第108話 シックスマンの過去

「次! 名前と出身校!」


 それは、2年前の春。唐菖部航とうしょうべわたる達が一年生としてバスケ部に入部したばかりの頃の話。




「おっ! 来るぞ来るぞ!」


「東村だ!」



「東村ってなんだよ?」


「知らねぇのか? 東京で一番強い中学だよ」


「何だって~!」



 まだ4月になったばかりで桜の花も散り始めたばかりの青い春と桃色の風が吹き抜けていた頃から唐菖部航の噂はとんでもなかった。周りの上級生達もそれだけ、彼への期待は大きかったのだ。


「唐菖部航です! 東村中学出身で、ポジションは……Cセンターとシューター以外はやってました!」


 部活の自己紹介が終わると上級生達は、航の元へ集まって、まるで留学してきた外人に興味津々になっているクラスメイトのように次々とマシンガントークをし始める。



「君さ、試合には出てたの?」



「おいおい! ダンクできるか? やってみせてくれよ!」










 これだけ期待されていた事もあって航は、早い段階から上級生達と混ざって練習をするようになる。この当時は、まだ金華も鳥海も百合も種花もひよっこの一年坊の1人として認識され、彼らは他の一年生に混ざって基礎練をしていたのだが、航だけは上級生からの期待と何よりもそこまで言われる男なのかどうか見極めたいという顧問の願いから特別に上級生達と同じメニューで練習を行う。


 最初の頃こそ温かく歓迎された彼だったが、しかし徐々にこの理想は打ち砕かれる事となる。他の上級生達と同じメニューをこなしていくようになった航だが、練習には全然ついていけなかった。段々、上級生達もそんな彼に対してイライラするようになり、更にそんな中でインターハイが始まってしまう。当時の扇野原も様々な人々達から全国大会優勝間違いなしと言われる程の実力を持っており、その期待はやはりとんでもないものだったのだが、彼らはなんと一回戦で負けてしまう。





 その理由は、航にあった。


 上級生達は、この時から完全に航への態度を一変。部活内でのカーストは、最低をも下回った。同じ一年生からも試合に出ていた事があるという嫉妬から無視をされ、上級生達からも毎日のように「お前のせいで負けたのだ」と言われたり、時には暴力だって振るわれた。練習も他の一年生達と同じものに戻され、彼の高校生活は一気にどん底へ叩き落された。また、そんなある時に光星では、白詰達4人が部活に来なくなったという連絡を天河から貰っていた事もあり、いよいよ彼がバスケットを続ける意味がなくなってしまう。



「もう……良いか」



 ゴミ出しの日に彼は、バッシュを持って外に立ち、そんな事を一人でボソッと言っていた。だが、彼にはこのバッシュを捨て去る事はできなかった。何故ならこのバッシュは……大切な中学時代の思い出そのものだったから……。















           *


 インターハイ予選一回戦。扇野原VS光星の試合は、第4Qに突入していた。扇野原最強エースこと、唐菖部航と光星の白詰想太の一対一のぶつかり合いが展開されていたが、その実力差はどんどん広がって行く一方だった。




「おせぇよ!」


 ドリブルをする白詰が、航を抜きに行こうとしたその時、ボールが一瞬だけ航の目の前でバウンドしたその瞬間に航は、手を伸ばして白詰からボールを奪い取る。



「……ちっ!」


反応の遅れた白詰は、すぐに後ろを振り返って走り出す。


「待ちやがれェ!」



 しかし、彼が全力で走っても尚、航には追いつけない。白詰は金華の言っていた事を思い出しながら心の中で思った。





 ――コイツ、マジにどんどん速くなってやがる……。全然追いつけねぇぞ!





 気が付くと、航は白詰よりずっと先にいて、彼は軽くステップを踏んだ後にレイアップを放ち、得点を重ねる。それは、この試合中始めて扇野原がリードをした瞬間でもあった。6点差になったのだ。





「うわあああああ! マジか! 速過ぎるぜ! 航ぅ!」




 観客の興味も今、扇野原に移ろうとしていた。そんな順調になりつつあるこの瞬間を扇野原ベンチの特等席で見ていた監督が、安心した顔で思うのだった。




 ――白詰君か……。うん、噂には聞いていたけど……でもまぁ、全然だね。うちの航君に比べれば……。ふふふっ、なんといっても……うちの航君はただ速いだけじゃないんだ。




 彼が、そんな事を思っているとコート上では光星の攻撃がなんとか成功して4点差再び4点差に戻る。



 しかし、続く扇野原の攻撃でまたまた航にボールが渡り、観客がまた一気にわぁっとお祭り状態に……。監督は、ベンチで航が持っているボールを見つめながら得意げに言った。




「うちのエースは、君と違ってなんだ」





 すると、その刹那に航は3Pラインの外側から突然シュートを撃った。





「なんだと……!?」


 驚いた白詰。彼は昔を思い出しながら心の中で思う……。





 ――航は、長距離苦手なはずじゃ……!? まさか……!





