第18話「鍋がァア、食べッ、放ッ、題ッ!! だぜェエエエエッ!!!」


 ◇ ◇ ◇


「邪魔だ、お前らぁぁああっ!」

「援軍かっ!? 悪い……援護を、ちょっ!?」

「退けやぁあああっ!」

 ナナマキさんの全力疾走。

 それは巨体にみっちりと詰まった筋肉と、空気抵抗を極限まで減らす芸術的な体型が生み出す不退転の突撃である。

 その速度。大凡、馬の二倍足らず。

 更に総体重はルチノスの十倍は優に超えるだろう。

 つまりどういう事か。

 激突の衝撃は、攻城兵器に用いる爆薬なんて目ではないって事だ。

 ぶつかり合う超重量と超重量!

 爆音が鼓膜を打ち鳴らし、舞い散る砂塵が視界を塗り潰す。

 衝撃でクレーターが生み出されると共に、ルチノスを一方的に吹き飛ばした!

 これがライダーの戦場っ。怪獣のぶつかり合いっ!

「WYIIIHAAAAAッ!!!」

 爽っ 快ッ! 感ッ!!

 俺は歓喜の声と共に、脳髄が沸騰する感覚に酔いしれる。

 だがそればかりじゃいけない。

 目の前で、ルチノスの巨体が宙を舞う。

 巨大な頭部の瞳が驚きに見開き、何が起きたか分からない顔をしていた。

 俺は手綱を引くと、ナナマキさんに指示をしながら叫ぶ。

「オスガキィイッ!! 予定通りだっ。どっか行かせろ!!」

 尻尾付近に縛っていたオスガキを、ナナマキさんが尻尾を振って地面に転がした。

 オスガキが尻尾に居る理由は、安全の為である。

 もし頭部に居れば、激突の衝撃波でミンチになっていただろう。

 まぁ尻尾だろうが、普通は全身に伝わる衝撃でミンチになるけどな。

 そこは俺が百二十本の節足を使って、衝撃を徐々に緩和している。

「ぁ!~~っ!」

 何か言ってるが、聞こえない。

 爆音と降り注ぐ砂塵の粒で、人間の声はかっ消される。

 相手にしてられっか!! もうここは野生と野生の戦場だ!!

「行ッくぜぇえええっ!」

 宙を舞うルチノスが、地面に墜落する。

 その瞬間。ナナマキさんの突撃が、ルチノスを再度捕らえた。

 破壊力は無い。チャージ戦法はそれなりの助走距離が居る。

 だがその突撃で、ルチノスを現場から引き剥がす事は出来た!

 本気で戦うには、ヒポグリフ共や商人共がとにかく邪魔だ。

「ギチチッ!!」

 ガチンッ! 

 城門が閉まる重厚な金属音と火花が、目と鼻の先で炸裂する。

 その正体は、ルチノスの巨大な顎門だ!!

 ナナマキさんの頭部を、万力の力で噛み千切ろうとして外した。

 だが俺が第二の頭脳、第三の目として、その行動は予測している。

 ナナマキさんは長い胴体をくねらせ、流水の様に鮮やかに体を引く。

「おぉ~、おぉ~。こりゃぁ立派なルチノスじゃねぇかっ!」

「ギチチカカカカァッ!!」

 ルチノスの体高は、通常個体で三メートルから四メートルに届かない程度である。

 だが目の前にいる個体は、五メートルを越していた。

 体長は十五メートルはあるだろうか?……デカいっ! 良いっ!

 俺とナナマキさん。そしてルチノスは、互いに睨み付け威嚇し合う!!

「brro o o o……PORROOOOOOOッッッ!」

「クココギチチチチィッッ!! シュカカカカカカカッ!!」

「食い出があんなぁああああっ!! ヒヘヘヘヘァッ!!!」

 尻尾による体重移動で、手を使わずに飛び起きたルチノスの咆哮が砂塵を舞わす!

 かま首をあげ、ルチノスより頭部一つ分の高さから顎を打ち鳴らすナナマキさん!

 舌を出し、興奮と内臓をズタズタにしてやりたい破壊衝動のままに叫ぶ俺。

 三者の雄叫びが、互いに互いを打ち合うっ!

