依代飛鳥の推論はいつも間違えている

有栖川 黎

第1章 謎の女とオクターブ

 五月の連休が明けるころ、僕は彼女に出会ってしまう。


 彼女は身長約170センチぐらいの大きさで天王洲アイルの波打ち際に架けれた階段の最上段から、こちらを澄ました顔で眺めている。


 僕は彼女に出会った時に少なからず好感を抱いた。


 その好感とは決して卑猥なものではなく、外見的な部分を見て可愛いと純粋に思ったと言うことだ。


 僕は階段を上り彼女の横を通り過ぎるや否や……


「少年!……君は今、わたしの大きな胸に見とれていたね」


 全くの的外れな言動にどう返答すべきなのか……それにしてもスタイルが良くて声も透き通っていてどこか大人な魅力さえ感じてしまう彼女だが、僕と彼女は僕が見るにそれほど年の差があるようには思えないのだ。


 僕が考えるに彼女と僕とではおそらく多く見積もっても10歳ほどしか歳が離れていないだろうと勝手ながら仮説を立てさせてもらった。


「ぼく! お姉さんの声聞こえてる?」


 おや?…ぼく?

 一体、彼女は僕のことを何歳だと思って接しているのだろうか?

ひょっとして、僕のことを高校生や中学生だと錯覚しているのだろうか。


 階段を少し上がると銀色の柱がサークルを描くように設置されているところがあるのだが、そこまで来て僕はようやく返答をする。


「こんにちは、僕ってそんなに若く見えます?」


「勿論見えるよ! 高校生ぐらいにね」


 ここで僕はある可能性を失念していたことに気付く。

 それは僕が162センチと背があまり高くないという最大の外見的特徴であった。


「僕は、背は低いけど年齢は21歳だから高校生なんて青春期はとっくに過ぎているさ」


「そうなんだ……ごめんね。 わたしと4歳差か―少年は夢ってあったりする?」


「ぼんやりとはありますけど…夢がどうかしたんですか?」


「わたしにはね、夢があったんだ。 少年と同じ歳の頃にね」


「今は全くないんですか?」


「全くないね。 夢が無くなってしまうほどに自分がやってみたいって思うことをやりすぎちゃったのかも、もしかしたら日々夢に溢れすぎていていつの日かそれを夢と感じれなくなったのかも」


「ところで、少年は神田にある喫茶店アンジュって言うお店を知ってる?」


「勿論、知りません。それはそうとあなたのお名前は?」


「そうか知らないか―わたしは『神田 天』25歳だよ。名前だけ見るとそらってさ、男の子っぽいから本当にこの人なのかぁ~って疑問の目を向けられがちなんだよね」


「なるほど、それでなぜ喫茶店アンジュを探しているんですか?」


「実はそこには趣味で探偵をやっている人がいてね、その人に用があるんだけど、いつも変装をしていてなかなか見つけられないの。よければ探してくれるかな?」


 僕は返答の為の猶予すら与えられずに彼女から電話番号の書かれた紙を受け取った。


「見つけたら、紙に書いてある電話番号に連絡してくれるかな?」


「わかりました」


僕が一言そう言い残し、かゆい目をこするために目をとじて再び目を開けるころ彼女の姿はもうそこにはなかった。



 次の日の朝、体のだるさと格闘した末に起きることができたのだが…土曜日と言うことに気づかされ二度寝と言う愚行を選択しかけたが、二度寝は生理学的にとてもいいことではある。しかしながら、せっかくの土曜日と言う休みの日を無駄にはしてはいけないという思いが上回り、僕は自転車に乗って神田へ行くことにした。


 とりあえず秋葉原駅前の大きなビジョンが設置されたビルへ行き自転車を止めた。


 ネットを使っても喫茶店アンジュは出てこないので、探すのも無理はないだろう。


 とあるファミリーレストランが堂々と鎮座する交差点を右に曲がり少し進んだのちにT字の交差点を左へ曲がった。


 その通りは神社へと続く小道で急な石畳の階段がまるでラスボスの様に待ち構えている。


 交差点の停止線近くには自動販売機がいくつも設置されていてその様はドリンクバーと言っても過言ではない。


 自動販売機の方へ立ち寄り、有名な杏仁豆腐の様な味がする飲料を購入して後ろを振り返ると妙な喫茶店を発見した。


 お店の出入り口へ近づくと<探偵はいません>と書いた板が扉に掛けてあった。


 怪しい気配しかしないが、とりあえずドアを引いてみると鍵が掛かっていない様で開いてしまった。


 店内にはだれも………いた。


 黒髪で澄んだ瞳をした人だ。


 どうやら暇すぎてただ頬図絵をついている。


 彼女は気だるげに言う「あーお客さん?」


 彼女が店員だとすればいい加減さオリンピックで金メダルを狙える程の逸材である。


「まぁ一応」


「探偵ならいないよ…今日は定休日だし面倒だから帰ってくれる?」


 どうやら、相手にする気はないようである。


 僕は店を出た後に店舗を振り返ると変装をした先ほどの店員らしき人を目撃したので追跡を開始した。


 T字の交差点で何者かと衝突した。


「探偵を尾行しようなんて随分と肝が据わっているのね」


 開始数秒で尾行がバレた…ゲームセットである。


「尾行までして私に何の用?」


「神田天と言う人に頼まれて探偵を探しているんだけど、もしかしたら君が探偵かな?と思って…」


「で...尾行してきたと」


 彼女は僕の全体を見まわした後に全力で逃げた。


 彼女の逃げ足は疾風の如く速さであり、見失ってしまった。


 仕方なく、追うのを諦めて近所のケバブ料理店へ向かう途中に疲れ切って路上で水を飲む先ほどの店員を発見したのだ。


 目が合った。


 彼女は咽て咳込んでしまう。


「ちょっと..どう言うつもり?」


 彼女は若干怒りながら僕に詰め言った。


「いや…単純に偶然また会っただけですよ」


「取り敢えず、付いてこないでくれる?」


 何だか癪に障る言い方だが取り敢えず従っておくことにする。


「分かった、じゃあ僕はケバブ屋さんに行くからこれで」


「って私もこれからケバブ屋さんに行く予定なんだけど…真似しないでもらえる?」


「別に真似なんかしてないしどこへ行こうが自由だろ」


「はぁ~い、そこまで!」


「「!!」」


 煌びやかで高身長の美女が現れた。


「探偵!今までどこにいたの?」


「ちょっと海の風に当たってただけさ」


 なんてキザなセリフだ。


「ところで少年、君は今私のことを鬱陶しい人だと思ったね」


「いや…思ってないですけど」


 探偵はわざとらしく「そ…そんな」と落胆した。


 あまりにも臭い演技で見ているこっちが恥ずかしくなる。


「では、メトロに用事があるので私はこれで」そう言い残して探偵は去っていった。


 僕は少し追いかけて後ろから「神田天さんがあなたを探してましたよ」と言うと探偵は格好つけて気取った歩き方でメトロへ向かっていった」


 人の話を聞いているのか聞いていないのか全く持って分からないが少しだけ分かった事がある。


 探偵は頓狂で引くほど美人であり口角を上げて微笑んだということ。








 







 


 










 

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