 そのまさかだった。見事に彼のシュートは入ってしまう。ネットをボールがするっと潜り抜けて、スコアがランプが3回カチカチカチと点滅した後にまたも会場が湧いた。




「すげぇ! 決まった!」



「航の3P!」



「マジに全員が3P撃てるのかよ! 扇野原!」





 点差は、7点。少しずつ少しずつ……その差は開いて行く。白詰は、悔しさのあまりついつい、走る事をやめて舌打ちをしてしまう。するとそこへ、すかさず天河がドリブルしながらやって来て声をかける。



「ドンマイ! 切り替えてこう! OFだ」



「……おう」




 そんな白詰の姿を見て扇野原監督は、思うのだった。





 ――ふふふっ……。3Pが撃てるようになっただけだと思っているだろう? ふふふ……。






そんな監督の思いが届いたのか、コート上では白詰が焦ったシュートを投げるように撃っており、それを見た扇野原監督は更に思うのだった。 




 ――ちょうど良い見せ場だぞ。航君……。





「リバウンドぉ!」



 監督は、この試合初めて叫んだ。当然、ベンチにいた他の人々は驚いたが、それよりもコート上ではボールをとろうと、ビッグマンである狩生や霞草がゴールの下で待ち構えており、彼らが必死にスクリーンアウトをしている姿があり、ビッグマン達がボールが転がり落ちて来た所を狙って一斉にジャンプをして手を伸ばし出す様子が見えた。だが、そこへ急に全く違う方向から別の第三者が乱入してくる。




「何ィ!?」


 霞草は、驚きの余りつい声を出してしまった。なんと、身長190cmちかくのビッグマン達が戦う戦場に突如としてギリギリ180cmの体格もどちらかというと細めの唐菖部航が、乱入していたのだ。彼は、霞草の獲ろうとしているボールを横からかっさらう。これを見ていた天河も驚いた。



 ――霞草からボールを奪うだと!?





 だが、驚くのは、これだけじゃなかった。この後にボールを持った航は一気に走り出し、反対側のゴールに向かった。すると、突如彼の目の前に1人の男が現れる。




「撃たすかぁ! 航!」



 白詰だった。なんとか追いつけたか彼が航の前まで来てDFの構えをとる。すると、その瞬間に航は








 ――刹那、白詰の視界から航が消え去る。






「くっそ……!」



 抜かれてしまった。しかも、本当に一瞬にして……。そして、そのまま航が追加で点数を取るのかと思われたその時、彼がジャンプしてレイアップを撃とうとしたその瞬間の事だった。





「やらせん!」



 光星の白詰に次ぐもう1人のスピードスター、天河が走って来ていたのだ。彼は大きくジャンプして航のレイアップを止めようとした。その勢いに任せたジャンプを見た航は、黙ってわざと自分の体の横を天河にぶつけながら、何食わぬ顔でシュートを撃ってみせた。




 ――ピピィィィィィィィィ!




 と、審判の笛の音。その瞬間に放たれたシュートがあちこちに転がりながらも最終的には、リングの中へと入ってしまう。審判が言った。




「DF!チャージング! 青4番! バスケットカウントワンスロー!」




 航の3点プレイだった。ここでとうとう、点差は9。






 ――いや、航の事だ……おそらく点差は、10になる。



 と、航の事を見ていた白詰が思う。そして、まるでそれに対して対話でもするように着地したばかりの天河も心の中で思った。




 ――あそこから普通、ファールで3点プレイとかできるものかよ……。





渋々と言った様子で手を上げる天河。彼のこの試合初めてのファールでもあった。後から悔しそうな顔をして光星の他のメンバー達もやって来る。それを見て、航は元チームメイトの5人に向かって不敵に笑ってみせた。……彼は言う。






「……もう、昔の俺とは違う。……そうだ。俺は、お前らのとは違う!」







 この言葉に、天河達は胸を貫かれる思いをした。……それは、今まさに彼らが乗り超えたいと思っていた壁の存在でもあった……。







       扇野原VS光星

      第4Q残り8分36秒

         得点

        92VS83

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