再会のネイビーブルー (2)

 特殊装備。

 それがフレイムフェイスの正体であり、エルガディア防衛隊内に於ける立ち位置だ。


 確かに彼には、フレイムフェイスには自我がある。約二十年前のあの日から、良く知っている。

 しかし。


 存在が。

 肉体が。

 彼には、無いのだ。


 故に、彼には古来より特殊な協力者が常に宛がわれて来た。

 仮面を被り、フレイムフェイスを装着変身オーバーライドする者。

 その名を装着者ライダー。エルガディアの守護者フレイムフェイスを、影から支えて来た者達の称号である。


仮面マスク装着者ライダー、って事だよね。ふふふ」

「どうしたいきなり」

「いやさ、『海の向こう』にもそういう名前の戦士がいるらしいんだよね」

「へえ。じゃあ向こうの戦士も頭が燃えてるのか」

「そんな事は、ない、と思うよ? 炎を操るひとはいたみたいだけど」

「そうか、詳しいな」


 言って、カドシュは思い出す。


「ああ、そうか。そういやアンバーは『海の向こう』を観測する仕事をしてたんだったな」

「それプラス、解析やら実用の検討やら……色々ね。あれ? でも仕事の話したっけ私」

「いや、異動の通知と一緒に来たアンバーの経歴を覚えただけさ」

「そっか。じゃあ目立ってたでしょ」

「何が?」

「『時間凍結』の項目が、さ」

「……。まぁ、な」


 暫し、言葉を失ってしまうカドシュとアンバー。

 時間凍結。『破壊獣』のもたらした災害の中でも、とびきりに厄介な代物。幼馴染という繋がりを通して、なお払拭し切れぬ溝。


 強いて、カドシュは口を開こうとする。

 だがその時、輸送車は止まってしまった。


「……現着したようだな。降りようか」

「ん、分かったよ。にしても、根本的な疑問なんだけどさ」

「どうした?」

「そもそも何者なのかな、フレイムフェイスさんって」

「その辺はお手上げだな、本当に。アンバーが一番近くに行くんだから、その時に聞いたらどうだい」

「まあ、そりゃそうなんだけど」


 何だか煮え切らないアンバーを背に、カドシュは降車した。


 ◆ ◆ ◆


「ここか、今回の『破壊獣』の巣は」


 見上げるカドシュ。一見すると何の変哲もない鉄筋コンクリートの五階建て。だがよく見れば全ての階の窓の中に、暗い闇が帳を降ろしている。二十余年前と同じ現象が起きているのだ。今回はあの時よりもずっと狭い範囲だが。


 続いて周囲を見回す。そこそこ広い駐車場、その入り口近くにカドシュ達は立っている。車両含めて一般人の姿は無い。既に退避済みなのだ。周囲で動き回っている所轄刑事や一般防衛隊員達の働きである。


