猛撃のディープレッド (5)

 怒り。

 剥き出された攻撃性が、ギューオの相貌を歪める。


「ぬ、か、せッ!」


 打突、打突、打突、打突。今までより更に鋭さを増す連続攻撃。その全てをフレイムフェイスはやはり防御し、防御し、回避し、受け流す。


「るあッ!」


 そのうちの一打、風を切る強烈なフックを、フレイムフェイスは紙一重で躱す。当然ギューオは遠心力を利用した追撃を、しかし放てない。

 手首。吸い付くように、フレイムフェイスが掴んでいる。そして。


「う、」


 ふわりと。

 ギューオは、重力の消失を味わう。


 困惑は、されど一瞬。己が投げ飛ばされた事を、ギューオはすぐさま理解する。

 だが何故? どうやって? そんな疑問もすぐさま捨てる。恐らくは『海の向こう』に伝わる体術、アイキドウやニンジュツと呼ばれる何かを使ったのだ。


 目の前には天井、フレイムフェイスの視認は困難。だがこのまま自由落下に任せては、狙い通りの追撃が待っているのは必至。

 故に、ギューオは己の力を、ダンジョンの中枢たる権能を行使する。


 局所重力転換。更にギューオは身を捻り、天地逆さとなって天井に着地。ダンジョンを操作し、天井へ重力を発生させたのだ。

 ここから更に重力を反転させ、加速力を増した飛び蹴りで不意打ちを図る――そんなギューオの目論見は、しかし打ち砕かれる。


 正面。まっすぐに迫り来るは流星じみた飛び蹴り。戦鎧套メイルスーツの靴裏の持ち主は、無論フレイムフェイスその人である。ギューオの判断よりも、なお先手を取ったのだ。


「ち、ぃ!」


 ごろごろと転がり、逃れるギューオ。直後、アスファルトを抉るような勢いでフレイムフェイスが着弾。その蹴り足が構えに戻るのと、立ち上がるギューオが構え直すのは、ほぼ同時だった。

 しばし、睨み合いに移行する両者。その頭上――正常重力のフロア上では、隊員達とウォリアータイプの戦局が動こうとしていた。


「「GAAAAAAAッ!」」


 盾と壁。隊員達の鉄壁ぶりに業を煮やし、じりじりと距離を詰めていく八体のウォリアー。その内二体が射撃を止め、腕部をブレードに変換。隙を縫って白兵戦にかかるつもりらしい。


 それを察知した隊員の一人、突入班パーティのキャプテンが、部下にハンドサインを送る。部下達は受諾し、アサルトライフルを構えなおす。


 そのまま膝立ちになれば、いつの間にか丁度良い高さに小さい窓が一つ。銃眼である。今まで影も形もなかったそれは、未だ盾を構えている隊員の魔術操作によるものだ。


 一九二式防盾術式。それがこの防御陣地の正式名称である。魔力の続く限り大小さまざまな盾や壁を構築できるこの術式は、ダンジョン攻略者達にとって生命線と言える重要装備の一つだ。


「射撃開始!」


 キャプテンの指示の下、隊員達のアサルトライフルが唸りを上げる。対するウォリアー達は散開。うち二体が被弾し苦悶の声を上げ、三体が腕部マシンガンで撃ち返す。だが防盾が受け止めてしまう。


 このように強固な陣地の構築を可能とする防盾術式であるが、当然魔力の消費量は相当なものになる。これを補うのが防盾隊員の背に装備された太いケーブルという訳だ。


 このケーブルは突入班が辿った経路に沿って伸びている。そして外に待機中である防衛隊の魔力供給車両へと繋がっている。防盾術式で魔力切れの心配をする事は、そうそう無いという訳だ。


 当然ダンジョン陣営側はケーブルの切断を狙う。だがそう簡単には出来ない。指揮中枢かつ最大の戦闘力を持つギューオがフレイムフェイスと戦闘中だから、と言うだけではない。防衛陣地を敷く隊員達の足元に、最大の理由がある。


 魔力の流れ。隊員達の立つ場所と、それ以外の場所の流れが、断絶しているのである。

 魔法に才ある者ならば、一目で分かるだろう。これが何を意味するのか。

 そう、アンバーが放ったオーバーライド・バスターと同じ仕組みである。


 ダンジョンに侵攻した突入班は、降りかかる危険を排除しつつ、進んだフロアを自らの陣地――安全圏として塗り替えてオーバーライドしていく。塗り替えに使われる魔力もまた供給車両から送られる。


 塗り替わったフロアの管理権限は防衛隊側に移っているため、床からモンスターが現れたり重力が突然消失したりするような事はあり得ない。そうして安全な陣地を増やしながら、じわじわと進むのが現代におけるダンジョン攻略方法なのである。


 なおネイビーブルーが先程一般的ではないダンジョン攻略を行ったのは、彼らが装備する戦鎧套が高性能かつ魔力ストレージが大きい事と、何よりアンバー・シグリィの生体魔力が一般的な魔力供給車両の五台分に匹敵するからである。


 ともあれ、防衛隊側の陣地に隙は無い。ウォリアータイプの群れは正確な射撃を受け、一匹また一匹と数を減らしていく。足元では陣地の上書きが更に進んでおり、いずれこのフロアもここまでの通路と同じ安全地帯セーフポイントとなってしまうだろう。


