第2話

 ボクの家はレトロな雰囲気の住宅街にある。

 旧式な一軒家が多くて、ウチはその中でも特に古い家だった。


 ボクは人間のお兄さんを背負って玄関に行った。

 お兄さんはボクよりも背は高いし、けっこう重かった。


「よいしょ」

 お兄さんを背負い直し、インターホンのカメラの前まで行ってボタンを押す。


「お父さん、ただいま」

 インターホンに向かって言うと「ピポ」っというお父さんの声がした。


「オ帰リナサイ、ねおサン」

 すぐにお父さんの声がする。ボクのお父さんはこの家と同じくらい古い旧式のAIなので、AIなまりがきつい。


「ピポ」

 いつもならお父さんの『オ帰リナサイ』でドアが開くのに、もう一回ピポっと言った。『ネオ』とボクの名前を言っているので玄関にいるのがボクだということもわかっている。


 でも開かない。


「ねおサン。背中ニ人間ガ居ルヨウデスガ 誰デスカ?」

 うまくいけばバレないで済むかもしれないと思ったけれど、やはりお父さんをごまかすのは難しかったようだ。


「拾った」

 その表現で間違っていない。


 前に観た映画では、あの状態では『拾う』と言っていた。

 人間ではなくて犬だったけど。こんなにお天気が良いわけではなくて雨が降っていて段ボールの中に入っていたけど。


 お父さんの「ピポ」っという声。

 少し考えているようだ。


「落チテイル物ヲ ムヤミヤタラニ拾ッテキテハ イケマセン」

「え~」


「必要ナ物ハ 私ガ与エテイマス。ソレハ必要ナ物デハ アリマセン。置イテアッタ場所ニ 戻シテキナサイ」

 あの映画、お父さんと観ていたから、その時の母親とだいたい同じ言葉を言ってきた。


「やだ。飼ってもいい?」

「ピポ」っという返事。お父さんは驚いたようだ。映画の母親と一緒だ。


「人間ヲ飼ウノハ トテモ大変デス。ねおサンニ デキマスカ?」

 はじめからそう言うつもりでいたよね?


「できるよ!」と、ボクは強く言った。

「ねおサンガ 考エルヨリモ ズットズット大変デスヨ」

 なんとなく演技っぽい言い方な気がする。


「大丈夫、できるから」

「ソウ言ッテ 最後マデ デキタコトガ アリマスカ?」


 ちょっとビクっとした。

 映画と同じことを言っていたけれど、口調が淡々として、元々のお父さんの口調になっていた。これはマジで心配している感じがする。


 お父さんの心配も無理はない。

 今までのボクは『できる』と言ってできないことが多々あった。


「今度は絶対に大丈夫。だからお願い。この人間を飼ってもいいでしょ?」

 ボクは必死だった。


 この人間を飼いたいと思った。

 何が何でも飼いたかった。反対されて、なおのこと飼いたいと思った。


 きっと、あの映画の中の少年も、こんな気持ちだったのかもしれない。

 反対されると、なおのことそれがしたくなってしまう。


 こんどこそは大丈夫。


「ピポっ」

と、お父さんがため息をついた。


 ボクは待った。

 その時間はとても長く感じられた。映画の少年もそうだったのだろうか? 実際に待ってみると、思っていたよりも長い。でも、この時間を時計で計ったらほんの少しだったと思う。


 お父さん、まだ?


「デハ 一週間ダケ 許可シマス。ソノ間ニ ねおサンに 飼ウノハ無理ダト 私ガ判断シタラ 人間管制局ニ 連絡シマス」

 ようやく言ってくれた。ボクはほっとしてインターホンに顔を近づける。


「ありがとう。お父さん」

 十中八九、お父さんは許可してくれると思っていた。

 だって、お父さんはなんだかんだ言ってボクに甘い。


 それに、お父さんだって人間に興味を持っているはずだった。


「喜ブノハ マダ早イデス。キチント面倒ガ見ラレナカッタラ 管制局デスヨ」

 お父さんはそう言ってボクに釘をさす。映画でも母親がそんなことを言っていた。


 映画では保健所だったけど。


 人間管制局は希少になってしまった人間の管理をしているところだった。お父さんが連絡したら、この人間のお兄さんは管制局に連れて行かれてしまう。


 野生の人間を保護して、人間を絶滅から救おうとしている所なので、至れり尽くせりな環境のはずだけど、自由は奪われる。


 それが人間にとっていいのか悪いのか、ボクにはわからない。


「わかってるよ」

 ボクの背中に覆いかぶさっている重くて温かい命。この人間にとって、あのまま放置するのが良かったのか、管制局に連絡をするのがいいのか。


 ほんの少しだけ、そんなことが脳裏をよぎった。

 でも、ボクはこの人間が飼えることが嬉しくて、そんなことどうでもよかった。


「マズハソノ人間ヲ オ風呂ニ入レマショウ。ソノ汚レハ ねおサンノ 身体ニモヨクアリマセン」

 お父さんがそう言うと、ようやくカチリと音がしてドアのロックが外れた。


「はーい」

 ボクは嬉々としてドアを開け、人間を背負ったまま家に入った。




 でもお父さん、けっこう面白がってたよね。

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