第2話「帰って来れたぜ? ラッキーガイ」
◇ ◇ ◇
「うわぁぁっ!」
狩人野郎を助けてから、三時間後。
辿り着いた狩人野郎の故郷は、岩山の頂上に有る寒村だった。
折角、送り届けてやったのに出迎えは悲鳴である。
「ギチチァ……」
「フヘヘヘ、面白ぇ顔してやがる」
「後で皆に謝らねぇと……」
普段はナナマキさんに乗ったまま、人里に近づいたりはしない。
ただ今回は、狩人のおっさんが居る。
俺は体液まみれの野郎を背負って、長距離なんて歩きたくはない。
「ほら、顔を出して事情を伝えてやれ」
「あぁ。おぉーい!、ワシだぁ!」
狩人野郎が顔を出して、村人達に手を振った。
見上げていた村人は、何事かと顔を見合わせる。
「おしっ。ナナマキさんを魔石化するから降りっぞ」
「お前ぇ、ワシに興味が無いだろ?」
「賢いじゃねぇか。なら俺の優しさが有限なのも、分かってるだろ?」
狩人は溜息混じりに頷く。よし、降下準備だ。
俺は狩人野郎を荷下ろしの同様に、縛ったままロープで地面に降ろした。
「アウチッ!」
ぁっ、狩人野郎が股間強打した。態とじゃないから許してくれ。
俺も座席から飛び降りる。衝撃で砂が舞い散り、足首周りを汚す。
足元では狩人野郎は縛られたまま、未だに股間を抑えて悶えている。
流石に同じ男として哀れに思ったので、ロープを解きながら手を差し伸べた。
「良かったじゃねぇか。帰って来れたぜ? ラッキーガイ」
「あぁ、ありがとよ」
◇ ◇ ◇
村に入った俺達を待ってたのは、警戒の視線と狩人への心配の声だった。
俺に絡んでくる馬鹿は居ない、拍子抜けだ。
寒村では箔を付けようと、喧嘩を売ってくるアホも多い。
年頃のガキなら尚更だが……どうも余裕がある村ではないらしい。
狩人野郎はその後、診療所に連れてかれた。
足に添え木でもされて、帰って来るだろう。アイツを待つ義理もない。
俺は何か言いたげな中年野郎の案内で、宿屋へ向かう。
「ここか?」
「あぁ。マックスの娘が居るからな。寛いでくれ」
狩人野郎の宿屋は家宅二つ分の大きさで、一階が居酒屋だった。
僻地の村の居酒屋なら、妥当な大きさだ。
俺は両開きの扉を開け、薄暗い室内に入る。
内装も良くある、村の酒場だ。
十字足のテーブルが十個、背もたれのない椅子が各四脚。
カウンターには椅子が七脚。カウンターの奥には酒瓶が棚に並んでいる。
床に嘔吐物が染みついてない程度には清潔だった。
「おぉい、フレンダ! オヤジさんが帰って来たぞっ」
「……お父さんが? 少し、待ってて」
中年野郎の言葉に、上階から焦りの混ざる声が聞こえる。
女の足音が降りてくる間に、室内を見渡すが繁盛している様子はない。
扉には閉店を示すプレートがかけられている。
店内は壁に飾られた絵画以外には何も飾りっ気がない。
黒インクだけで描かれた絵画だ。
内容は月、偶蹄型怪獣、ライダー、砂紋。
月光の下を怪獣に乗ったライダーが、砂紋を作って進んでいる絵画だった。
……不思議だ。何故黒と白で砂漠だと分かるのか?
何で太陽だと思わなかったのか。
「……あの」
「ん?」
階段から降りてきた声に振り返る。
第一印象は……例えるなら薄暗い場所に咲く、孤独な花。
露出が最小限の薄生地服を纏い、砂漠では珍しい色白の肌がチラついている。
肩まで伸びた髪色は濃い赤紫色で、瞳は前髪で隠れて見えない。
それよりも一番重要な点がある。
全体的に細身で、胸部の布地がテントを張っている。形がエロい。
更には二十前半だろう年頃。青くなく熟してもいない……良い塩梅だ。
「叔父さん。お父さんは?……それに、その人は」
「マックスの奴、怪我しちまってな。診療所に担がれたよ」
「……ぇっ」
「あぁ、大丈夫さっ! 後遺症は残らない。この人が助けてくれたんだ」
お前……狩人野郎の兄弟で、エロ可愛い娘ちゃんの叔父だったのか。
「良かった……あの、えっと」
フレンダという娘の胸周りをガン見してると、相手は潤んだ瞳で見返してくる。
「気にしないでいーぜ。アンタの親父さんを助けたのは、礼目当てだから」
「ぇっ、その……でもウチにお金は」
「宿をやってるんだろ? 二日滞在させて貰うから、世話頼むぜ」
狩人のおっさんと話は付いている。精々、気持ち良く過ごさせて貰おう。
俺が話は終わったと荷物を下ろすと、中年野郎が話かけて来る。
「そうそうっ、村長が怪獣の肉を買い取りたいって言ってた」
「相場で良いぜ? 邪魔になるからな」
というか部屋に行く前に、砂を落としたい。俺はマントに手をかけた。
だがフレンダちゃんが見た目に合わない硬い指先で、裾をつまんだ。
「そ、外でっ、砂は落として……」
「あ? オーケー、オーケー。わぁったよ」
宿泊するなら旅塵は落とさなきゃダメか。どうも人里の感覚を忘れてる。
外に連れていかれ、フレンダちゃんに旅塵を叩き落とされる。
中年野郎は「後は任せとけ」と言い残し、村の中心部へ去っていった。
「お湯とタオル……持っていくので。お好きなお部屋をお使い下さい」
「あいよ。俺の予備の服は洗濯しといてくれ」
「は……はいっ」
改めて宿屋に入ろうとする。
その背後でフレンダちゃんが豊満な体を、もじもじぷるんぷるんさせる。
気が弱そうな彼女が、何か言いたい様だ。
「俺は寝てるから、飯は適当な時間で良い。代わりに酒を一本貰うぜ」
バーカウンターの蒸留酒を一瓶取り、二階に続く階段を上る。
人里に来るとドっと疲れが出るな。酒を飲んで寝たい。
「……あ、あのっ!」
「ん?」
階段の途中で、フレンダちゃんに呼び止められた。
彼女の赤紫髪が揺れ、宝石を思わせる青灰色の瞳が垣間見える。
「お父さん。助けてくれてっ……ありがとうござい、ます」
「……へっ」
的外れな意見に、俺は呆れて笑ってしまう。
お返しに酒を振って、背中越しに軽口を叩いた。
「後で体で払ってくれよ。それとも今払うかい?」
「ぅ?……え、ぇ……っ!?」
フレンダちゃんの表情が、めまぐるしく変わった。
言葉に疑問を持ち、次に意味を考え……最後に顔を真っ赤にして目を白黒させる。
俺は可愛い百面相を見て、にへらっといやらしい笑みを浮かべる。
「可愛い顔を見せてくれた礼だ。お湯より先に、親父さんの所に行ってきな」
「ししっ、しつれいしますっ!」
フレンダちゃんが顔を隠して、慌てて去って行く。
俺は鼻を鳴らして自室を目指した。
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