猛撃のディープレッド (6)

 硬貨を入れる。

 少し迷い、ボタンを押す。

 がこん、と音立てて飲料が取り出し口に現れる。


「おおー! ホントに出たよ! 資料で見ちゃあいたが、いやスゲエもんだな『海の向こう』の技術ってのは冷たいし」


 ややはしゃぎながらコーヒーの黒い缶を矯めつ眇めつする垂れ目の男。リヴァル・モスター。


「で、どうやって開けるんだっけコレ」

「さあ。書いてあるんじゃない」


 素っ気なく返すのはリヴァルと共にやって来た連れの少女。スティア・イルクス。長い髪を一筋弄びながら、彼女は辺りを見回す。


 敷地を縦横に走る広い石畳の道。交差点には噴水があり、何台かのベンチと自販機がそれを取り囲んでいる。道の外はよく手入れされた芝生が一面に広がっており、平時なら遊んだりくつろいだりする者達がいるのだろう。


 いわゆる公園と呼ばれるこの場所に、しかし今、人の姿は無い。ダンジョン発生事件が発生した場合、隣接区画の一般人は自宅などへの自主待機を推奨されているからだ。


 だから今、大抵の一般人がとる選択肢は二つ。真面目に建物の中に居るか、刺激を求めてダンジョン見物に行っているかのどちらかしかない。行動を起こす格好の盲点に、スティア達は今居ると言う訳だ。


「……あ、ホントに書いてある。丁寧な仕事だなあ。えーと、こうすんのか」


 パキ、と音立てるプルタブ。リヴァルはベンチに腰を下ろし、コーヒーを一口すする。


「ウーン。異次元の味!」


 スティアは座らない。何となく腕を組む。


「それで? これからどうするつもり?」

「どう、とは?」


 首をかしげるリヴァル。飲み続けるコーヒー。美味いのか、不味いのか。とぼけているのか、本気なのか。判然としない表情。


「侵攻計画。私達は輪海国エルガディアを……滅ぼしに来た。その為の段取り、でしょ。こんな事してるヒマあるの?」

「さて、そこだ」


 言って、リヴァルは残りを一息に飲んでしまう。


「俺達は、『乗合馬車キャリッジ』ってのは、そもそも一人一人がそれぞれの勢力の代表だ。確かに最終的な結論は同じかもしれんが……」


 ひょう、とリヴァルは空缶を投げる。放物線を描いて噴水を越えるそれは、反対側の屑籠へ見事に吸い込まれた。


「……そこへ至るまでの道は、一つじゃあない」

「なにそれ? 途中下車でもする気?」


 苦笑するスティア。だがリヴァルの表情は変わらない。

 スティアの笑みも、そこで消える。


「……冗談でしょ? ホントに降りるの? ようやくエルガディアで安定して実体化できるだけの魔力リソースを確保して、破壊計画も順調に進んでるのに?」

「逆、逆。ここまで計画が至ったからこそ、ようやくアクションが起こせるのさ」

「リヴァル・モスター……!」


 反射的に構えるスティア。右掌、魔力の光が灯る。

 対するリヴァルの表情は、やはり変わらない。ゆるゆると首を振る。


「止せ止せ。そもそも君は輪海国エルガディアの破壊には、それ程積極的じゃあない筈だ」

「それは、けど、だからってギューオとの契約は? 拘束力、が」


 そこで、スティアは気付く。

 今、ギューオ・カルハリはティンチ飲料工場へ展開されたダンジョンの中に居る。連絡を取る事は出来ない。現状、『乗合馬車』の契約が拘束力を発揮する事は無い。


 ――この世界における契約とは、大別して二つの種類がある。

 一つは口頭や文章など、良識と法律に基づく契約。これは『海の向こう』に存在するものと同様だ。

 もう一つは、魔法を素地とし、精神に刻まれる契約。『海の向こう』に存在しないこれは、むしろ呪いの概念に近い。


 あれをしろ。これをするな。乗合馬車の面々は、主任であるギューオからそのような契約を受けている。そしてもしギューオが違反を発見した場合、契約の術式は速やかに対象の自由を奪う。スティアのいう拘束力とはそれだ。


 そしてそれが発動するのは、「ギューオに発見された場合」だ。


 ギューオ・カルハリは、今。ダンジョンで順調に進行している作戦に、かかりきりになっている。他の作戦への対応は仲間に任せきっており――状況が破綻する事なぞ、夢にも思っていないだろう。