 一帯は『海の向こう』で言うところのバリケードテープを模した術式の光帯で囲われており、その外では何人かの野次馬がこちらを伺っている。


「ちょっと! 待ってよカドシュちゃん」


 小走りで寄って来るアンバー。カドシュの横に並び、息を整え。


「あれ。なんか皆、違うね」


 ここで、周囲の一般隊員達との差異に気付いた。

 戦鎧套メイルスーツ。カドシュとアンバーが着ているそれは、ネイビーブルーを基調に各人のパーソナルカラーがあしらわれた代物だ。

 だが周囲の一般隊員達が装備している戦鎧套は、アーミーグリーンで統一されているのである。


「そりゃ当然だ。まだ二人とはいえ、俺達は選抜されたチームなんだからな。さて」


 慌ただしく行き来する隊員達をすり抜けて、カドシュはビルの前へ到達。目当ての人物を見つける。


「失敬。指揮官とお見受けします」

「ン、確かに私がサイア・ハーグ三尉だが……ああ、貴方はよもや」

「ええ、恐らくそのよもや。新設されたフレイムフェイス随伴部隊『ネイビーブルー』のカドシュ・ライルです」

「成程。いわゆる黒服ですな」

「そうなります。で、こっちも同じく黒服で、特別隊員の」

「あ、アンバー・シグリィです。宜しくお願いします」

「宜しくお願いします。ではこちらへ」


 サイアを先頭にして歩いていく歩いていく三人。作戦指揮所へ向かうのだ。


「で、黒服って?」


 道すがら、アンバーはカドシュへ聞いた。


「歴代の装着者の通称。見たまんまだろ。昔はきちんとした部隊運用がなかったから、そういう通称が広まったのさ」


 カドシュは指差す。己の黒に近い青色ネイビーブルーの戦鎧套を。


「俺の知る限り、今みたいに黒服が二人以上居る事は無かった筈だし」

「ふうん、世界初なんだ。実感ないけど。でも黒か、って聞かれたら絶妙に違うよね色味。そもそも部隊名がネイビーブルーなんだから、変な感じ」

「そりゃそうだが、だからってネイビーブルー服じゃ語呂が悪過ぎるだろ」

「まぁ、そっか。明らかに緑色なのに青信号って言うようなもんか。そう言えば知ってる? この風習『海の向こう』でも同じなんだってさ」

「そうなのか? 何だってそんな事になったんだろうな、っと」


 立ち止まるカドシュとアンバー。作戦指揮所へ到着していたのだ。

 指揮所と言えば聞こえは良いが、実際は装甲車の影に簡易テントを展開し、その下に机やら機材やらを並べただけの代物である。

 机上へ浮かんでいる複数枚のホロモニタには、現場の魔力計測を始めとした各種データ群が忙しく踊っていた。


「ニッポンという所では、法令でそう呼ぶように決められたからだそうです」

「「え?」」


 面食らってしまうカドシュとアンバー。サイア三尉は続ける。


「信号の話ですよ。『海の向こう』の」

「あ、ああ。成程。ありがとうございます」


 頬をかくカドシュ。思ったより気さくな人物であるらしい。

 が、そろそろそんな雑談をしている余裕はない。思考を切り替える。


「で、現在の状況は」

「現在警戒レベル2の状況で推移しております」

「了解。これより実験部隊が内部へ突入、鎮圧行動を開始します。シグリィ特別隊員」

「え、あ、は、はい!」

「今までフレイムフェイスの装着変身オーバーライドを行った事は?」

「ない、よ。一回も。シミュレーションは何回かしたけど」

「じゃあ、今から早速本番だ。『彼』を呼び出して欲しい」

「……解った」


 硬い面持ちのまま、アンバーは前に出る。一歩、二歩、三歩。カドシュ、サイア三尉、一般隊員達。全員の視線が集まる中で、アンバーは手のひらサイズの板を一枚取り出す。


 情報端末プレート。見たままの名前をしているそれは、『海の向こう』で言うところのスマートフォンに似ている。ただしこちらは透明な一枚板であり、銀色のフレームが外周を補強している。

 画面には角の丸いアイコンが整列しており、その内の一つ、紫色のものをアンバーはタップ。


 途端、プレートから噴出する光。二メートル程上空へ上った光の線は、一瞬で幾本にも分割。弧を描き、組合わさり、完成するのはアンバーの身長より二周りは大きい光の円陣。魔導陣である。


