04 河北の劉秀
黄河を越えて、河北。
折からの暗雲は次第に濃くなり、やがてその重みに耐えかねたように、雪が舞い降り始めた。
「…………」
馬上、はらりはらりと落ちる雪をその頭上に受け、黙々と馬を進めるその青年の名は、劉秀。
更始元年冬。
劉秀は更始帝の命により、この河北へと
更始帝が洛陽、長安を
が、地方諸国では群雄が割拠し、ここ河北でも、誰かが何かを策している。
「河北を安んじめよ」
あまりにも漠とした勅命であるが、河北が不安定なのは事実であり、そこを安定させる必要はあろう。
劉秀としても、それは首肯するが、問題は――
「兵が無い。やはり、河北の勢力のどこかへ身を寄せ、兵を得るべきでは」
そう直言して
馮異は、劉秀が略奪を禁じていることに感銘を受け、己の城を明け渡したという男で、以降、劉秀に私淑して、この河北行にも付き従っていた。
他にも劉秀には供がいたが、馮異は彼らと必要以上に
こうした馮異の「やり方」は、彼にある二つ名をもたらした。
すなわち、「大樹将軍」と。
「大樹将軍、ではいかにして、兵を得るか」
これは
「この河北で、誰がどのように動いているか。それを探るほか、あるまい」
馮異の回答は、ごく当たり前のことであった。
だがその「当たり前」が難しい。
劉秀とって、ここ河北はいわば敵地。
誰が信用できるか、分かったものではない。
「…………」
一連のやり取りを聞いていた劉秀は、やはり何も語ることなく、馬を進めていた。
そうこうするうちに、前方に一人の男が見て、おそらく劉秀のことを待っていることが知れた。
「何者か」
鄧禹が
「同じ漢室の宗族、見知りおきあれ」
劉林は含み笑いをしながら拝礼する。
そして、ぜひ
*
邯鄲。
かつて、趙という国の国都であった街。
劉林はこの街で博徒ややくざ者を従え、
そして今、この乱世において、「ある策」を画策していたが、その策の実行寸前に、ちょうど劉秀が来たという次第である。
「赤眉が迫っていると」
「さよう」
劉林の言うところによれば、赤眉軍もまた、劉秀のように黄河を越え、河北への進出を狙っているという。
「そこででござる」
劉林はわざとらしく人差し指を立てて、己が言説を強調する。
「黄河の
「…………」
一種の謎かけである。
劉秀はそう判じた。
おそらく劉林は、この河北の地、邯鄲にて自立を目論んでいる。
その劉林が「黄河の堤を切れ」ということは。
「劉秀どの。この河北においても、長安での出来事はつとに耳に入っておる」
更始帝の酷薄さ。
兄の死。
様々な出来事が、劉秀の胸中を去来する。
「いかに」
黄河の堤を切れば、しばらく黄河を渡ろうとする者はいなくなる。
つまり、劉秀に河北で独立しろと言っているのだ。
「…………」
しかし劉秀は、劉林に対して答えない。
「いかに、いかに」
劉林はなおも劉秀に返答を迫ったが、劉秀はやはり答えず、そのうちに、供の者と相談させて欲しいと告げ、席を立った。
劉林は劉秀の戻るのを待っていたが、いくら待っても姿を見せなかった。そこで手下に探させると、劉秀が邯鄲にいないことが判明した。
「
だが劉林としては、この事態はむしろ歓迎すべき事態であった。
劉林は、おもむろに「ある人物」を呼び、かねてから温めていた「ある策」を実行に移した。
「おれは
荒淫の果てに死んだ皇帝・成帝の落胤、劉子輿。
そう称する男を
実際、成帝の落胤という存在はいたかもしれないが、正式に確認されていない。
ただ、そう称する余地があり、そこにつけこんで天下を狙う輩がいたということである。
劉子輿を擁する劉林は勢いに乗って勢力を拡大し、河北の各地に檄文を飛ばし、使者を送り、着々と味方する都城を増やしていった。
この劉子輿と称する男、本名は
王昌は確かに青史に名を残すことになる。
ただし、
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