第二章「導火線(スパーク)」
第12話「男達の熱い闘い」
◇ ◇ ◇
競獣(モンスターズ・レース)は良い。
円を描くレース場を誰よりも速く、強く、巧みに駆け抜けるっていう単純さ。
その単純な競技の中に、男の浪漫が詰まっている。
だから俺は競獣が有る街では、競獣に出る怪獣達の健やかな成長を祈ってお布施をする習慣があった。
「逃げろぉおっ! シクりやがったらぶっ殺すぞぉおおお!」
「気合い入れやがれぇぇええ! 馬刺しにされてェのかぁぁああッ!」
『おぉーっと、ドラゴンフライ!! 低い重心が下り坂で仇になったぁああ!!』
俺と同じく怪獣の成長を見守る熱い男達が、観客席で声援を送る。
実況者も熱いパトスを叫ぶ。酒場の飲んだくれ並みの語彙力しか無ぇぞ、働け。
やはり競獣は良い。お布施をすれば尚のこと良い。
お布施をすると怪獣達がお腹一杯食べられる上に、証明書として一枚の紙も貰える。
このお布施証明書。不思議な事に、競獣後に高額買取をしたいと言う奴らが居る。
俺はそんな夢の紙を二十枚程握り締めて、汗臭い観客席で必死に叫ぶ!
俺が賭け……お布施したディーノと呼ばれる、哺乳類型猪怪獣が上り坂を楽々越えてトップに踊り出た!!
「来たぁっ! 来たぁあっ! 来い来い来い来い来い……っ!」
その後ろにはジャイアントリザードに、バテ気味のヒポグリフ。
征ける! 今日の競獣は障害物アリだと聞いて俺の予想はバチ当たりしている!
女神が俺の勝利を前に、パンチラを見せてるんだ!!
だが俺は怪獣という素敵な生き物の背中に、邪悪な害獣が居る事を失念していた。
「……お、おいおいおいおいおい」
ジャイアントリザードの騎手が、ぬるりと立ち上がると手綱を強く引いた。
あらゆる怪獣の騎乗法を知る、俺には分かる。分かってしまう。
「ファアッキン、ビィイイイッッチッッ!!」
指示に従ったジャイアントリザードが、俺が賭けたディーノのワイルドで雄々しい尻尾に噛みつく。
しかもジャンプさせがった!
一つの生き物の様に繋がった、二匹の怪獣。
ディーノは痛みに燃える瞳で、宙に飛んだジャイアントリザード毎突っ走ろうとするが……問題は尻尾が伸びきった瞬間だ。
三流ライダーは、最後までディーノの尻尾が噛みつかれてる事に気づかなかった。
そうして予想外の重量に、ディーノの足がもつれる。
怪獣とて生き物だ。
重心から手足の長さ、生物的特徴に縛られてる。
ディーノのバランスが崩れ転ぶ瞬間を、俺は走馬灯の様に瞳に刻みつけた。
◇ ◇ ◇
競獣(モンスターズ・レース)は良い。
何が良いって、金が無くても怪獣の競技を楽しめる事だ。
俺は薄っぺらくなった財布を握りしめて、競獣場からそっと立ち去った。
敗者は去るのみ。女々しく文句は言うまい。
ただ神聖なるレースに力勝負だとか、ライダーが乗ってる事がおかしいのは明らかである。あんな力技に出たのは失格……というかライダーを血祭りにするべきなのだ。俺の戦略は何も間違って無かったし、競獣序盤から中盤の直線。障害物である坂の上りで、中位から首位に上り詰める事も間違って無かった。ディーノの毛艶も良かったし、腹の脂肪も良く鍛えられていて鼻息も荒かった。あの目は今日の競獣に絶対勝つ自信が無きゃ出来ない目だ。それに比べて上に乗ってる害獣のクソ騎手はどうだ? 完全にディーノの馬力に振り回されやがって。あのディーノなら中盤で、首位争いに食い込めた筈だ。それをライダーの奴が、ペース配分が出来て無いと勘違いして足を遅めやがった……全ては自分の乗る怪獣のコンディションにも気づかない、アイツのせいである。ディーノが本来の実力を発揮出来ていれば、俺はこんなオケラ通りを歩かず、大手を振って豪遊出来たんだ。