サドンデスマッチ
上野蒼良@11/2電子書籍発売!
part1 サドンデスマッチ
序章~プロローグ~
試合再開! という審判の言葉と共に、彼らはコートに戻る。
「東村ボール!」
審判がそう言うと共に「東村」と大きく書かれた白いユニフォームを着た1人の男が、ドリブルで自分達の攻める側のコートまで走り出した。
「――取るぞ! 一本だ!」
バスケットコートの真ん中に描かれた――センターライン。そして、センターサークルと呼ばれる大きな円。そこを超えてから、ドリブルをしている男は、言うのだった。
その男は、コートの全体をチラッと見て、他の4人の仲間達の状況を確認した。
「…………!」
彼は、すぐにまずい状況にある事を理解し、その表情を曇らせた。
――ヤベェ。相手は、本気だ。
そんな事を思いながら男はドリブルを続ける。
試合時間残り23秒。彼らのチームは、僅か1点差で負けており、このまま時間までに得点できなければ、負けとなってしまう。今すぐにでも得点したい気分ではあるが、この相手の
相手のDFは、彼らに1点もやらまいと気合の入った様子で
――まさに隙が無い。並みのチームなら、こんな土壇場でここまで全身全霊のDFを見せられただけで、諦めムードとなってしまう事だろう。
しかし、今コートで戦っている東村中学の5人は、違った。――この時の彼らには、”諦める”などという言葉は一切存在しなかった。
5人は、敵のしつこいマークにあいながらも必死でこの状況を打開する方法を模索し、色々動いてみたりして、とにかく1点でも点を取りに行こうと藻掻いていた。
――残り18秒。
男は、もう10秒近く一人でドリブルをしたまま、鋭い目つきで目の前の敵を睨みつけていた。
――後、3秒だ。その間に、パスができなきゃ……。
・
・
・
コートの外のテーブルに置いてある大きなタイマーが「15」を表示する。
――刹那、男は物凄いスピードでドリブルをし始め、ゴールへと走り出した。
「……しまった!」
男の目の前にいた黒いユニフォームを着た相手選手は、そのあまりに突然の
「――止めろ! 1点も取らせるなぁ!」
コートの外から、敵チームの監督が怒鳴り声を浴びせてくる。それと同時に、ゴールの近くにいた大きな体の敵チームの選手達が、走ってくる男へ近づいて来る。
「よしっ! そのまま身長差を生かして潰せェ!」
敵チームの監督が、強い声でコートにいる選手達へ気持ちをぶつけると、それを聞いてか
――ここだ!
そしてその刹那、男は振り向く事なくドリブルしていた手のスナップを利かせて後ろへビリヤードの杖を一押しするようにバスケットボールを物凄く素早く飛ばす。
「なっ、なにぃ!」
この試合を見ている全ての者が、男の美しくスピーディーで真っ直ぐなパスに驚いた。
……ボールを受け取ったのは、3Pラインの外側に立つ「東村」のユニフォームを着た坊主の男。
彼は、ボールを持つとそのまますぐに3Pシュートの構えを取った。
「止めろォ! 今すぐに止めに行けェ!」
敵の監督が、足をガンガン地面に打ち付けながらそう言った。
「…………!」
――まずい!
パスを出した男は、驚いた。何故なら、自分がゴール下に向かって走った影響で敵のDFの動きの全てが自分へ集中したと思っていたからだ。
しかし、そうではなかった。――敵チームのDFは、彼が坊主の男にパスを出す事など見切っていたのだ。
坊主の男へ、DFがとてつもない圧をかけてきて、3Pシュートを撃たせまいと妨害してくる。
「……クソッ!」
果敢に坊主の男は、ボールを盗られまいと手を伸ばしたり、上体を捻ったりしてとにかく必死に体を動かした。
「――だったら、これで!」
その瞬間、坊主は敵のDFを避けつつ、美しいシュート
「…………とべぇ!
