第130話 青春を忘れた大人達

 ――こうして、人々はまた明日を迎える事になる。いつも通りに回る世界と動く人々。乗り物たちは、道路のあちこちに溢れかえり、建物の風は吹き続ける。音は、町中あちこちから聞こえて来て、時には大きなモニターに映った人が動いていたりする。そんな騒がしい世界で、この日も話合いは行われていた。


 ――光星VS扇野原の引き分け問題だ。この会議は、予想以上に長引いていた。会議に出席しているインターハイ運営の1人であり、日本バスケ教会の役員でもある白髪のおじいさんが、怒鳴り声を上げている。





「いい加減にしろ! この話し合いは、本来なら昨日でほぼ確定して、今日は確認程度で終わらせる! それでスケジュール通りに大会を進めていけるとあれほど言ったではないか! もう我慢ならん! 会議は、5時間も遅れているのだぞ! 冬木監督! ……アナタは、何をお考えなのだ! アナタの学校が例年通り二回戦進出で決まり! これで万事解決だろう! 世間だって許してくれる! 扇野原ファンは、多いからな。……それなのに、アナタはどうしてさっきから反対意見ばかりを申するのだ! 勝ちたくないのか?」



 このおじさんの意見に対して扇野原の監督である冬木桜太は、冷静に前髪をいじりながら熱の籠った声で答えた。



「……勝ちたいですよ。えぇ、そりゃあ勝ちたいに決まっている! それは、私だけでなく選手達だって同じだ!」





「……ではなぜ!?」



 冬木は、言った。



「……こんな形で勝利する事など我々は望んでいないからです! 確かに実績や現実的な強さで行けば私達の方が上だし、奇跡でも起こらん限り我々が他の学校に負ける事などあり得ません! 断言できます! 私は、そのつもりで彼らを育ててきたのですから!」




「……」


 冬木の話には、他の会議に参加している人々も皆、しっかり聞いていた。冬木は、一度深呼吸をしてから更に言葉を発した。



「……しかし、それでも光星にだけは勝てなかった! 私達は、光星にだけは勝つ事が出来なかったのだ! 引き分けなのですよ! 東京最強と恐れられた我々扇野原のバスケの歴史が、2日前のあの試合で完全に終わってしまった。私達の伝統も強さも……前の試合のたった一回で! こんなの……王者としての私達のプライドが傷つかないわけがないじゃないですか!」




 会議の場は、冬木の言葉によって凍り付いた。彼らは、だんまりとした雰囲気の中で口を固く閉じて、何も言わずに黙っていた。




 すると、そんな沈黙の会議室でそれまで立ったまま話をしていた冬木が急に座ってだらんと力の抜けた姿勢で椅子に座ったまま言葉を発した。




「…………扇野原高校に関するSNSやネットの書き込みを読んだ事ありますか? 2日前の試合を受けてネットでは「これだけの試合をしたのに扇野原が2回戦進出するってマジかよ?」「流石に光星が可愛そうだ……」「新しいものを認めようとしない老害大国日本の象徴」など……酷い意見ばかり届くんだ。私達、大人がボロクソ言われるなら良い。でも、扇野原高校という……関係ない子供達にまで被害が及ぶのであれば、私は我慢ならない! 子供を傷つけるために私は、教師になったわけじゃないんだ! 子供に後悔を植え付けるためにバスケ部の顧問をやっているわけじゃないんだ! だから、私は……反対だ。こんな風に私達だけが楽に勝って二回戦以降に出る位なら……このまま敗退しちまった方がマシだよ。……それは、きっとだって同じだ」



 冬木の魂の言葉にインターハイの大会運営陣は、納得せざるを得なかった。彼らは、しばらくの間何も喋らなかった。そして、そうやって少しの間だけ沈黙が続いていたが、とうとうある1人の大会運営の職員である中年のメガネをかけた女性が口を開いた。



「しかし、どうすれば? 両校とも勝ちとするのは、トーナメント方式を採用している以上不可能です。どちらかを敗退としなければ……冬木監督、アナタの意見はよく分かります。しかし、やはり大会の宣伝なども考えると扇野原の勝利とする方が、やはり妥当かと……」



 すると、そんな中年女性のセリフの後に冬木は、少しだけニッコリと笑った顔で言った。




「……それなのですが、良い考えがあります。昨日一日、考えてみたのですが……やはり、2回戦進出は光星に譲るべきであると私は思います」



 冬木の言葉に大会運営チームの人間達と日本バスケ教会の人間達は、唖然として様々な所で声が飛び交うようになった。中には、あの人は狂っているんじゃないか? なんて声も聞こえてくる程だった。そんな中で1人の役員が、大きめの声で冬木に文句を垂れた。


「いい加減にしろ! 自分達のブランドを理解した上での発言か!」



 しかし、それでも冬木は構わず話を続けた。



「まぁ、落ち着いて聞いてください。私もただで光星を2回戦進出させるわけではないのですよ。……考えとしてはこうです。光星は2回戦進出。そして私達、扇野原は決勝戦進出です」





「……は?」




「なんだって?」




「どういう事だ?」




 会議室は、更に賑やかになる。そんな中、意味をよく理解できていない役員たちに向けて冬木は、言った。





「……要は、両校とも引き分け。つまり、両校とも勝利という風にも捉えられるので……私達は例年通りシード校として最初から決勝戦進出が決定。そして、光星も勝った扱いで2回戦へ進出。というわけです。まぁ、トーナメント表が1つずつズレるんですよ。決勝戦が準決勝となり、決勝戦では我々扇野原と勝ち上がってきた高校との試合になるわけです」



 冬木の更なる説明を聞いてやっと少しだけ理解できた役員の1人が言った。




「……そんなメチャクチャな!」



 すると、冬木は少しだけその男の事を睨みつけて言った。



「……代表なくして課税なしという言葉が歴史科目の中に出てきます。……おっと、失礼。私は、社会科の教員でもあるものでして……しかしまぁ、おかしな話ですよね……。光星高校と我々の試合の話合いだというのに……光星高校さんから代表が選ばれておらず、出席すらさせて貰えないだなんて……。一体どちらが、メチャクチャなのでしょうか?」




 冬木がそう言うと大会運営チームの中で最も最年長の白髪のオールバックのお爺さんが冬木の事を睨みつけた。



「どういう事だね?」




 それでも、冬木は一歩も引かない。



「……あなた方に我々の試合の今後の事を決める権利などない。そう言いたいのですよ」




 両者は、しばらくの間睨み合った。そして、その様子を遠くから見ていた他の出席者はとても気まずい雰囲気の中で生唾を飲み込んで2人の行方を見守っていた。









 しばらくして、オールバックの男が、立ち上がって言った。




「……よろしい。では、冬木監督の考えを採用しよう。トーナメント表を作り直せ」



 そう言い終えると、男はそそくさと会議室から出て行こうとした。しかし、出ていく直前に男は、背中を向けたまま低い声で言った。




「……しかし、もしこれであなた方が予選敗退した場合、来年以降の扇野原のシードは、ないと思え…………」




 男のその一言を聞いていた冬木は、得意げな顔で静かに答えた。



「……構いませんよ。また、実力で獲りに行けばいいだけの話です。私達は、強い……」


















 その言葉を聞いた後にオールバックの男は、部屋から出て行った。そして、それと共にこの話し合いも終了となったのだった。



 かくして、扇野原の決勝戦進出と……光星の2回戦進出が決定となった。しかし、この事実を天河達が知る事になるのは、もう少し後の事であった……。

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