第11話「君の第一のファンより」
◇ ◇ ◇
フレンダは呆然としながら、お湯を浴びていた。
宿のシャワールームには湯船もあるのに、使わないのは貧乏性だろうか?
まぁ彼女の境遇を考えれば、仕方無い話かもしれない。
故郷での水は、貴重品なのだから。
「……」
降り注ぐ温水で、フレンダの髪が肌にじっとりと貼り付く。
それでも彼女の顔に浮かぶ感情は、不快感では無い。
有るのは二つ。
無重力感。そして僅かな恐怖。
「ライダーさん……」
薄い唇から出た呟きは、ここ一週間共に過ごした男の名前だった。
フレンダの父親を、故郷を、大した報酬も無しに救った恩人。
下品な物言いが多く、軽薄な雰囲気を滲ませる遊び人。
遊ぶ様に人を殺し、喧嘩の様に自分の家を壊した悪党。
「本当の貴方は……どれなんですか?」
どれかなら良かった。
分かり安い人なら、それなりの対応が取れる。
だがリージアがフレンダを詰問した時の、あの熱には嘘偽りが感じられなかった。
その熱がフレンダの胸に、今も夢という灯火を点している。
だからこそフレンダはこの宿に着いた時に「お礼をして貰うから、シャワーを浴びてこい」と言われて言葉に窮した。
フレンダは、取引を持ちかけた。
リージアは、受けて約束を守った。
それだけの話だが、フレンダは内心で僅かな失望を感じた。
彼の事を災害の様な、超然とした存在だと思っていたからだ。
それは盗賊という力を、圧倒的な暴力で打ち砕く姿に由来しており……こう思っていた。
彼は英雄的颯爽さと精神的超越性を持つ、人とは違う存在なんだと。
「……嫌なのかな?」
フレンダは自分の呟きが思いの外、嘘っぽく感じた事に驚く。
下品な男が嫌いで、繊細且つ静かな絵画が好きな彼女にとって。
胸の内を抉る様なこの想いは、生涯初めてだった。
「……お湯、勿体ない」
キュッとシャワー室の蛇口を閉める音が、フレンダの背中を押す。
その先の更衣室で、フレンダは身嗜みを整える。
鏡に映る彼女の豊満な体は、運動を苦手としてるせいで少しだらしが無かった。
年頃の娘よりも大きな胸は、張りが有ってツンと上を向いている。
くびれや随所の華奢さに比べて、臀部も年頃の娘よりも大きい。
彼女の肢体を見れば、誰もが熟した果実の様な甘い印象に囚われるだろう。
「あの……」
フレンダがシャワー室から出て、リージアを呼ぶ。
生娘であるフレンダは、作法なんて知らない。
遊び人だろう、リージアに声をかけようとして……。
シャワー室に行く前には在った、男の姿が消えている事に気づく。
あるのは、サイドテーブル上の一枚の手紙。
そして幾つかの袋だけだった。
◇ ◇ ◇
よう、フレンダちゃん。シャワー浴びて体拭いたか?
まぁ体を冷やすと悪いから、結論から言うぜ。
俺は暫く、長い旅に出ないといけない。
君はこの都市で、夢を叶えてくれ。
本音を言えば、このまま攫っちまう事も考えたんだけどな。
君みたいな可愛い娘ちゃんを、ライダーっていう男の世界で守るのは無理だ。
可愛い娘ちゃんが、辛そうな顔してるのに楽しむのもな。
だから君の名前が、世界の果てまで届いた時。
君が夢を叶えた時に、戻って来ることにした。
それまでに、君の為に俺を殴れる良い男を見つけておけよ。
次は本当に攫っちまうからな?
PS.この宿の女将さんは俺の知り合いだ。君を手伝ってくれるってよ。
PSのPS.金貨袋は、一昨日の喫茶店の珈琲代だ。利子付けて返しとくぜ。
君の第一のファンより。
◇ ◇ ◇
学府から出た俺は、ナナマキさんと共に砂漠を爆走している。
普段なら寒さと暗闇を警戒して、夜間に出発する事は無いが……今日は別だ。
昼間の内に何度も休憩していたお陰で、体力も有り余ってる。
そんな訳で、夜中なのに肩で肌寒い風を切っている訳だ。まぁ気分は悪く無い。
特に未練を振り切る為には。
……と言いたいが俺は未練タラタラだった。
「あぁ~~」
溜息を吐いて、砂鯨のジャーキーを囓る。
相変わらずの血と香辛料の味が、夜風も合さっていつもより味気なかった。
大事に持っていた金貨袋が、腰から消えた事も関係あるだろう。
「勿体無ぇ事したなぁ」
「クココココッ!」
ナナマキさんが顎を打ち鳴らし、俺を非難する。
効率主義者である彼女は、女の為に金を使う俺の悪癖を酷く嫌っていた。
長い付き合いだけあって、流石に喧嘩なんてしないが……半ば呆れている。
「そうは言ってもさぁ。宿屋での表情見た? 完全に身売りの表情だったぜ?」
「カカカ、カカカァ……」
「うんうん……俺、悲しい顔してる女の子に好き放題出来ねぇよぉ」
やるなら笑顔で、きゃっきゃと好き放題したい。
嫌がられるのは構わないけど、終わった後で悲しい顔されたら辛過ぎるわ。
「クココギュギュキキ……」
「えぇ!? いやそういう訳にも……俺がキツいわ」
「ギュキキ……」
「ナナマキさんはワイルドだなぁ」
流石の効率主義者。ナナマキさんである。
俺、嫌だよ? ナナマキさんが余所の怪獣に寝取られたら。トラウマになるわ。
まぁ彼女からすれば、俺のガキを早く作れって事だろう。
「はぁ……童貞捨ててぇ~。これでもイケメンだと想うんだけど」
「ギャカカカカ……」
ナナマキさんに慰められた俺は騎乗席に背中を預け、遠ざかる都市を振り返る。
思い出すのは……やはりフレンダちゃんの表情だった。
入学の受付には間に合せた。
金も十年遊んで暮らせる額がある。
お人好しなババアも紹介した。
夢を叶える時間も場所も環境も出来た訳だ。
……達者に暮らせよ。
お前を縛るモノは、もう何も無いんだから。
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