相手チームの監督が、必死に叫び、敵のDFが高くジャンプしてシュートを撃とうとするその手に向かって襲い掛かる。
……会場の誰もが、この3Pは入らない。止められると確信しただろう。実際、DFのジャンプは本当に高かったし、坊主の男が腕を上げたのとタイミングもドンピシャだった。
しかし次の瞬間、会場にいる敵チームの選手達。そして、彼らを応援する者達全ては自分達が騙されていた事に気づくのだった。
――バシッ! と音を立ててボールが坊主の男から、その前にいるメガネの男へとパスが回される。
「――なんだと!」
敵の監督が、そう言った時にはもう遅かった。そのメガネはボールを持って、DFが近づいてきた瞬間にゴール下にいる日焼けした肌が特徴的な大きい体の男に、
「――ゴール下へ近づけるなぁ! その肌の黒い男は、絶対にゴール下に近づけてはならん!」
監督が裏返った声で叫ぶと同時に、色黒の男の後ろでディフェンスの構えを取っていた男が更に腰を下げて、ゴール下に突っ込んでくる事を警戒したその時だった……。
――色黒の男は、突っ込んでくる事なく高速でゴールの方を向いてそのままボールを高く投げてきた。
「リバウンドだ! あのシュートは外れるぞ! リバウンドを取るんだァ!」
――試合時間、残り2秒。敵チームの選手達は、シュートが外れてゴールから落ちてくるボール――リバウンドを取ろうと、ゴールの下に集まって、上を見上げていた。
――1.9…1.8…1.7……。
タイマーが時を短く高速で刻みだす。
敵チームの選手たちは、この短い時間の間にもリバウンドを取る準備を完全に整えていた。最早、この完璧な布陣に東村中学の選手達が入り込む余地はない……。
その光景を遠くから見ていた敵の監督は、ガッツポーズを決めて勝利を確信する。
――1.6…1.5…1.4…1.3……。
しかし、ここで敵チームの監督は目の前の光景に違和感を覚えだす。
――東村中学の選手達が誰一人としてリバウンドの準備を始めてすらいなかったのだ。
どういう事なのかと敵の監督は少しだけ考え出した。
――すると「東村」と書かれた白いユニフォームを着ていて、スポーツブランドの名前が印刷されたヘアバンドを身に着けた1人の選手だけが、ゴール下に向かって走り出す姿を監督は目撃する。
「まさか……!」
――1.2…1.1…1.0…0.9…0.8……。
監督が気づいた時にはもう遅かった。色黒が高く投げたボールは、ちょうどゴールの手前の絶妙に届かない位の位置へと落下していき、そしてそのボールを正確に目で追いながら、走った勢いにまかせて高くジャンプしたヘアバンドの男は、空中でボールをしっかり掴む……!
「――アリウープだとぉぉぉぉ!!」
敵監督の最後の叫びが、コート上に響き渡る。
――0.7…0.6…0.5…0.4…0.3…0.2……。
ヘアバンドの男は、空中で持ったボールをそのまま勢いよく、ゴールに叩きつけるように、片手でねじ込んだ……!
――ガショオオオォォォォォォォォォォォォンンンッッ!!!
――0.1…………!!
終了のブザーと共に、審判が2本指を下に勢いよく下ろして、今のダンクシュートが得点としてカウントされている事を笛で宣言する。
――試合終了。この試合に勝利した東村中学は東京都ナンバーワンの称号を手にしたのだった。
彼らは試合の後、何度も喜びの涙を流し合い、勝利の雄叫びを上げ、心からこの瞬間を楽しんだ。バスケットをしていて良かった。そんな風にさえ、彼らは思っていたのだ。
*
――それから、しばらくして試合が終わったその日の夜、彼らは自分達の家の近くにあるバスケットコートのある公園に集まり、拳をくっつけた状態で誓うのだった。
――
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