再会のネイビーブルー (3)

「いずれお話ししますよ。まずは現状の解決に努めましょう」

「え? 何ですかいきなり」

「ああ、いえね。アンバーさんにちょっと聞かれたもので」

「……ああ」


 察するカドシュと、扉を開けるフレイムフェイス。迷いなく現場へ踏み込んでいく二人。

 二人の背を眺める者達は多い。一般隊員達、所轄の警官達、そしてバリケード向こうの野次馬達。


 その野次馬達の中で、特に注意深い視線を送る者が二人いた。

 垂れ目の男と、長い銀髪の女である。


「行ったな。まずはお手並み拝見、ってヤツだ。で、どう思う? スティア・イルクス殿」

「何がかしら。リヴァル・モスター殿」


 取り付く島もない銀髪の女――スティアの物言いに、垂れ目の男――リヴァルは肩を竦める。


「決まってんでしょ。我々『乗合馬車キャリッジ』に共通してる標的と、二百年ぶりに顔を合わせるってんだからさあ」

「二年よ。二百年じゃない」

「そりゃ俺らの側での話でしょう。せっかく別の世界に居るんだから、ホラなんて言うんだっけアレだ。ゴールドなヤツの言う事聞いとけってヤツ」

「それでも、二年よ」


 ばっさりと切るスティア。その手にはプレート。画面にはフレイムフェイスの後ろ姿が映っている。写真を撮っていたのだ。

 スティアは、食い入るように見つめている。


「で、だ。改めて聞くけど、どう思う」

「だから、何が」

「そのフレイムフェイスが、暗いところで色々と便利そうな頭してるソイツが、本当に俺達の標的なのかって事」

「あら、意外ね。それこそこの二百年をかけて、最も可能性が高いって決めたんじゃなかったかしら」


 スティアの横目に、リヴァルはもう一度肩を竦めた。


「そりゃね。だが確実じゃあない。まあそれを差し引いても、『乗合馬車』として戦わなきゃならない相手なのも、間違いないんだけどさ」


 逡巡は、しかし数秒。

 所属する『乗合馬車』の一人としてではなく。リヴァル・モスターとして必要な問いを、彼は聞いた。


「どう思う? 今見た立ち振る舞いに加えて、この世界で二百年近く得て来た交戦データ。それらを複合して、改めてフレイムフェイスがあの男――『マット・ブラック』なのか、どうか。恐らく、君が一番正確に測れる筈だ」

「それは、」


 スティアは、言葉に詰まった。それから、視線を巡らした。

 二人が入っていった入り口。『乗合馬車』の一人が内部空間を改竄したビル。周囲で警戒を続ける所轄刑事及び防衛隊員達。

 それらを一周した後、スティアの視線は手元のプレートに落ち着いた。

 正確には、そこに切り取られたフレイムフェイスの後ろ姿に。


「……判断できない。けど、それ以外で分かってる事なら、二つある」

「ほう」

「一つは私達の、『乗合馬車』の作戦が進めば、遅かれ早かれ燻り出せるって事」

「……まあねえ。で、もう一つは?」

「郷に入っては郷に従え」

「は?」

「『海の向こう』の言葉でしょ? ゴールドなヤツの言う事聞いとけ、ってのは間違い」


 くすりと笑うスティア。『乗合馬車』に選ばれてからずっと張り詰めていた彼女が、久々に見せた笑顔だった。

 これだけでも、聞いた甲斐はあったか――そうリヴァルが思った矢先、彼とスティアのプレートが同時に着信を知らせた。


 作戦第二段階への移行合図であった。


◆ ◆ ◆


「わ」


 アンバーは小さく声を上げた。

 扉を開けた部隊が目にしたのは、よくあるビルのエントランス、ではなく。一直線に長く続く、石造りの暗い通路だったからだ。

 懐から取り出したプレートを左上腕に固定しながら、カドシュはつぶやく。


「これはこれは。また分かりやすく『ダンジョン』だな」


 ダンジョン。

 二百年以上前、エルガディアがまだ流輪国ではなく、『海の向こう』の研究が今以上に途上だった時代。魔法を使うのに銃やプレートではなく、杖や巻物スクロールを用いていた時代。その頃に最盛期を迎えた戦略建造物。様々な形態があるそれらを包括して付けられた名前が『ダンジョン』である。