「BOOoo……」

「おい」

 ルチノスがナナマキさんの巨体を、下から見上げる。

 その瞳が刹那の時だけ揺れたのを、俺は見逃さなかった。

 頬が吊り上がるのを感じる。俺は無意識に舌舐めずりして歯を撫でる。

「怯んだな、お前」

 ノーモーション。かま首をもたげた時点で、構えは完成していた。

 ナナマキさんが猛烈な勢いで突撃し、ルチノスを胴体が囲むと同時に……。

 どの哺乳類にも爬虫類にも無い、百足型にのみ許された特権が炸裂する!

「シュカカカカッ!!」

「やっちまえぇぇぇっ!!」

 百を超える節足が、ルチノスを【駆けた】。

 皮を引き裂く、とんでもなく悲痛で破裂音にも似た断裂音!

 ルチノスの胴体に、ナナマキさんがとぐろを巻いて節足をぶちこんだ。

 だがまだ終わらない。

 節足が、亜竜とさえ呼ばれるルチノスの皮を裂きながら包囲を縮める!!

「PUUUuuッ、aaAAAっ!?」

「HIIIIHHAAAAAッッ!!」

 サイッコーだっ! 

 巨体と巨体がぶつかる度に全身に伝わる、振り下ろされそうな衝撃ッ!

 掠める度に迫るルチノスの顎門が、絶えず俺達を食い千切ろうとするッ!

 ナナマキさんの殺意とルチノスの激怒が、ヒリつく大気を伝わる様だっ!

「裂いたァ!! 胴体っ!!」

 先手を叩き込むのは、怪獣の闘いでは恐ろしく有利に働く。

 怯んだ体は、本能と理性の間で一度停止するからだ。

 硬直したルチノスの胴体に、ナナマキさんの頭部が突撃する!

 紅の顎門が、甲殻を持たないルチノスの右胴体に突き刺すっ!

 鮮血が噴水の様に吹き出す。その水滴の一滴一滴は、俺よりも大きかった。

 だが衝撃が、水滴を弾き飛ばして軌道を変えるっ!

「来たぜぇえええっ、ぶっ込めぇええっ!」

 ジュブブブゥウウッ! 

 屁を連続で放いた様な、細長い所から何かが流れ込む音。

 ナナマキさんの極太の顎から、ルチノスの胴体に紫色の体液が注入された!

 その猛毒の痛みに、返す刀で噛み付き返そうとしたルチノスが絶叫する!

「PUOOOOORRROOOOOッッ!!」

 百足の神経毒は、自然界でも指折りだ。

 即時発効。その力の神髄は、生物の神経に浸透させる成分の多さにある。

 ナナマキさんの猛毒が、傷口に入っちまえば……他の生物の猛毒と違って、悠長に待つ必要は無い。

 ルチノスが隕石にでも当たった様な……今日、最も壮絶な絶叫をあげて悶えた!

「注入ッ、ぶっこ抜いてぇえええっ!!」

「カカカカカッカッッ!!」

 背骨をへし折って……背びれみたいに露出させてやるっ!

 俺の体重移動なんて、ナナマキさんの巨体の前では何の意味も無い。

 だが俺達の絆が、僅かな体重移動による指示の豊富さを生み出す。

 ナナマキさんが滑らかに移動して、ルチノスに巻き付くと締め付けた!

 ルチノスの顎門は届かない。既に俺は奴の可動域の計算は終えている!

「んァっ!?」

「――ッ! ッ!」

 離れた所で、オスガキが何かを叫んでいる。

 だが巨体という極大の近接武器の打ち合いの隙間に、その声はカッ消された。

 見れば商人共とライダー共の逃げる準備は、出来ている。計画通りだ。

 後は俺がここで仕留めだけ――。

「POOッ PUUッ!」

 カァン! カァン! ルチノスの持つ十数個の槍の如き牙が打鳴った。

 ナナマキさんの頭部の鼻先で火花が散り、むわっとする口臭の湿気が溢れ出す。

 それに紛れて、焦げ付く様な嗅ぎ慣れない匂いがした。

 その匂いとルチナスの動作に、俺の記憶が刺激され危機を察知する。

 同時に、オスガキの叫びが聞こえた。

「そいつっ! 石油を飲んで――ドラゴン、―――弾」

 その攻撃は、あり得ない攻撃だった。

 砂漠という環境は、常にカロリーを消費する。

 故にその成体機能を持つ事は、不可能だ。

 だがこのルチノスは、持っていた。

 通常、威嚇や猫騙しにしか使われないが……一度放てば勝敗が決する程の一撃。

 火炎の息吹。通称をドラゴンブレスの赫灼が俺を包み込んだ!


