第17話「猫のウンコと良い勝負をしてるオスガキ」
◇ ◇ ◇
ナナマキさんがうねる体で、砂丘を蹴飛ばして越えていく。
俺はその全身の動きを座席から感じながら、遙か遠くの景色を見つめていた。
膝の上ではオスガキが、走行の迫力にはしゃいでいる。
時刻は太陽が頭上を僅かに越えて、西へ降り行く頃だった。
「本当に速いっ!? どうなってるのコレ!」
「あぁ、もう……暴れんなって!」
現在の速度はナナマキさんの航行速度の半分程だ。
馬の全速力に匹敵するが、それでも俺にとっては遅い……だが仕方無いな。
騎乗はとにかく体力を消耗する。普段通り駆けたら、オスガキが三十分保たない。
「塩分と水分だけはとっとけよ」
「あっ……その、コレ。飲んでみて」
「何だコレ」
オスガキが差し出して来たのは、オスガキ自身の水筒だった。
「別に水なんて、樽で積んでるからいらねぇよ」
「い、いいから!」
「あぁ~ん?」
金でもぼったくってきたら、ナナマキさんから叩き落としてやる。
俺は片手で手綱を引き、水筒の中身を口に含むと……。
「甘塩っぱい……ん~?」
「塩分だけじゃ、水分は逃げるんだよ?」
「……聞いた事ねぇな。でも美味ぇじゃねぇか」
甘い? 砂糖の筈は無ぇか……蜜だなこりゃ。
水が口から喉に入って全身に染みこむ感覚がする。
砂糖は世界的に見ればそこまで貴重品じゃぁ無いが、この大陸じゃ蜂やら植物は貴重なもんで良く買えたな。
「ボクが作ったんだ、コレ」
「あぁ~ん?」
「ボクの部屋で一人じゃ沢山作れなくて……売れなかったけど」
「そりゃそうだろ」
水が貴重な大陸で、植物を育てるのがどれだけ大変だと思ってるんだ?
それこそ街くらい大きな畑が無いと、売りに出す量は作れねぇよ。
そんな事も知らない癖に、変な事ばっかり詳しいなコイツ。
「……お前、一体何なんだ?」
「な、何が?」
「知識層かと思ったが、それにしては常識がなさ過ぎる」
「え、いや……」
「貴族にしては口が悪い。だけど柔らかいし」
「ぅ……ふぁ?」
「しかも妙に良い匂いしてやがる」
「セ、セッ、セクハラァアアアアッ!?」
「おいおいおいっ! 暴れんなっつの。オスガキに興味なんざねぇよ!」
叩き落とすぞ! 意外と元気余ってんなコイツ……っ!
暫くの間。俺の膝の上で暴れ続けるオスガキを、振り落としてやりたい葛藤に襲われ続けた。
「はぁ、はぁ……はぁぁ。よくもまぁ元気だなお前……疲れねぇのか?」
「まぁ、前よりも体は軽いし……」
「何だお前。体に重しでも付けて暮らしてたのか?」
「そういう意味じゃ……少し複雑な話になると言うか」
「ふぅ~ぅうん」
「うわっ、興味無さそう」
「最初から、ねぇっつってんだろ」
野郎の事に、誰が興味を持つかよ。道端の猫のウンコの方が興味深いわ。
だが猫のウンコと良い勝負をしてるオスガキは、不満そうだ。
「もっとボクに興味持てよ!」
「いやですぅ~~」
舌をベっと出して下品なハンドサインで煽ると、オスガキがまた暴れだす。
ナナマキさんは、何処か呆れた様に砂丘を蹴飛ばして駆け続けた。
◇ ◇ ◇
それからも暫く走り続け夕暮れが迫る時には、砂丘地帯を越えていた。
砂漠から顔を出している岩石が徐々に増え、時折小型の怪獣達が砂から顔を出している。
俺はそんな道中で、ある異常に気づく。
砂漠の中にそそり立つ岩石に、定期的に爪痕と白いヘドロの様な付着物がある。
時折だが、黒い糞が落ちている事もあった。
「……おい、オスガキ」
「ベニカだってっ!」
「休憩しようかと思ったけど、やっぱ先に進むぞ~」
「ちょっ!? 大人げなっ!」