「ゲット レディ」


 アンバーの掌中、プレートが合成音声で問う。

 本音を言えば、アンバーは未だに迷っている。許されるなら、今すぐここから逃げ出したい。

 だが、出来ない。出来る筈がない。退路は自分の手で断った筈だ。


 それに、何よりも。

 かつて、彼は。

 カドシュは、そうしなかった。

 今よりもずっとずっと、弱く小さかったのに。

 だから。


装着オーバー変身ライドっ!」


 だからアンバーは、半ばやけっぱち気味に叫んだ。

 対する魔導陣は、律儀に応えた。


 円陣は光を増しながら、音もなく下降する。

 アンバーの身体を通り抜け、地面への接触と同時に、消滅。


「……久々に見たが」


 一部始終を見届けたカドシュは、正面の人物を改めて見る。

 そこにアンバーはいない。魔導陣が通り抜けるのと同時に、入れ替わったのだ。

 今、ここに居るのは。


上書きオーバーライドとは、良く言ったもんだな」


 約二十年と変わらぬ、紫炎の顔を持つ、仮面の戦士。

 即ち、フレイムフェイスであった。


◆ ◆ ◆


「……はっ!?」


 気付けば。

 奇妙な空間にいる自分を、アンバーは見出していた。


「こ、こは」


 見回す。

 知っている。

 シミュレータで見た通りの、ごく狭い部屋。『海の向こう』で言うところの、戦闘機の操縦席に似た空間。


 フットペダル、操縦桿、各種スイッチ。目を引くものは幾らでもある。だが今のアンバーは正面光景に釘付けられていた。

 キャノピーの外。もしこれが戦闘機だったなら、空が広がっているだろう向こう側。


 そこに、カドシュが立っていた。

 ただし、優に先程の十倍はあるだろう巨大な姿で。


「でっか!」


 反射的に叫び、しかしアンバーはすぐさま思い出す。

 そうではない。カドシュが大きくなったのではない。

 自分が、縮んだのだ。


「これが、オーバーライド」


 呟き、改めて思い知る。

 そのままでは世界に留まる事が出来ない特殊存在、フレイムフェイス。装着者は己の存在を縮小し、彼の居場所アドレスを一時的に共有する。それがオーバーライドであり、フレイムフェイスがカドシュの幼少期とほぼ変わらぬ姿である理由だった。


 だから、と言う訳でも無いのだが。

 最初にオーバーライドしたフレイムフェイスのする事は、概ね決まっている。


「おはようございます」


 即ち、丁寧なお辞儀と挨拶であった。


「あー、おはようございます。カドシュ・ライル特尉です。因みに今は昼過ぎです」

「ありゃー惜しかったですねえ。で、ライル君と言う事は、君と彼女が新設される部隊、そう、『ネイビーブルー』の」

「はい。最初の、隊員になります」


 微妙な緊張が見えるカドシュの顔を、アンバーはフレイムフェイスと同じ視点で見ていた。キャノピーはフレイムフェイスの仮面の額辺りにあるのだ。


「で、貴女がもう一人の隊員。アンバー・シグリィさんですね」

「わっ、わっ!?」


 軽く飛び上がりかけるアンバーの正面、半透明のホロモニタが音もなく出現。

 窓の中に現れた二頭身のデフォルメフレイムフェイスが、恭しく頭を垂れる。


「アンバーさん?」

「あ、はい。そう、です」

「ははは、まあ驚かれるのも無理はありませんね。でも安心してください。歴代装着者の方々も、最初はそんな感じでしたから」

「はあ」


 生返事しか出来ないアンバー。ふとカドシュを思い出して外を見れば、彼もまたフレイムフェイスと話しながら現場へ向かって歩いている。


「――以上が現状です。ところで、シグリィ特別隊員とは話せるんですよね?」「勿論。今は外部スピーカーのスイッチを切ってるだけです。設定を変えればすぐ話せますよ」


 等々。他愛のない話のようだが、アンバーの相手をしているフレイムフェイスとは、明らかに別人に見える。


「貴方は、外のフレイムフェイスさんとは、また別人なんですか?」

「ちょっと違いますね。自我を軽く分割して、お二方の相手をいっぺんにこなしてるだけですよ」

「なんと」


 唖然とするアンバー。

 フレイムフェイスが常人とはかけ離れた存在である事は、誰もが知っている事だ。

 けれども。こうして体感して、改めて思う。


 彼は何者なのだろうか、と。

 何の為にこの世界を、輪海国エルガディアを守り続けているのだろうか、と。

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