何なら四レース目、五レース目も狙えていた。俺の当初からの予想は全てバチ当たりしていたし、金さえあればそれが数倍に膨れ上がっていただろう。それもこれも全ては怪獣の健やかな成長を見守るという崇高な目的を忘れた運営が、重量級が活躍出来る様にと競獣同士の殴り合いも許可したのが原因である。いやむしろ重量級だけの殴り合いは実に大好物で、男なら大型怪獣に乗らねばならないのは間違い無い。それは良い。だがそれを軽量級に持ち込みやがったのが気に食わん。そもそも役割が違うだろうが……。
俺は延々と愚痴を零しながら通りを歩いて、目的地に向かう。
俺の今の姿を見たら、ナナマキさんは怒るだろうな。
あの子は競獣するの嫌いだし。
こんな事は、ナナマキさんが健康診断中でなきゃ出来ない事だよなぁ……。
◇ ◇ ◇
ライダーギルド。
それは全ての大陸を股に賭けた一大組織であり、勢力である。
中立主義である彼らは、世界が滅びようとも動く事は無い。
ライダーという、個体戦力が偏る事を防ぐ為だ。
依頼書は貼る。傭兵を募集する事も良い。だが肩入れはしない。
そんなライダーギルドの中でも、このアジカリ大陸最大手の国家。サカリエ王国。
その首都のライダーギルドマスターとなれば……豪勢な執務室を持つのは当たり前だ。
俺はその執務室のソファに座って、勝手に注文したピザを食べていた。
時刻は昼時。アポも何も取って居ない、部屋の主を待っていた訳だが……。
現われた部屋の主は俺を見ても、特にリアクションを取らなかった。
仕方無く俺は、ピザを片手に反対の手をあげて声をかける。
「よう、お兄ちゃん。邪魔してるぜ」
「……リージア。ここで何してやがる」
「何って、お兄ちゃんに会いに来たんじゃねーか。これでも弟弟子だぜ?」
「ッチ……やれやれ。お兄ちゃんは止めろ」
俺の兄弟子にして、心から尊敬する男。
ジョン=スミスが、俺の顔を見て溜息を吐く。
彼は俺とは違って長身且つ筋肉質で、掘りが深い男らしい風貌をしている。
長い銀髪を一つに纏め、その紅瞳は上等なナイフの様に鋭い。
身に纏うのは灰色のロングコート。その下には血の様に赤いYシャツ。
一見すると「どこのギャングの用心棒だ」と言いたくなる。
その印象はトレンドマークである、丸眼鏡に大きな原因があった。
丸眼鏡と眼光の所為で、獅子に無理矢理スーツを着せている様に見えるのだ。
「ピザ頼んだけど良かったかい?」
「ふん、俺にも一枚寄越しな」
「ビールは?」
「職務中だ。馬鹿野郎」
「おっと、そうだった」
前からクールだったお兄ちゃんだが、俺が知る彼よりも落ち着いていた。
昔は酷く荒々しい雰囲気を漂わせていたというのに……丸くなったなぁ。
彼が俺の食べていたピザの箱から、一ピース取ると執務机の椅子に腰掛ける。
俺はギシリと軋む椅子を見て、鼻を鳴らす。
「……相変わらずソレ、使ってるのか?」
「俺の自由って奴だ。勝手にさせろ」
「まぁ良いけどよぉ」
俺は部屋を見渡す。相変わらず良い部屋だ。
職人が手がけた高級な執務机に対して、安物のオンボロ椅子が一つ。
部屋の中央には、ガラス製の四角机が。
その四角形の四辺にはそれぞれソファが置かれている。
何より景色が良い。首都を見渡せるガラス張りの壁は俺のお気に入りだった。
椅子を除けば、まぁ妥当な所だが……。
「それで前に会ったのは、お前が怪獣コンテストで暴れた時以来か?」
……もう一年も前になるか。
首都の経済は、怪獣という素敵な隣人を用いた興行収入で成り立っている。
俺がさっきまで見ていた競獣から、怪獣の美しさや可愛らしさを競うコンテスト。
様々なプログラムが、毎日の様に組まれている訳だ。
