でも、お兄さんの目からは光線は出ていなかったから穴は開かない。


「細胞を増やしただけでこんな感じになるのか?」

 ボクを右に向かせたり左に向かせたり、あごを持ち上げて上を向かせたりする。


「こんなところにほくろがある」

 上を向いた時、ボクの首のところにあるほくろがお兄さんに見えたらしい。


 お兄さんがボクのほくろに触れる。

 けっこう長く触れている。


「嫌じゃないのか?」

 ボクに上を向かせたままお兄さんが言う。


「何が?」

 上を向いたまま答える。


「俺がおまえの顔、こんなに触ってるのに」

 ボクは目をパチパチさせた。


 お兄さんがどうしてこんなことを言うのかわからなかった。

 ボクはお兄さんに触られて、嬉しいくらいなのに。


 だって、お父さんがお兄さんと話すのが楽しそうだったから、ボクもお兄さんに関わることができて嬉しい。


「ねおサンハ 人間ト関ワッタ コトガアリマセン。ダカラ、何モ 感ジナイノダト思ワレマス」

 ボクたちを見ていたお父さんが答えた。


「感じない?」

 お兄さんは顔をしかめる。


 そして、ボクに顔を近づけてくる。

 お兄さんのぬくもりがボクの体に触れ、そしてボクの耳にフッと息をかけた。


「きゃん!」

 そう言って、しゃがみこんでしまった。


 心臓がドッドッと鼓動を刻んでいた。

 え? ボク、病気? こんなに胸が動くなんて、お父さんに治してもらわないと。


「感じてるみたいだぞ」

 勝ち誇ったようにお兄さんがお父さんに言っている。


 感じる?

 何が?


「アナタハ 『わをん』ノ 牧場カラ 逃亡シタ個体デスネ?」

 お父さんが淡々と言う。

 あれ? お父さん、怒ってる? 分かりづらいけど、ちょっとピリっとした空気を感じた。


 でも、お父さんの言葉を聞いて、お兄さんは毛を逆立てた猫のように、お父さんに威嚇するような攻撃態勢を取る。なんか野生動物っぽい動作。


「大丈夫デス。私ハ アナタヲ 通報スルヨウナコトハ シマセン。わをんハ 私ノ弟デス。わをんハ 私ノ言ウ事ヲ 聞キマス」

 一応、手振りを加えて言う。


「あいつ、兄弟いるの?」

 お兄さんの質問に、お父さんはピポっとうなずく。


「私ハ 長男ノ アイ植尾うえお

「あいうえお?」

 呆れたように言うお兄さんに、お父さんはうなずくようにピポっと返事。


「『植尾サン』ト オ呼ビイタダケルト 嬉シイデス」

 威張ったようにお父さんが言うと、

「植尾」と、お兄さんはお父さんを呼び捨てにした。


「…………」

 お父さんは返事をしなかった。


「……さん」

 小さな声でボソっと付け足す。


「ピポ」

 お父さんは、返事をした。


「私ハ 10人兄弟デ、わをんハ 末ノ弟デス」

 お父さんがア行で、他の叔父さんたちはカ行・サ行・タ行・ナ行・ハ行・マ行・ヤ行・ラ行で、末のワヲン叔父さんがワ行。ワヲン叔父さんは末っ子っぽいやんちゃなところもあって、無謀なことをしている。


 いろいろなAIがいるんだけど、元になったAIはお父さんの兄弟の10のAIである。それぞれに子供や飼育している人間や動物みたいなのがいる。野生の人間を探して来たり、AIを育てたり、ロボットタイプを作ったり、犬猫を飼ったりしてる。

 その中で、ワヲン叔父さんは人間のブリーダーみたいになっていた。


 人間はお父さんや叔父さん達を創ったけれど、今では絶滅危惧種になってしまっていた。人間は貴重で、ワヲン叔父さんは過去にいた人間をわりとそのまま復活させようとしている。叔父さんの家では人間が30人くらいいるらしい。今のこの時代、そんなにいるのはすごいみたいだ。


 ボクは行ったことがないけれど、そこは皆から『牧場』と呼ばれていた。怖い意味ではなくて、わりと普通なほのぼのとしたところだと聞いている。

 そんなにいるんだから、ひとりくらいウチにいたっていいよね。


「お兄さんは野生の人間じゃなかったんだ」

 ちょっとがっかり。聞いた話によると、野生の人間は服を着ていない場合が多いらしい。お兄さんはもじゃもじゃだったけど、『野生』と言うには文化の雰囲気がなくもなかった。


「野生ノ 人間ハ モウホトンド イナイト思ワレマス」

「そんなことはない!」

 急にお兄さんが叫ぶ。


「世界は広いんだ。過去に人間は地上の全てを支配していた。だから、まだどこかに残っていてもおかしくはない」

 お兄さんは強く言った。とても強く。


「ピポ」

 お父さんは少し考えている。


 どう返事をして、お兄さんをどうするか。

 そんな感じがした。


 ボクはお兄さんをウチで飼いたいんだけどな。


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