第15話 時にカレー

「でもさ、二人がスローライフをしたくて転生したのなら、この状況はありなんじゃない?」


 キリコ天才、と、僕はよくある造りの喫茶店でふんぞり返るキリコにファンコールを送った。


「このぐらい直ぐに気付きなさいよ」

「違ぁう、ちがうちがうちがう」


 けどタイオウはキリコの言い分を否定していた。


「真のスローライフは移り行く時代の変化について行けなくなった時に、世俗とは離れてのんびり気ままに過ごしている所に同じ感じで時代に疲れた美男美女がやって来て、彼女らが抱える問題を一緒に解決して次第に、あれ? スローライフとは一体、汗、みたいなことの連続なんだよ」


 例えが長い上にスローライフから逸脱してるじゃん。


「タイオウくんの掲げるスローライフには何が必要なの?」


 ミサキが僕と手を繋いだままタイオウに聞く、まさかTPOなんて言い出したりしないだろうな?


「大きな目標の一つが、アンドロタイトで生産されている魔道具を持ち帰ること。その代り僕らは日本の企業と交渉し、アンドロタイトにとって必要な生活用品を提供出来ればお互いにウィンウィンだよね?」


 確かに、アンドロタイトにあった魔道具は日本にも流通するようになったら、より便利な社会になるだろう。僕らは日本とアンドロタイトの両国の架け橋になれればいいのかな?


「アンドロタイトの土地を借りて、日本の実験都市をあの町に築いちゃ駄目だろうか、兄さんはどう思う?」


 どう思うって、しばらく考えたい提案だな。

 出来れば僕はアンドロタイトとの交友を断ちたい。


 出なければまた僕はあの世界の封建社会のハラスメントを感じ、辟易してしまう。


「……そう言えば、話は変わるけど、アンドロタイトにカレーなんてあったかな?」

「あったと思うわよ」


 アイスコーヒーを飲み終えたキリコの話だと、アンドロタイトにもカレー料理はあったようで、彼女が王族としての公務の最中に珍味として差し出されたことがあるらしい。


 なら魔王がカレーの件でアンドロタイトに向かうよう促したのは、策略ではなさそうだ。


「よし、それだったら今からアンドロタイトに行ってみようか」

 僕の提案に、みんな賛成と言った表情で、手荷物をまとめて席を立った。


 割り勘で喫茶店の飲食代を支払うと、ジーニーが僕の裾を引っ張る。


「何?」

「このビルにブックストアはありますか? 漫画を補給したいのです」

「えっと、漫画って意外と高いんだ。今手持ちの金じゃ買えないかも」

「オ~ノ~、それなら仕方ないですねぇ」

「今度僕と一緒に漫画喫茶に行こう」

「漫画喫茶? そんなお店まであるのですか」

「あそこの品ぞろえは僕の家の比じゃないし、一泊して好きなだけ漫画読めるよ」

「天国じゃないですかぁ~、ありがとうデュラン、キスしてあげますねぇ」


 前世の時から付き合いのある恋人は三人。

 元は王族の者だったキリコと。

 旅の途中、至高の召喚士として出会ったミサキと。

 魔法廃人で、滅多に人前に姿を見せなかったジーニー。


 僕はこの三人とは以前から恋人関係でいれたけど。

 惜しむらくは、日本には一夫一妻制という障害があることだった。


 なら、僕が彼女達を一生傍においておけるのは結局アロンダイトなのだろうか。


 喫茶店を出て、ジーニーの頼みで先ずは書店で漫画のタイトルを眺めた。日本の漫画は月に何百作品にものぼるタイトルが出版されている。今後も漫画家を目指す人が多ければ、無限に漫画は作られていくだろう。


「いやぁー、日本の漫画は面白いですねぇ~」

「下見はもういいだろ? 今日はアロンダイトに行くよ」

「はーい」


 して、僕達は駅ビル広場の改札口前にある臙脂色の焔――アロンダイトに向かうことが出来るマーカーに触れ、転移すると、草原の暗雲が掛かり、雨がざんざん振りだった。


「誰か折り畳み傘持ってきた?」

「一応私持ってるけど、イッサと私の二人しか入れないよ?」


 準備のいいミサキだけが折り畳み傘を常備していたけど、参ったな。


「皆さんお困りですか? 雨が降っているのなら雨雲をどかせばいいじゃないですかぁ~、このくらい、魔法を極めた私ならお茶の子さいさいですねぇ」


 と、魔法廃人のジーニーが言うと、上空に乱気流が発生し、黒い雨雲は一点に絞られるよう流動し始めた。僕はお目に掛かったことのない壮観な光景に、心がわくわくしている。


 そしたら雨雲は端から霧散していくと同時に、蜘蛛の糸のような尻尾を垂らし始めた。その先には手に小瓶を構えたジーニーが待っていて、雨雲の尻尾は小瓶の中にするすると吸収されていった。