 どう見てもエルガディア防衛隊側の優勢。

 それを頭上に見やるギューオは。


「ぐ、は、は、は!!」


 獰猛な笑い声を上げながら、なお攻勢を強めた。

 肘打ち。裏拳。正拳。身体を一瞬沈めてからの飛び膝蹴り。顔面を襲うその一撃に、コクピットのアンバーは狼狽える。


「わああ怖い怖い怖い!!」

「大丈夫ですって」


 切磋に腕を交差し、膝蹴りを受け止めるフレイムフェイス。衝撃。偉丈夫に相応しい威力。歯があれば食いしばっていた所だ。


「オオオあッ!」


 更なる連撃に移るギューオ。落下を重力術式でキャンセルし、己の座標を空中に固定した彼は、豪雨のごとき連続蹴りを浴びせにかかった。流石にこれは予想外だったフレイムフェイスは虚を突かれ、一撃を肩に受ける。


 戦鎧套を破損させる一撃。先程の膝蹴りもそうだが、魔力による身体強化がため頭上の銃撃よりもよほど威力がある。


 更なる蹴り。腕部装甲で防御。更なる蹴り。腕部装甲が軋む。更なる蹴り、が、引き戻せずに止まる。足首。フレイムフェイスが掴んでいる。


 そのまま、全力で身体を捻る。ギューオは浮遊を味わう。投げ飛ばされたのだ。またしても。


「ち」


 ギューオは舌打つ。決定打にならない、というだけではない。そもそも根本的な勝負に持ち込めていない。ギューオは先程から、今の己に出来うる最高の連撃を叩きこみ続けている。


 それが、ほとんど通じない。ようやく当たった先程の一撃さえ、恐らくは偶然だとギューオは分析する。それは実際に正解だ。あの一瞬、フレイムフェイスはコクピットのアンバーを気遣った。故に隙が生じたのだ。


 そんな偶然は二度もあるまい。加えてフレイムフェイスは、明らかに攻め手を加減している。その気になれば既に互角か、それ以上の戦いになっている筈。


 何故そうなっているのか? それも結局は単純な話だ。フレイムフェイスは、己の言葉を守っているのだ。

 即ち。ギューオと――乗合馬車キャリッジと、未だ交渉が可能なのである、と。


 あるいは、守らされていると言った方が正しいのだろう。リヴァル・モスターの推測通りに。


「やはり、そこがお前の弱点のようだな」


 言い放ち、両足と右手で三点着地するギューオ。その爪先ががりがりとコンクリート天井を引き裂き、やがて止まる。


「な、なに言ってるんですかあの人」

「はてさて。それよりも、このフロアの解析はどうなりましたかアンバーさん」


 立ち上がりながら、ギューオは考える。

 要するに、このダンジョンの生成直前にこちらを取り囲んだ兵隊どもと、理屈は同じだ。


 フレイムフェイスはエルガディア防衛隊の所属。どんな形をしていようがつまりは組織に属する者であり、上司がいる。命令を出した何者かが存在する。

 そいつはどんな命令を出したのか? その答えがフレイムフェイスの煮え切らない攻勢にある。


『敵が確実に破壊獣であると確認できない限り対話を続け、戦闘行動は最小限に止める事』


 恐らく、そのような命令が下されている筈だ。そしてギューオが変身イグニションを、破壊獣であるという確証を見せない限り、その命令を逸脱する行動は出来ない筈だ。


 比喩、ではない。そのようにして約束相手の行動を縛る術式は、エルガディアの外でも存在している。掃いて捨てる程。そもそも乗合馬車キャリッジの中ですらも。


 何より、そもそもの話。フレイムフェイスは輪海国エルガディアが抱える爆弾の一部であるのだ。

 戦士。勇士。英雄。どんな虚像で糊塗しようと、フレイムフェイスの本質を知る者は必ずいる。しかもそれは彼の上に、エルガディア防衛隊上層部に食い込んでいる。


 そんな連中にとってフレイムフェイスとは何であるか?

 決まっている。契約魔法で雁字搦めにされた、使い捨ての駒なのだ。我々『乗合馬車』と同じように。


 以上がこれまでの交戦、およびエルガディアの観測データからリヴァルが導き出した結論であり。

 それを確認する意味も込めて、こうして交戦を開始した訳だが――どうやら、それは正解だった。

 後は、用意している罠に嵌める事が出来れば。


「万々歳、なのだがなッ」


 ギューオは踏み込む。瞬く間にフレイムフェイスとの距離を詰め、またも開始される打撃の嵐。


 ジャブ、ローキック、アッパー、肘打ち、裏拳、回し蹴り、中段蹴り。『海の向こう』で言う所のカンフー映画を思わせる、早く鋭い連続攻撃。ダメージよりも速度を優先し、一秒でも長くフレイムフェイスの動きを封じる。拮抗しているように見せかける。


 そして、遂に。


「隊長、こちらは片付きました! 援護を!」


 ウォリアータイプを一掃した勇敢なる隊員達が、声を張り上げる。宣言通り援護するべく、フレイムフェイスの下に移動する。

 自分から、安全地帯セーフポイントの外に出て来る。皮肉にも、それと同じタイミングでアンバーがフロアの解析完了。声を上げる。


「あ、やっとジャミングを抜けた……って、こ、れは!?」

「どうしました?」

「爆薬の反応です! このフロアは単に『海の向こう』の廃ビルを模しただけじゃない! 爆破解体デモリッションという工事が執り行われる直前のデータが重ねられてるんです!」


 悲鳴じみた報告を、アンバーがした直後。

 ギューオはフレイムフェイスが防御に掲げた右上腕を、掴んだ。この為に温存していたグラップリングであり、直後。


「オマエは平気でも。ツレはどうなんだろうな?」


 フロア全てを、爆発と轟音が飲み込んだ。

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