オスガキが何か勘違いしてやがるが、構わない。
変に騒がしくされたら困る。
……俺達は今、怪獣の縄張りに居る。推測通りなら、中々厄介な怪獣だ。
「ナナマキさん、もう少し走ろうか。急いで抜けよう」
「カカカァ……シュギチチ」
ナナマキさんも気づいた様で、速度を上げる。
ぐんっ! と全身にかかる重力と風が一層強まり、マントをたなびかせる。
俺はライダーゴーグルをかけると、オスガキに声をかけた。
「おいっ、俺の騎獣席に座ってろ」
「えぇ……椅子無い」
「よし、後ろの荷物からロープ持ってこい。止まらねぇからな」
ぎゃーぎゃーと文句を垂れるが、知った事か。
オスガキは俺の態度が変わった事にギョッとした後、不満の有る顔で荷物を漁りに行く。
ロープワークは下手クソの極地だが、見つけたロープを持って俺の所に来る位の脳みそはあった。
「あったよ」
「おし……座席に、お前を縛り付けとけ」
「なんで?」
「……へへっ、説明する手間が省けたぜ。おい、あっち見ろよ」
岩石と低い砂丘の間。
遠目に幾つかの巨大な影が、ぶつかり合っていた。
家の様な影が三つに、小さな影が複数……そして大きな影が四つ。
地面に横たわる大きな影は、四つから五つという所か。
周りは砂色ではなく赤黒く染まっている。
商隊だろう。
怪獣に襲われ、ぶっ壊された馬車が三つ。逃げ惑う人間共が複数。
そして護衛だろうライダーと、野良の怪獣がぶつかり合っている訳だ。
「えっ、あれ。ひ、人だよっ!?」
「おぉー、おぉー。やるねぇ、ヒポグリフで頑張ってんじゃねぇか」
俺はそこまで視力が良くないが、影から予測は出来る。
哺乳類らしき胴体だが、羽の形から猛禽類だろう事。
獅子の体付きでは無い。むしろ偶蹄目……馬の下半身に猛禽類の上半身を持つ。
となれば恐らくライダーが操ってるのは、ヒポグリフだろう。
問題は、隊商を襲ってる怪獣だった。
「……あぁ~、あぁ~。あぁぁ~~」
体高は四メートル程だが、体長は十五メートルを越える二足歩行生物。
胴体と足の細さ。そして前脚に比べて、異常過ぎる程巨大な頭部。
全長の半分を占める、人間三人分の太さはある筋肉の塊である尾。
爬虫類にも似た姿をしているが、骨格等は明らかに違う。
動物に近いが……間違い無い。
「チノルスやん」
「キョーリュっ!?」
「……ん?」
オスガキが変な名前で呼んだが……地方毎に違う名前で呼ばれるのは良くあるか。
遠目で詳しくは分からないが……生きてる怪獣はヒポグリフが三匹に、チノルスが一匹。
倒れてるのは馬が四頭に、チノルスが二頭って所か。
チノルスは強い怪獣だ。良くもまぁヒポグリフで倒したな。
「うっし」
「リ、リージア!」
「分かってる」
俺が一つ頷く。オスガキも頬に汗を垂らしながら頷いた。
「逃げるぞ」
「うんっ!……うん?」
ナナマキさんの手綱を引き、進路を変更。奴らから距離を取る。
「ナナマキさん、アイツらが見えなくなったら休もうね」
「ギュキキァ……」
「良いでしょ。仕事中だし」
「え?……え?」
オスガキが騎乗席の後ろから、俺の肩に顎を乗っけて顔を出す。
ふんわりと僅かに甘い匂いがする……ミルクみたいな匂いだ。
「見捨てるのっ!?」
「うん」
「即答っ!?」
まず第一に、アイツらを助ける理由が無い事。
二つ目にオスガキを無事に隣国に連れて行くのが、俺の仕事である事。
三つ目は、あの商隊自体が原因だ。
チノルスは中型の中では、強い怪獣である。
目は猛禽類並み、嗅覚は哺乳類並み、聴覚も悪くない。何より獰猛である。
だがとにかく足が遅くて、持久力が無い。
馬車を轢かせてようが、チノルスが商隊に追いつくかよ。群れで狩りをしてもな。
