第2-6話 魔王様、渾身の粛正演技
「やれやれ……当代殿は魔物使いが荒いのである! 前日にいきなり招集連絡とはな!」
ズウウウン!
見上げるほどに巨大なオーガーが不満げに鼻を鳴らす。
赤銅色の肌を持つ魔王軍四天王がひとり、ゴーリキである。
「くっくっくっ……珍しく気が合うのうゴーリキよ」
ドスンドスンと地面を踏み鳴らすゴーリキの隣に、音もなく転移してきたのは小柄な老人。
銀色の紋様が描かれた漆黒のローブのすそから覗く腕は枯れ木のように細い。
だが、老人の実力を侮る物はこの場にはいなかった。
3代前の魔王から参謀として仕えてきた魔王軍の生き字引、グランリッチのマッディである。
ピッ……ピイイイッ……
マッディの全身から漏れ出る邪悪な魔力に冒された世話役のパーピィが地面に落ちて石化する。
「このマッディを通話魔法一つで呼び出すとは……いくら魔界の名家ディマーオ家の秘蔵っ子とはいえ、いささか礼儀を知らぬようじゃな」
「……よさんかマッディ殿、ゴーリキ殿」
不満げに席に着く四天王二人をたしなめるのは黄金の紋様が描かれた真っ赤なフルプレートメイル。
リビングメイル族数十万を統べる四天王筆頭のアルベルトである。
「魔界神の神託によりフェルーゼ様が選ばれたのだ」
「彼女の実力に疑いの余地はない……魔族としての義務を果たせ」
「ふん……相変わらず優等生であるな、アルベルト」
「ぐふっ……確かに当代の魔力はなかなかのもんじゃが、魔界最強の使い手と言われる貴様があんな小娘に膝まづく……無様な事であるのう?」
「……これ以上魔王様を馬鹿にする発言は許さんぞ?」
ズオオオオオッ
アルベルトを更生する鎧の隙間から、真っ赤な魔闘気が吹き上がる。
「ふん……」
「ケケケ……」
流石に言いすぎたと思ったのだろう。
アルベルトの魔闘気の圧力にゴーリキとマッディがおとなしくなる。
(にゃ……にゃあああっ!? 相変わらず胃の痛くなる職場だにゃん!)
「こ、こほん! 第157代魔王フェルーゼ様、ご入来!!」
きりきりと痛む胃をローブの下でこっそりと押さえながら、良く通る声で議場に宣言するポンニャ。
「…………」
漆黒のフードを目深にかぶり、やや俯き加減に議場に足を踏み入れるフェルーゼ。
ザザッ!
立ち上がり、主君である魔王に最敬礼の姿勢を取る四天王。
流石に魔王の前では、幹部としての立場もあるのかゴーリキもマッディも主君をあざけるような態度はとらない。
ぼふっ
ふかふかの玉座に座り込んだフェルーゼは、おもむろに口を開く。
「……四天王の諸君、長駆ご苦労であった」
キンッ!
フェルーゼのしなやかな人差し指が、魔界ワインの注がれたクリスタルグラスを軽く弾く。
「「「??」」」
思わぬ魔王の行動に、四天王の視線が卓上のグラスに集まった瞬間。
*** ***
(来たっ!!)
キンッ……!
涼やかな音色が俺の耳に届く。
スキルを使うタイミングを指示するフェルの合図だ。
「よし……【属性改変:聖耐性95%】!」
シュビンッ!
極限まで指向化されたスキルの波動がポンニャに伸びる。
「次……【認識改変:ダメージ偽装】!」
シュイン!
(う、うにゃああああっ!? ビリビリ来るにゃん!!)
スキルが届いたのだろう、しっぽを逆立てて震えるポンニャ。
ちらりとフェルがこちらを向いた瞬間、親指を立てて合図する俺。
*** ***
「皆の者、待たせたな」
「本日は人間界侵攻計画の詳細について余から話をしたい」
ほう……
感嘆のため息が四天王たちから漏れる。
ダンジョンの補修を優先し、
そんな期待感が議場に流れる。
「ポンニャ、資料をここに……」
フェルーゼが側近であり友人の、四天王第二柱ポンニャに声を掛ける。
「ふにゃっ!?」
その途端、びくりと体を震わせたポンニャはピンっと尻尾を立てる。
「あ、あの魔界資料ってこの会議の資料だったんですかにゃん!?」
「いらないと思ってシュレッダー魔法しちゃったですにゃん」
「…………」
またか……容赦のない失笑が議場に満ちる。
実力は疑いない女だが、魔王の側近を務めるには頭が足りなさすぎる。
大体、旧来の親友を四天王兼側近に据えるなど、公私混同甚だしい。
どうせ今回も魔王様は甘い処罰を下すのだろう。
噂ではポンニャにサキュバスとして夜の務めもさせているとか。
たぐいまれなる実力を持っていてもしょせん乳臭い餓鬼よ……魔界の男を相手にする勇気もないと見える。
明らかな嘲笑の空気がゴーリキたちから立ち上ろうとした瞬間。
ガシイッ!!