 ◇ ◇ ◇


 ライダーとその愛獣には、弱点が存在する。

 契約による互いの成体的特徴を受け継ぐ事も、その一つだ。

 通常は利点の方が多いから、全く気にならないが確かに存在している。

 ナナマキさんが百足であるのに、視力に頼った行動を取る様に。

 俺は百足が持つ、強い触覚を手足に持っている。

 通常、ソレは何の弱点でも無い。

 俺は外骨格生物に匹敵する外皮を持ち、人間を超える筋密度を持つからだ。

 だが例外も存在する……例えば強烈な熱と音波。

 ドラゴンブレスの火炎の火傷自体は、大した被害では無い。

 熱さを感じる前に、ナナマキさんが暴れた突風で爆発消化してくれた。

 問題は――俺の皮膚感覚が、一時的に麻痺を起こした事だ。

「ゥ、ファックッ!」

「ギャ――ッ、キキィッッ!」

 手綱は握ってる筈だ。

 どんな時でも、手綱を放さない訓練だけは怠らなかった。

 ナナマキさんが心配する声が、途切れ途切れに聞こえる。

 俺が生きてるのか、死んでるのか。確認しているのだろう。

 視力は残っている。三半規管と皮膚感覚がイカれた所為で、前後不覚なだけだ。

 油が引火した様な焦げ付く匂い。そして肉が焼け付く不快な匂いも感じる。

 ……ナナマキさんが戦っている。だが動きには精彩が無い。

 対してチノルスはこれが最後の足掻きと、窮鼠の全力を出している。

 ナナマキさんの牙を強引に引き抜くと、全体重を乗せたテイルスイープ。

 全長の六割を占める長い尻尾が、ナナマキさんの頭部を打ち据える!

「クココァ、ギチチッ!」

 彼女の長い巨体に叩きつけられる尻尾に、胴体がくねり弾き飛ばされるッ!

 ナナマキさんの全体重は、ルチノスを遙かに上回っていた。

 だが同じ体長で考えれば、むしろナナマキさんが負けている。

 砂塵が舞い、彼女の痛みが伝わった。

 役に立て。俺はナナマキさんの相棒なんだ……彼女の役に立てッ! 嗤えッ!

 手綱を引き、俺の健在を証明する。

 俺はライダーだ。

 彼女の外付けの頭脳にして、闘争本能で無ければ行けない。

 彼女が諦めそうな時、辛い時に代わりに考えるのが役目だ。

 最後まで勝ち抜く為の、ライダーなんだ!

「――――――」

 キーンという耳鳴りの中で、オスガキの声がヤケに聞こえる。

 何かを叫んでいる。

 他のライダー達から逆に保護されながら、俺に何かを訴えかけている。

「前脚ッ! ティラノは前脚に握力が無いんだ! 正面下から――――」

 前脚が短いのも、力が無さそうなのも分かるわっ!

 ルチノスの攻撃法は四種。噛みつき、尻尾による殴打。踏みつけ。突進。

 そして今判明した、ブレスだが……。

 オスガキが好き勝手、叫んでやがる。引っぱたいてやりたい。

 競獣の騎手は、こんな気持ちなんだろうか。

 俺の脳意識が加速する。

 生き残る為に、戦う為に。今まで生きて来た記憶から最適解を導き出す。

 重量、相手の攻撃法。正面下――。ディーノ、重力。

 俺の中の冷たい部分が牙を剥いて嗤った。

「良く言った、オスガキィイイイイイッ!!」

 まだ揺れる視界と体幹の中、体重移動と手綱でナナマキさんに意思を伝える。

 前方を見ればルチノスが勢いよく、大口を開けて突進して来た。

 食い千切り、決着を付けるつもりだ!! だが何の問題も無い!!

