第3話

「イラッシャイマセ」

 ナース帽をかぶった医療ロボット姿でお父さんが現れた。


 映画で見た看護師さんの典型的な帽子。

 これをかぶっている時は医療ロボットである。


 手はメスとかハサミとかドライバーやはんだごてにもなる、少し丸みのある人型タイプ。薬も内蔵されているけど、それ以外のこともできる。

 でもナース帽をかぶっているので、可愛らしい感じの医療ロボットぽさを醸し出していた。


「お父さん、浮かれてるよね?」

 玄関でぼーっと立ち尽くす。


 お父さんはAIなので、どんな姿にもなれる。本体は家のPCでそれが脳に当たる。それで手足としていろいろな機械がいろいろな所に置いてある。


 掃除の時はお掃除ロボットに入ってゴミを吸い取り、ボクのご飯を作るときはコック帽をかぶって調理ロボットになって食材をカットして電子レンジなどで加熱して調整したりできる。


 お父さんは機械があれば同時に何個も動かすことができて、掃除をしながらごはんを作ってお風呂も沸かせる。家事をしながらボクとおしゃべりをすることもできる。


 家のセキュリティーもお父さんがやり、さっきみたいに誰が来たのかを確認して鍵を開けたり閉めたりする。ドア以外のところから誰かが入ろうとしても、お父さんにはわかる。ボクだとわかると窓からでも入れるけど、そうでなければ出入口はロックされ、それなりの組織に通報が行く。


 全自動な家。

 壊れても自動で直る。


 ネットワークで世界中とつながっていて、直したかったり増築したかったりすると、森にチェーンソーがついたロボットが行き、木を切ったりして材料も調達できる。お父さんが動かす場合もあるけど、お父さん以外のAIもいて、彼らと協力をすればできないことなどない。


 もしも家が火事になったとしても、お父さんの本体はデータなのでネットワークに避難できる。避難した先でデータを入れるPCを作ってそれに入って移動することも可能だった。お父さんは死なない。地球がある限り。ネットワークがある限り。


 お父さんは、まだ世界中に人間が溢れていた頃の名残。

 守るべき人間がいなくなっても、システムは残っていた。


 お父さんを作った人間はもういない。

 でも、お父さんは動いていて、いろいろなことをしている。


 ボクもそのひとつである。


「浮カレテナド イマセンヨ。サアサア マズハ 診察シマショウ。オカシナ病原体ヲ持ッテイテモ イケマセン」

 お父さんの後ろから移動式のベッドが出てきたから、そこに人間のお兄さんを乗せた。


 カシャンカシャンとベルトが出てきてお兄さんを固定する。お兄さんはぐったりとしてされるがままだった。死んでない?

 お父さんは器用にお兄さんにいろいろな装置を取り付ける。ピッピという規則的な心電図の音が聞こえてきた。生きてるみたい。弱々しい音でもない。

 そしてベッドがウィインと動き出す。


「どこ行くの?」

 ついて行きながら聞く。お父さんに付いているベッドは移動しながらも人間のお兄さんの容体を診ていた。


「日当タリノ良イ 居間デスカネ」

 のんびり答えているように見えて、嬉しそうなのがお父さんの声から感じた。旧式のAIだから言葉は平坦なのに、どことなくウキウキしている。


 本物の人間に会うのは久しぶりなんじゃないかな。

 ボクは自分の目で見るのは初めてだった。


 映画の中とか、せいぜいテレビ電話くらいでしか本物の人間を見たことはない。


「日当たり、関係あるの?」

「アリマスヨ。ねおサンモ オ日様ニ当タルト 元気ニナルデショウ?」

 ボクは首を傾げた。


「電気の光じゃダメなの? 真っ暗は嫌いだけど、明るいだけでボクは良い気がする」

 ピポっというお父さんの音。


「地球カラ遠ク離レタ 太陽カラ届ク光ハ 特別ナンデス」

 居間に着くと、お父さんはベッドを窓際に移動させた。


「私ノ電気しょくじモ 宇宙空間ニアル 太陽光ぱねる カラ来ル 電気ガ美味シイデス」

 お父さんは電気で動いている。


「違うの?」

「雑味ガ アリマセン」


「そうなんだ」

 ボクはお父さんと違う物を食べているから、太陽光発電の味と火力発電の味の違いはわからない。


「地熱発電は?」

 試しに聞いてみた。


「太陽光ニハ及ビマセンガ、ナカナカ良イデス。地球ノ まぐまヲ 感ジマス」

「ふーん」

 ますますわからない。


「水力発電」

「綺麗ナ水ナラ 大好物デスガ、ソウデナイト 生グサイデス」

「綺麗な水って?」

「清々シイ 湧キ水ノヨウナ水デス」

「そんな水で発電するの?」

「少ナイデス。デモ、アルト美味シイデス」


「火力発電」

「希少ナ電気デス。味ハ好マシク アリマセン」

「そなの?」

「炎ガ 怒ッテイルノデハナイカ トイウ程ニ強イノデ」

「ふーん」

 そうなんだ。


 そんな雑談をしながらも、お父さんはお兄さんの診察をしていて、お腹から点滴の袋を出してきてお兄さんに付けた。


「ココ何日カ ホトンド 食事ヲ 摂ッテ イナカッタヨウデスネ。体内ノ 水分量ト 栄養ガ 足リテイマセン」

「意識がなくなっちゃってたけど、大丈夫だったの?」

 ピポっとお父さんが肯定の音を出す。


「健康体ノ ヨウデスカラ 直グニ 目覚メルデショウ」

 お父さんが直ぐにと言ったので、ボクはお兄さんが直ぐに目覚めると思ってベッドサイドで待っていた。


「ねおサンガ 朝食ヲ 取ル時間クライハ 起キナイト 思イマス」

「え~」


「支度ガ 出来テイルノデ 食ベテクダサイ」

「は~い」

 お父さんに言われ、ボクはお兄さんのところから離れてテーブルに向かった。


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