どうせ商隊がチノルスを狩って小遣い稼ぎしたら、予想以上に苦戦したって所だろ。
自業自得、自業自得。
「興味ねーわ」
「興味無いって…………キョーリュゥが怖いの?」
「はぁぁあ~? もしかして煽ってるつもりか? オスガキに大人が煽られっかよ。Dカップのチャンネーになってから出直して来い」
下品なハンドサインをしながら、側頭部をコツコツ小突いて煽る。
するとオスガキの額に血管が浮かんで、耳元で叫びやがる。
「サ、サッ、サイッ……サイッテェエエエエッ!! ボクの意見は無視かよ!!」
「お前の依頼は、隣国に連れてけって事だけだ。後は俺の好きにやらせて貰うぜ」
何で面倒事はパス! 助けて利益になるか分からねぇしな。
ライダーは自己救済が基本だ。アイツらが死んでもしょうが無い。
そして俺達が首を突っ込んだ場合、俺が死んじまってもしょうが無いで済んじまう。
「ボクは依頼主でしょ!?」
「金の足らねぇせいで、雑用役やってる。な」
ナナマキさんも興味は無い様で、よそ見は一瞬だけで前進を続ける。
オスガキはその様子に、酷く興奮していた。
「リージアなら勝てるんじゃないの……」
「勝てるぜ? 絶対じゃねぇが、まぁ負けないな」
「だったら助けてあげれば良いじゃん!! 余裕があるんならっ!!」
「俺は俺とナナマキさんの、興味を引く事以外はしねーの」
何で俺の可愛いナナマキさんを、不細工な人間共の為に働いて貰わないといけないのか。怪我したらどうする……全く。
「あ、ナナマキさん。隣の大陸に行く前に、どっかでご飯食べようねぇ~。大きな街が良いよね?」
「ギャカッカカカカ」
「グッド、決まりだ」
その時、このオスガキともおさらばだな。
耳元でキャンキャン吠えやがって……。
俺の気分が良く無かったら、叩き落としてやるのに。
「なら……これ」
「あん、なんだ? 運転してて見えねぇよ」
「コレ、あげるからっ! 助けてあげてよっ!」
前方を見てる俺の視界に、昨日ぶりに見た袋が目に入る。
銀貨袋だ。ジャリジャリと、金属が擦れる音がするので間違い無い。
だがおかしな話である。
「それはもう、俺のもんだろ」
「だからっ、依頼は無し!! あの人達を助けてよっ!!」
「はぁぁ~ん? お前に何の得があるってんだ。お前のパパかママでも居るのか?」
依頼キャンセル料やら、俺達に無駄足使わせた慰謝料やら色々言いたいが……。
それは後にしよう。
俺の質問に、オスガキがボソっと呟く。
「……目覚め悪くなるから」
「バカじゃねぇのか、お前」
「余裕がある時に、人助けはするものでしょ?」
「俺は人間が嫌いなんだよ……薄汚くて仕方無ぇ」
「良いからっ!! 依頼はキャンセルして、あの人達を助けてあげてよ!!」
「あぁ~ん????」
俺に何の利益があるってんだ。
チノルスはそんな小銭で狩る獲物じゃねぇし、そもそも興味がねぇ。
ライダーを見捨てるのは性に合わねぇが……依頼をキャンセルってのがもっと気に食わねぇ。
「……うーん?」
だが良い事思いついた。
オスガキを商隊共に押しつけよう。
「ナナマキさん、どうする? このガキを助けるって話だけど……あの馬鹿共に任せても良い?」
「カカカクココァァ……」
「どちらとも言えないかぁ。じゃぁ俺の意見でやらせてくれよ」
金は貰う。オスガキは商隊共に押しつけて帰らせる。
チノルスの肉は、ナナマキさんのご飯に丁度良いだろう。
俺は進路を変更した。やるなら徹底的に、派手に行こうや。
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