「「「!!」」」
「ぐっ……があっ!?」
フェルーゼの細腕がローブから伸び、ポンニャの喉を鷲掴みにする。
「頭の悪い雌猫め……余がいつまでも寛大だと思うなよ……!!」
キイイイイイインッ……カッッ!
「こ、これはっ!?」
真っ白な閃光が議場を包み込む。
「ぐがっ……があああああっ!?」
「フェ、フェルーゼ様……お許しをっ!!」
悲痛な叫びを上げるポンニャ。
深刻なダメージを受けているのか、ポタリ、ぽたりと青い血が床に零れ落ちる。
「この程度では許さぬ……一度滅してやろうか?」
ギュウウウウウッ!
「んぎゃあああああああぅ!?」
白い光がさらに強くなる。
白目を剥き、ぴくぴくと痙攣するポンニャ。
「こ……ここまでするのであるか……しかもこれは」
「”聖なる力”、じゃと?」
今まで乳臭い小娘と侮っていたフェルーゼの豹変ぶりに戸惑いを隠せない四天王たち。
しかも、今フェルーゼが行使しているのは【聖】属性の力。
本来なら女神の奴か人間の勇者のみが使える忌むべき力。
そ、それを魔王が使うなど……当代の魔王は規格外なのか!?
「ぅ……ぁ……」
どさり……
鮮やかだった黒髪は真っ白になり、糸の切れた人形のように倒れ込むポンニャ。
「ふん……後で再教育してくれるわ役立たずが」
「で……貴公たちはどう思うか?」
ギロッ!!
「「「は、はっ!!」」」
これ以上余を侮ることは許さぬ……黄金の瞳から放たれるプレッシャーに気を抜くと滅されてしまいそうだ。
一斉に立ち上がる四天王たち。
(なんと……これが当代魔王の真の姿であるか)
(いやはや、肝が冷えたわい……ヘタに刺激しない方がよさそうじゃな)
(ふむ……この数日でどんな心境の変化をされたのだろうか)
「詳細は追って通達するゆえ……貴公らは居城の守備に就くがよい」
コツコツコツ……
それだけ言うとフェルーゼは、ぼろ雑巾のようになったポンニャを引きずり議場を後にする。
(ちっ……裏から手を回して操りやすい小娘を魔王の座に付けたというのに面倒な事じゃ)
(まあ、しばらく様子見と行こうかの。 最後に笑うのはこのワシじゃよ)
ローブの下で邪悪な笑みを浮かべるマッディ。
四天王たちはそれぞれの思いを胸に自分たちの城へと戻るのだった。
*** ***
「よくやったぞフェル! これで四天王の連中はお前に服従するだろう」
「はいっ! スキルでのアシスト、ありがとうございます!」
ぱんっ!
俺はウキウキ顔のフェルとハイタッチを交わす。
「……ぶっ、ぶっはああああああっにゃっ!!」
「ちょいちょいランっち! 物凄く痛かったにゃ!
聞いてた話と違うにゃっ!!」
背後でぼろ雑巾になっていたポンニャ。
ようやく回復したのか、陸に打ち上げられたマーマンのような動きで起き上がる。
「うむ……想定よりフェルの力が凄すぎてな? 計算ミスだ許せ」
「てへっ♪ ごめんねポンニャちゃん……力の加減が分からなくて」
「マジで消滅するとこだったにゃあああああっ!!
でも……でも……クセになるかもにゃん!!」
初めての事には誤差がつきものだ。
そう語る俺とフェルに涙目で抗議するポンニャだが、次第に頬を染めるとうっとりと身体をくねらせはじめる。
幸せそうで何よりだ。
「ふぅ……ランさん、本当にありがとうございました」
「これでもうしばらく時間を稼げると思います」
「ああ。 俺はしばらくレグウェルに滞在してるから……明日にでもスイーツ巡りに行くか?」
「!! ぜひお供させてください!」
人類の天敵なはずの魔王様……可愛く微笑むフェルーゼとスイーツデートの約束までした俺は、彼女に見送られ、転移魔法でレグウェルの街に戻るのだった。
……いつの間にか、地味に世界を救ったのかもしれない。
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