「そういう事。クレイルにしたってギューオ主任の援護につきっきり。現状、俺の粗相が知られる事は絶対に無いワケさ」

「だからって……!」


 言いかけ、スティアは口をつぐむ。強く、首を振る。長い髪が激しく踊る。


「確かに。アナタの言う通りの状況になってたみたいね」


 ギューオとの連絡断絶をどうにも出来ない現状、言い合いをするのはそれこそ時間の無駄だ。スティアもそれぐらいは弁えている。

 ならば、次にとる選択肢は。


「だったら、そもそもの話。アナタは何を考えてるの? リヴァル・モスター。何を待っているの?」

「んー。まあ「何を」と言うか。「誰を」だな、ソコんとこは」

「「誰を」、って……まさか、エルガディアの人間と勝手に連絡を!?」

「搔い摘むとそうなるかな。もっともホントに来るかどうかは五分五分――」


 言いかけたリヴァルの耳が、足音を捉える。

 数は一。石畳をまっすぐに進んで来た来訪者は、程無く噴水前へと至る。そして、リヴァルとスティアを確認する。


「見つけたぞ、『乗合馬車』」


 右上腕部にプレートを固定した、ネイビーブルーの戦鎧套メイルスーツ

 カドシュ・ライルが、そこに立っていたのだ。


◆ ◆ ◆


 その、少し前。


 輸送車両の座席に座ったまま、カドシュは押し黙っていた。

 窓の外には流れる景色。運転はアンバーの時と同様、フレイムフェイスが遠隔で行っている。彼らは今、映像から割り出した被疑者達の下へと向かっているのだ。


「……」


 何をするでもなく、窓の外を眺めるカドシュ。その窓枠の右隅へホロモニタが現れ、フレイムフェイスのアイコンが出現する。


「納得できない」

「え」

「そう、顔に書いてありますよ」


 言葉に詰まるカドシュ。フレイムフェイスのアイコンがくるりと回転する。


「不安になるのは分かりますが、大丈夫ですよ。タームハイツでも話した通り、今から行うのは彼らへの接触。そして交渉です」

「ええ、そこは分かってるつもりです。もし混乱や決裂が生じた場合、被害を最小限とする為にもネイビーブルーだけがまずは赴く。そうですよね」


 カドシュの言葉通り、彼らが乗る兵員輸送車の周囲にエルガディア防衛隊の車は無い。彼らのみで、割り出された被疑者の下へと向かっているのだ。

 こうした状況判断の素早さと、それを裏打ちできる能力の高さが特別部隊ネイビーブルーの強みである、が。


「ただこうして一人になって、時間を持て余してると。つい別の事を考えてしまって」


 カドシュの悩みは、そこではないのだ。

 フレイムフェイス自身、それは察していた。


「アンバー・シグリィくんをスカウトした事、ですか」

「それは」


 視線をさまよわせるカドシュ。それから息をつき、頷く。


「……その通り、ですね。きっと」

「……誤解の無いように、まず断っておきますが。アンバーくんは僕が選定し、彼女自身にも了承を取った人事です。キミを悩ませる意図があったわけではないのです。最も、結局は悩んでおられるのが申し訳ないですが」

「そこは、ええ。分かってるつもりです」


 言ってから、ふとカドシュは問うた。


「そういえば。アンバーは、何が優秀で引き抜かれたんです? 観測所の知識ですか?」

「勿論それもありますが、最大の理由は彼女自身が持つ魔力量がとても大きかったからです。一種の特異体質ですね」

「へぇ? 確かにそういう人がたまに居る、ってのは知ってましたけど……因みに、どれくらいなんです?」

「そうですね。概算ですが、平均的な魔力供給車の五~六台分に匹敵する魔力を備えていますよ、アンバーさんは」

「そんなに!?」

「そんなに。僕も人よりちょっと長く世間に関わってますけど、これ程たっぷり生体魔力を持っている方は中々見かけなかったですねえ」

「アンバーが、そんなにも……」


 頷くカドシュ。それから、眉をひそめる。


「……ちょっと長く?」

「はっはっは」


 ゆるゆると回転するフレイムフェイスのアイコン。

 くるくると流れていくエルガディアの街並み。


「まあ、合点はいきました。アイツは、アンバーは、戦う力を持ってたんですね」


 やがて、ぽつぽつと。カドシュは口を開いた。


「俺にとって、アンバーは。幼馴染で……けど、あの事件からずっと、疎遠になってしまって」

「『時間凍結』事件、ですね。あの件での対応の遅れは、僕自身も忸怩たるものがあります」


 フレイムフェイスの表情は見えない。だがその言葉から、カドシュは悔恨を見て取った。


「……分かります。当時から、俺もエルガディア防衛隊の一員でしたから。まだまだ下っ端でしたけど」

「ああ、当時アナタも対応に動いたのでしたね。あれは本当に大変でした。防衛隊のみならず、エルガディア全土が激震した訳ですからねえ」


 カドシュは頷く。そしてまた口を開く。


「……今日、顔を合わせるまで。アイツは、アンバーは、俺にとって……何というか。そう、原点なんですよね。二つの」

「二つの、原点?」

「ええ。一度目は二十年近く……ええと、確か、十七年前。アナタに助けられて、俺も誰かを守りたいと思った時」

「あの頃は小さかったですね、お二人とも」

「そうですね。そして、二度目は……七年前。アイツが、凍った時間に巻き込まれた時。守れなかった、時」

「悔恨、ですか」

「多分、そうです。俺にとって、アイツは」


 言葉を切るカドシュ。首を振る。そこから先は、口にしたくなかった。

 自分の無力を、嫌でも思い出してしまうシンボルである、などとは。


「まあ、とにかく。思った以上に元気で、変わってなかったのは、安心しましたね」


 強いてカドシュは笑う。

 フレイムフェイスは応えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る