「やるぜっ、ナナマキさんッ!! 久しぶりだからって忘れて無いよなっ!?」

「カカカカッカカカカカォッ!!」

 良い返事だっ!

 最高に頼りになる答えを受け取った俺が、手綱を引く。

 彼女の前半身が高速でたゆみ、ルチノスの噛みつきのタイミングをズラした。

 ガチンッ! 

 寸前で噛みつきを回避し、そのまま俺達は『跳ぶ』。

 鯨が跳ね上がる様に、俺達は地面と垂直に飛び上がる。

 俺の視界に、海老反りになったナナマキさんが指示を聞いてくれた証が見えた。

 彼女の体がすっぽり入る程の、巨大な穴だ。

 その穴の中へ後半身が、吸い込まれて行く。

 否、掘り進んでいる!

 胴体と尾剣を使って、削岩機の様に回転しながら……俺達は地面の中に潜った!

「PUUUOOOoooッ!!」

「ヒィアァァアッ!」

「ギャァギチチィイイイッ」

 俺の目から溢れ出す殺意と悪意が、ルチノスの目を射貫く。

 まただ、怯えやがったな?

「ゴォオオオオッッ!!」

 地面から伸びる前半身の体長が、ルチノスと同等になったナナマキさん。

 彼女が落ちながらも、ルチノスの胴体に噛みつくと顎肢が肉を貫く!!

 毒牙の役目を持つ大顎は、胴体から生えてるだけある。その力は随一だ。

 貫いた肉に、小顎がルチノスの胴体の肉を固定する!!

 剣尾はその間も猛烈な勢いで砂を掘り進め、即席の地下空間を生み出した。

 そうして俺達は、重力に従って落ちていく……真っ直ぐに!

 ルチノスは今、数千トンという重りをぶら下げた状態だ。抗える筈も無い。

 噛みつかれているルチノスも、引きずられて行った。

「シュカカカカカッッ!」

 外からでは、ナチノスが流砂にハマった様に見えるかもしれない。

 だが俺達は掘り進んだ穴の中におり、穴自体はルチノスの胴体で塞がっている。

 俺達には確かめる手段が無かった。

 分かるのはただただ、ルチノスの断末魔だけである。

「BROOOO、PUUUUUUUUッッ!!」

 舌舐めずりが、ペロリと歯を撫でる。

 俺は座席を足場に立ち上がると、ナナマキさんに抱きついた。

 彼女は待ちきれないと、喜びの声を肉を食みながら叫ぶ!

 その叫びに応える為に俺は手綱を引いて、宴会の始まりを告げる。

「カッ カッ!  カッ!!   カッ!!!」

「肉ッ、団ッ、子ッに……しちまいなぁぁぁああああああああああッッ!!!」

 彼女の二つの顎が、砂を掘り起こした時とは逆にルチノスを『掘り進む』。

 圧倒的な重量で吊り下げられた、ルチノスの肉という肉。

 俺とナナマキさんはその肉目がけて、滝登りをしていった。

 血と、内臓、骨さえ掘り分け、両断し、食い散らかすッ!

「鍋がァア、食べッ、放ッ、題ッ!! だぜェエエエエッ!!!」

 全身にかかる。血と砂の混じったライスシャワー……俺の興奮も最高潮に達する!

 ソレは長い様で、一瞬だった。

 俺とナナマキさんは肉の洞窟を開通させ、青空へと飛び出す!!

 まるで虫の子供達が母親の胎内を食い破って、外に出る様に!!!

「ギャカカカァ!」

「大丈夫だぜ、ナナマキさん。血で消火も出来た。さぁて後は楽にしてやろうぜ」

 勢いよく体内を食い破って、外に出た所為だろう。

 俺の全身は血肉の洞窟を掘り進んだ事で、赤髪と同じ全身真っ赤だ。

 周囲には内臓や肉片。そして多量の血液が、空から通り雨の様に降り注いでいた。

 商隊共やらクソガキは、馬鹿面をしたまま呆然と見上げている。

 額にべっとり付いた髪を後ろに手で流して、オールバックにすると嗤いが零れた。

「依頼は達成。パーフェクトだぜ」

 

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