そしてお兄ちゃんが言ったのは、俺の中では史上最悪の行事だった。
「シットォ!!いやいや、睨まないでくれよ。お兄ちゃんっ!! アイツらが悪いんだよっ!! 俺のナナマキさんのビジュアルにケチを付けやがってっ!!」
「好き放題暴れて行きやがってっ、誰がケツを拭いたと思ってやがるっ!!」
いやっ! あのコンテストは、間違い無く買収されていた。
他の怪獣と比べて、ナナマキさんのガタイは間違い無く勝っていた。
パフォーマンスだって、二人で考えた曲芸を全てこなしたんだ。
それなのに、ドベってどういう事だ? ナナマキさんの事もバカにしやがって……。
あの時の俺は、怒りのあまりステージを破壊する程暴れ回る事で、黒幕を誘き寄せようとしたのだが……俺よりも上手だった黒幕にまんまと指名手配をかけられた。
お兄ちゃんはどうやら、偽の情報を掴まされたらしい。
「ったく……死人が出てたら、俺がお前を殺してたぞ」
「いやぁ出来の良い兄を持つと、弟は鼻がたけぇぜぇ~」
「ッチ。それで要件は? ナナマキの怪獣ドックは、明日までかかるぞ」
「あぁ、それは分かってる。ただナナマキさんの血をまた余計に抜こうとしたら……次は言葉を発さず殺すって、厩舎のクソ共に言っといて」
「またやる程、馬鹿じゃないだろ」
そもそも馬鹿じゃなかったら、ドラゴンさえ喰うグランドセンチピードの血を抜こうなんてしねぇよ。
お兄ちゃんもそう思った様で、「今のは聞かなかった事にしろ」と呟いた。
「後は俺に指名手配かけてる国の確認に来たって訳よ」
「……はぁ。俺の所に苦情の手紙がどんどん来てる。後で持って帰れ」
「そう言わずに、どこが俺を追ってるか教えてくれよぉ~~」
俺はピザを頬張りながら拝む。書類なんて一々読みたく無ぇよぉ。
お兄ちゃんが舌打ちと共に、机の上に地図を広げて万年筆を走らせる。
「好き勝手しやがって……師匠が見たら泣くぜ」
「ん~~、泣くっつーか。頭痛で頭抑えそうだけどな」
「テメェが言うんじゃねェ。ほらよ」
お兄ちゃんが紙を丸めると、俺に投げてくる。
広げるとそこには×印が八箇所に、△が六箇所。
全部、身に覚えがある国名だった。
「格好良いぜ、お兄ちゃん!」
「次はねぇからな」
「へへっ、ごめんごめん。あっ、そうそう」
「なんだ?」
「金無くてよぉ。ピザ、ツケさせて貰ったぜ!! 金は後で返すな!!」
「ッチ。どうせ女遊びに、ギャンブルだろう? 帰って来る事に期待なんざするか。
……金はやるから二度とツケるな」
お兄ちゃんがお小遣いとして、俺にサイフを投げ渡してくれた。
じゃらんじゃらんと跳ねる金属音と、手にずっしりと感じる重量。
今日、明日で使い切れない量だった。
「サンキューッ! また明日来るぜぇ~!」
「……好きにしろ」
「あぁ、そうだ。お兄ちゃん」
「何だ? 仕事があるからさっさと出てけ」
「もし殺したい奴が居たら、言ってくれよ? 俺が殺っといてやるよ」
「フン……テメェの手なんざ誰が借りるか。クソガキ」
クソガキって、可愛い弟弟子になんて事を言うんだ。
小遣いの礼に、頼み毎を聞いてやろうと思ったのに……。
「小遣いが欲しいなら、討伐対象の怪獣でも狩ってろ。丁度良いのがあるぞ? 亜竜退治なんだが……」
「俺は討伐依頼は、あんまり受けないしょーぶんなんだっつーの!」
兄ちゃんは、勤労意欲が高すぎて困るぜ。
俺はピザの箱を片手に、部屋から出ようとし……言い忘れた事を思い出した。
「お兄ちゃん。ポールダンス見に行かねぇ?」
「さっさと、出てけっ! 窓から放り捨てるぞっ!!」
アンタ、マジで捨てるよね。行くよ……ったく。
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