「はぁい、雨雲をこの瓶の中に封じました。デュラン、これあげますね」

「ありがとうジーニー、本当に魔法を極めたんだな」

「これも女神様のおかげですよね、ハッハッハ」


 今は女神に感謝を。そう思っているとミサキが魔力を溜めていた。


「ミサキ、召喚してみるのか?」

「うん……ジーニーの魔法見てたら、私もやってみたくなった」


 一体何を召喚するつもりなのだろう、僕はミサキの召喚術を見守る体勢に入る。


「来て――スカラヘッド」


 ミサキが召喚獣の名前を呼ぶと、ボン、という音と共に白煙が上がった。


「我々を呼んだのはどなたで?」


 白煙の中にいるであろう召喚獣は、召喚主の素性を訪ねていた。


「久しぶりだね、私のことわかる?」


 と、ミサキが尋ねた先には全長三メートルサイズの骨だけのドラゴンがいた。こいつはスカラヘッドと言うのだが、スカラヘッドの正体は意識を持った骨モンスターの集合体であり、様々な形に変形が可能でとても便利な召喚獣の一匹だ。


「もしかして、イザベル様?」

「そうだよ、嬉しいな、転生しても私のこと分かってくれて」


「僕らのイザベル様が帰還しなさった、今日は宴!」

「イザベル様おかえりー! イーザベル! イーザベル! イーザベル!」


 ミサキはスカラヘッド達から歓迎されている。

 折角の再会で喜び合っている所悪いんだけど、早速お願いしちゃっていいかな?


「あのね、先ず、私の名前はミサキになったから今後はそう呼んで。あと早速で悪いんだけど、私達を街まで運んでくれない?」


 ミサキがスカラヘッドに頼み込むと、骨が変形して六匹の大鳥になった。

 僕らは各人、スカラヘッドに飛び乗る。


「街はここから北に街道を辿った先にあるから、そこまでお願いね」

「お安い御用だよ、おかえりイザベル!」

「だから、私の名前はミサキだって」


 他にもミサキは様々な召喚獣を従えているのだけれど、平和なこのご時世にわざわざ召喚するかはわからない所ではあるな。


 スカラヘッドの協力もあって、街には三十分で着いた。

 上空から滑空するように街に降りると、遊んでいた子供が僕らに声を掛ける。


「デュラン様だ! お母さん、デュラン様来てくれたよー!」

「まぁまぁまぁ、これは大変、デュラン様、この街をお救い頂きありがとう御座いました」


 街の人は口々にお礼を言う。


「大したことしてませんよ、タイオウ、これからどうする?」

「各人自由行動じゃ駄目かな、どうやら兄さんと僕は目的が違うみたいだし」

「助かるよ、ならこの後は自由行動ってことで、でも余り遅くならないようにな」


 そう言うと、キリコが僕の腕に勢いよく組み付いた。


「あたしはデュランと一緒に行動するわ、文化祭の時はデート出来なかったしね」

「僕の目的はアンドロタイトのカレーを調査することだけど、それでいい?」

「大丈夫、デュランと一緒にいられるのなら何だって楽しいし、嬉しいの」


 ということで、僕はキリコを連れて先ずは街の人々に聞いてみた。


「アンドロタイト料理のカレー?」

「はい、何か知っていたら教えて欲しいんです」


「申し訳ありません、私はカレーのことは、珍味としか聞いてなくて、親しみがないものになります。恐らくですがここよりもっと大きな街に行けば、カレーの情報が手に入ると思うのですが」


 大きな街に行けばカレーの情報が手に入るかも、か。

 キリコは僕の腕にしがみつきながら、その街のことを尋ねると。


「ここから東に五十キロ行った先に、大都市まで出ている連絡船用の港があります。それを経由して向かってもらえば宜しいのではないかと」


「ありがとう、そうするよ」

「あ、ちょっとお待ちを。大都市に行かれるのでしたら私の父に手紙を届けて欲しくて」

「いいですよ、でも土地勘がないので、無事に渡せるかは保証できませんが」

「今手紙を用意いたしますので、少々お待ちくださいな」


 さぁ、いよいよアンドロタイトのカレーの物語が本格的になって来た。

 僕もカレーは好きだし、カレーは飲み物っていう意味も理解できる。

 けど本格的な奴になると、また嗜好が違って来るんだろうな。


 一つの料理なのに、作り方によって変幻自在に顔を変える。

 だからカレーって好きなんだと思う。


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