「『破壊獣』に改竄されたら、建物の構造どころか物理法則さえめちゃくちゃになっちゃう、ってのは話に聞いてたけど」


 アンバーは探査術式を起動。新たに表れるホロモニタ上へ、ダンジョンの簡易マップが表示。そこへ元のビル設計図面を重ね合わせる。

 明らかに、迷宮地図の方が図面よりも大きかった。


「こうして自分の目で見ると、違和感凄いなあ」

「そうでしょう。ダンジョンとは得てしてそのようなものです。と言いますか、まだ分かりやすい方ですよ今回は」


 フレイムフェイスもプレートを取り出し、右上腕に装着。戦闘時でも操作や通話が行えるようにするためだ。こうした魔力接続式のハードポイントは、戦鎧套メイルスーツの各所に設けられている。また、二人ともプレートの音声入力をオンにしている。


「プレート、シールド起動」


 カドシュは告げる。プレートは応える。


「シールド・ディフレクター。通常出力で起動します。パワーレベル10」


 硬質な合成音声と共に、カドシュの戦鎧套へ光の線が走る。これで彼の全身は、頭も含めて魔力の防壁で覆われた。多少の攻撃は受け付けなくなった訳だ。

 ふと、カドシュは問う。


「隊長は、本当にシールドを使わないんですね」

「ええ。僕は最初から全身がシールドみたいなものですからね。さてはて参りましょう。中枢は最奥にあり。構造や時代が幾ら変わろうとも、その基本だけはそうそう変わらないものです」


「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」


「加えて、戦闘員の配置の仕方も」

「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」


 通路の向こう、暗闇を割くように現れたのは、三体の異形。三角形のひょろ長い顔に、赤い瞳。かつてのロングアームと同様、光の葉脈を走らせる影絵じみた姿。


「ウォリアータイプですか」


 トカゲとヒトを合成したようなシルエット――ウォリアーは、それぞれ腕を変形させる。偃月刀に似た、肉厚の刃へと。


「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」


 そして、突撃して来たのだ。


「では二人とも、手筈通りに」

「了解!」

「りょ、了解です!」


 カドシュとアンバーが返すと同時、フレイムフェイスは駆け出していた。装着変身オーバーライドしているアンバーは目を剥く。バイクか自動車に匹敵する速度。瞬きする間に間合いが詰まる。先頭のウォリアーの刃が光る。


