怪獣ライダー、世界の果てへ ~女の子に頼られ、救って、逃げる旅~

シロクジラ

第一章 「一人災害(ディザスター・ワン)」

第1話「おい、お前。年頃の可愛い娘ちゃん居ねぇか?」


 ◇ ◇ ◇


 俺は今、地平線の果てまで砂で埋め尽くされた砂漠に居る。

 太陽はまだ、東から昇り始めたばかりだった。

「おい、お前。年頃の娘居ねぇか?」

 揺れる足元にバランスを取りながら、四m下で尻餅を着く男を見下ろす。

 男は汚いジャンプスーツを着た狩人で、右脚は反対側に折れていた。

 近くには折れ曲がった長銃が捨てられているだけ。脅威でも何でもない。

 ジャンプスーツは怪獣の皮を使っているが……染みが全身に広がっている。

 腕利きは腕周りと足周りしか汚さない、ド素人だろう。

「ぇ、ぁ。あ、あぁ」

 狩人は冴えないダミ声のおっさんだった。

 ダミ声は砂嵐に喉がやられた証拠だ。労働者側の人間だろう。

 期待外れに舌打ちを弾く。

「そっか。命拾いしたな」

 ブシュッ。足元で薄い皮を引き裂き、肉を貫く音がさえずる。

 緑の体液が狩人の周囲に飛び散り、粘り気のある異臭が漂う。

 足元の揺れが治まると、地面が動き出して狩人へと近づいた。

 巨大な影が狩人を濡らし、お天道様から隠す。

「助けてやるよ。代わりに俺達を家に泊めな。オーケー?」

 ライダーゴーグルを外して凄むと、狩人野郎が小さく悲鳴をあげる。

 その無様さに、俺の口から自然と笑いが零れた。


 ◇ ◇ ◇


 発端は数分前。勘違いからだった。

 俺、リージアはライダーギルドの旅人である。

 旅の目的を終え、砂界の異名を持つアジカリ大陸中央部への帰路だった。

 現在地の砂漠は、景色がいつまでも変わらない。

 なのに日射しが降り注ぐので、肌が焦げる錯覚に襲われる。

 沼地の匂いや、湿気がない分マシだろうか?

 もっぱらの娯楽は、相棒であり家族とのお喋りしかない。

「髪伸びっぱなしだぜ。ナナマキさん」

「クココァ」

「やっぱり? 長髪は俺には似合わねぇよ」

 赤髪の剛毛を、摘まんで引っ張りぼやく。

 ゴーグルで隠れている金眼にかかる位、伸びていた。

「ナナマキさんも帰ったら、体を洗おうか」

 ナナマキさんは俺の自慢にして、最愛の家族である。

 体長三十メートルを越える百足型巨大怪獣で、胴体は夜を切り取った黒色。

 伸びる六十組の節足は、大木を思わせる焦げ茶色。

 二十関節からなる胴体甲殻内に詰まった筋肉量は、どんな怪獣よりも多い。

 尻尾には巨大な剣尾まで持っている。

 ちなみにチャームポイントは、頭部の艶やかなワインレッドだ。

「それとも脱皮が近かったり?」

「クココ”コァ」

「良かったじゃん。都市部まで行ったら水洗いしようね」

「シュシュッ、シュ」

 ナナマキさんは体長こそ長いが、体高は小型怪獣と変わらない。

 砂漠では砂煙を巻き上げて走るので、全身が砂塗れだ。

 今すぐ洗ってあげたいが、地図を調べるに水場まで一日はかかる。

「あーぁっ! 時化た場所だぜ。オアシスもねぇ」

「クココァ、クココァ」

「タダの愚痴だって。本気にするなよ」

 俺は腰の皮袋から、砂鯨のジャーキーを取り出した。

 塩っぽくて血抜きが十分ではなく、オマケに血の味が強い。

 軟骨のコリコリした噛み応えは好きだが、人を選ぶ保存食だ。

 人里を思い出して食うと、美味い飯を思い出してしまう。

「乾物じゃねぇ、肉汁たっぷりな肉が食いてぇ」

 二十日は人里に近寄っていない。

 旅は好きだが、可愛い子ちゃんと酒と飯を思い出すと涎が出てきた。

「ギャカカカッ」

「ナナマキさん、慰めてくれるの? ありがとう」

 優しい、好き。

 俺がナナマキさんに和んでいると、彼女の反応が変わった。

 遅れて俺も気づく。悲鳴だ。

「おぅおぅ。あそこだな」

 遠目に砂塵が舞い散り、何かが怪獣に追いかけられている。

 追跡者の輪郭から見るに、トカゲの怪獣だろう。

 体長は四メートル程、体高は人間より僅かに大きい。

 全身が迷彩皮で覆われている事から、原生生物だろう。

 ジャイアントリザートだな。

「おぉ、速い速い」

 ジャイアントリザードの事ではない。逃げ回る生き餌の事だ。

 不格好なジャンプスーツと、兜らしきモノを被った人間が見える。

 必死に直線を走り、怪獣の噛みつきや凶悪な爪から逃げていた。

 悪く無い判断だ。

 怪獣側の皮が迷彩柄という事は、狩りの方法は待ちからの奇襲だろう。

 まぁ俺達には無関係だろう。

「クココァ」

 だがナナマキさんから、待ったが入る。

「ナナマキさん、どうした?」

「シュァ、シュァ」

「ん? あ、ぁー。良く気づいたな」

 人間は布紐を肩にかけ、前時代の遺産。銃を担いでいた。

 現代では暴徒鎮圧にしか使われていない、時代遅れの武器である。

 使われない理由は単純。

 能力とコスパが、釣り合っていないからだ。

「馬鹿が喰われて死ぬ貴重な瞬間じゃねぇか」

「カカァ……」

 人間や小動物はともかく……怪獣には通用しない。

 なのに銃は貴族から、妙な信仰を受けて居るのも確かである。

 奴らは銃で、怪獣を倒せると思い込んでいるらしい。

 そんなマヌケが偶に護衛を連れて、怪獣狩りを行おうとして……食われて死ぬ。

 生き残ったって話は、聞いた事がない。

「……でも。貴族なら金がっぽり持ってるか?」

「カカカ、カカカ」

「護衛も見てる奴もいねーし。難癖付けてくれば、砂漠に放置すれば良いしな」

「カカカッ」

「よっし、決まりだっ!」

 それが俺と狩人のおっさんの出会いだった。

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