「GAAAAAAAッ!」


 真横、一文字に振るわれる薙ぎ払い。冷たく光る斬撃の弧は、しかしフレイムフェイスを捉えない。

 刃に変じたウォリアーの右腕、その肘の辺り。フレイムフェイスはそこを抑えて止めたのだ。素早く懐に飛び込む事で。


「わああ近い近い近い!」


 必然的に至近距離でウォリアーと相対してしまうアンバーは、反射的に座席から飛び上がりかけた。


「はっはっは。いずれ、」

「GAAAAAAAッ!」


 自由な左腕で追撃を図るウォリアー。その機先を制し、フレイムフェイスは打突を打ち込む。胸部、腹部、顔面。素早い三連撃がウォリアーをノックバックさせる。


「GAAAAAAAッ!?」

「慣れます、よっ!」


 フレイムフェイスは更に一撃。掬い上げるような軌道の右手刀は、しかしトドメの追い打ちではない。防御のためだ。


「GAAAAAAAッ!」


 何故ならノックバックさせた個体と入れ替わるように現れた二体目のウォリアーが、フレイムフェイスの側面から攻撃して来たからである。

 もっとも、それもフレイムフェイスは苦も無く受け止める。それも右上腕のプレートで。


 感心するカドシュ。確かに戦闘用のプレートは、耐久性と魔力伝導性を高めるため、オリハルコンで作られているのが基本だ。戦鎧套よりも頑丈な装甲であると言って良い。

 だが今の防御は明らかに狙ってやっていた。「手緩いぞ」と言ったも同然だ。このダンジョンを仕組んだ何者かに向かって。


「流石、だッ」


 そんなカドシュはフレイムフェイスからやや離れた後方で、腰の武器の片方を引き抜いた。それは『海の向こう』で言う所の拳銃に似ている。実際にこの世界では『銃』と呼ばれてもいる。


 だが違う。この銃の正式名称は一八九式魔導拳銃。その名の通り輪海国エルガディア暦百八十九年に警察及び防衛隊で採用された代物だ。

 そして魔導と冠する通り『魔』力を『導』く機構を、現代における魔法を行使するメカニズムを備えている。

 つまりこの魔導拳銃こそが、現代における杖であり巻物なのだ。


 カドシュは狙う。標的はフレイムフェイスの左側面、時間差で攻撃を仕掛けようとしていた三体目のウォリアー。

 射撃。射撃。射撃。


「GAAAAAAAッ!?」


 三発全て、ウォリアーの顔面と胴体に着弾。射線上にはフレイムフェイスも居たのだが、一発たりとも当たっていない。カドシュが弾丸へ付加した誘導術式が、味方を避けたのである。


 かくて銃創を穿たれ、倒れ伏すウォリアー。それとほぼ同じタイミングで、先のウォリアー二体も倒れた。フレイムフェイスがそれぞれ鉄拳と回し蹴りを見舞ったのだ。


「GAAAa、Aaaa……」


 ノイズじみた断末魔を最後に、三体のウォリアーは消滅。魔力光の粒子となって消えていく。アンバーは息をついた。


「今の、が。ええと。破壊獣の眷属ってやつですよね」

「そうです。ダンジョンの最奥、本体たる破壊獣から生み出され続ける向こうの手駒。アンバーさんも昔、見た事があるでしょう」

「ロングアーム、でしたよね」


 覚えている。忘れたくても忘れられるものではない。あれはアンバーにとって十年前の出来事で――。


「う、」


 今更ながら、考えてしまう。

 改めて、時間の断絶に。


 アンバーにとって、あれは十年前の出来事。

 けれども。

 カドシュからすれば、あれは十七年前の出来事なのだ。


「アンバー。おいアンバー?」


 カドシュの呼び声。アンバーは我に返る。


「えっあっウン何!?」

「何じゃなくてだな。次はどう進むんだ?」


 見れば、少し鼻白んでいるカドシュの顔。その向こうでは、二股に分かれているT字路。アンバーが考え込んでいた間に、フレイムフェイスとカドシュはダンジョンを進んでいたのだ。


 そしてアンバーに与えられた役割の一つが、探査術式によるナビゲーションであった。カドシュが急かすのは当たり前の話だ。


「ええと、左、だね。そこからしばらく進むと、開けた空間があるみたい」

「成程。如何にも、と言った感じですね」


 言って、つかつかと進むフレイムフェイス。一見無造作な歩みであるが、生半な襲撃なぞ彼にとってまったく意味がない事は先程証明された通りだ。


 続くカドシュは銃を構え、油断なく警戒している。よく訓練された兵士の動きだ。鋭く精悍な今の相貌に、懐かしい「カドシュちゃん」の面影は見えない。


 十年と、十七年。七年の差。

 改めて痛感する。思った以上に、大きいらしい事を。


「背も、追い越されちゃったしなあ」


 ぽつりと呟くアンバー。フレイムフェイスは、聞こえないフリをした。

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