第7話-1鬼事

昨日、雨が降っていた。雨の中、誰かが立っていた。


今日も雨が降っていた。雨の中、また誰かが立っていた。


誰かはいつの間にかいなくなっていた。

降り続ける雨が、立っていたはずの誰かの痕跡を掻き消していった。

本当にそこには誰かが立っていたのだろうか。

思い出そうとする度に、誰かの顔は滲んで消えた。







俺は遅刻常習犯。

気づいた時には全てが遅い。全部が過ぎ去った過去のこと。


大切だった、大好きだった助産師さんと恩師の死に目にも立ち会えなかった遅刻者。

俺は、生涯後悔する。なんで遅れずにいけなかったのかと。最期の別れくらいちゃんと言いたかった。

「さようなら」。

それと

「ありがとう」。


最期の時間がどれだけ大事なのか、俺は身に刻んだ。


いつその瞬間がやって来るのか。それは誰にもわからない。

だからこそ、少しでも早く気づこうとしなければいけないんだ。彼が、彼女が、何を伝えたかったのかを。

最期になってしまうかもしれない「おくりもの」を、俺たちは手を伸ばして受け取らなきゃいけない。

だって、自分の番が来た時に、だれかに受け取ってもらいたいから。


「おくりもの」なんて中身を理解してもらえるものばかりじゃないんだよ。それこそ、遅れて届いてもいいものばかり。

大事なのは、中身が詰まった「おくりもの」が誰かの手に渡ること。




のこしたものだけが道の上に取り残されてるなんて、悲しすぎるだろ?




俺は遅刻常習犯。

あとからやって来る遅刻者。

あとにのこされた真実を、あとになってから知る遅刻者。


全部が遅かったんだ。

でも、確かに俺のところには届いてきた。遅れてでも、ちゃんと俺のところには伝わってきた。







遅くなったな、友人A。




一年も待たせたけど、真実を伝えるよ。




待っててくれてありがとな。

俺の、親友。







それに気づき始めたのは就職して一年が経ったころ。

それなりに仕事絡みで付き合うようになった知人も増えて、そうなればそこそこ親しい知人もできてくる。

三月になって人事異動だなんだって話が飛び交った。じゃあ、いい機会だし何か食べに行きますか。そういう話になる。

何処かいい場所知ってますか? そう聞かれるのは毎度のことだった。地元民は当然地元に詳しい。穴場の食事処、ありませんか? 外から来た人にはもちろん聞かれた。同じ地元出身でも好みがあるから聞いてみたし、俺も聞かれた。

俺のオススメは××××食堂。穴場も穴場。穴場過ぎて、結局誰とも行けなかったな。営業も不定期だし、行けたのはおまえたち同級生とだけか。俺、あそこの稲荷寿司好物なんだよな。

そんなこんなで飯を食いに行っては腹を割って話をした。同年代だったり年上だったり、男だったり女だったりしたけど、みんな良い人だった。

「また今度」

そう言って、全員にさよならを言った。

次回会えるのを楽しみにしていた。


四月になって、授業が始まった。入学式のある日、学校は騒がしかった。


校庭にはパトカーがやって来た。

教師が一人、無断欠席をした。まだ若い、気さくな教師だった。

家にも携帯にも連絡したが繋がらない。

何処へいった。


パトカーの中には知り合いがいた。小さい頃に会ったことのある中年の警官だった。

俺は彼に話しかけた。


「お久しぶりです」

「ああ、元気そうだね」

「おかげさまで。何か事件ですか?」

「知らないのかい? ここしばらく行方不明者が増えているんだよ」

「増えてる? ◯◯だけじゃないんですか?」

「毎年いたにはいたんだけどね。いつからだろ。十五年くらい前から特に増えたかな」

「十五年前? 何かありましたっけ?」

「うーん。自分は知らないけど」


妙な共通点があってね。

共通点?

全員、この小学校を最後に足取りが途絶えてる。

というと?

誰かと会った後に行方不明になっているんだよ。

誰かって。

君だよ。


「君が犯人じゃないことはわかってるよ。でも何らかの関係性はあるはず。警察はそう考えてる」

「そう、なんですか」

「これ見て。知ってる人たちでしょう?」

「あ、知ってます。この人も、この人も、こっちも」

「これね、行方不明者のリストなんだ」

「え!? こんなに?」

「ここ一年間のだからほんの一部だよ」

「………」

「わかったでしょ。君も大人になったんだからおとなしくしていようね」

「あの」

「ん?」

「この、人たち」




見つかったんですか?


まだ行方不明のままだよ。







進展があれば俺にも伝えると、その警官は言って帰っていった。

俺の頭は混乱していた。

何でこんなに行方不明者が出ているのか。何で今まで知らなかったのか。どうして自分の知人ばかりがいなくなっているのか。そもそも、本当に自分と関係があるのか。

俺は混乱していた。それ以上に、ショックだった。

警官が見せてくれた行方不明者のリストには、つい先日一緒に食事へ行った人も含まれていた。見知った人がいなくなっていた。それも、知らないうちに。俺はショックを受けた。

どうして。

なんで。


笑って挨拶をした。


また今度と、次に会う約束をした。


もっと、親しくなれると、思い始めていた。


それなのに。


それなのに。


どうしてこんなことに。







その次の週、俺にリストを見せた警官がいなくなった。







なんでこんなことになっているんだ。

何が起こっているんだ。

みんな、みんな、何処へいってしまったんだ。




俺の知らないうちに、桜ヶ原では何かが起こっていた。








「知ってたよ」

「おい」

「知ってたけど君に言わなかった」

「おい」

「だって、知ってもなんにもできないでしょ」

「う」

「ほらね。どうしていなくなったのかわかんないんだからさ、防ぎようがないよ」


せめて、何処へいってしまったのか。生きているにしても死んでいるにしても、現在の状態を知ることができたら。

何かわかるのかもしれない。


俺は大学生になった友人Aに連絡を入れながら考えた。


単なる偶然が重なったのか。

事件か。

事故か。

それとも、神隠しか。


俺たちは考えた。

これ以上リストに名前を増やさないためにできることはないか。




「十五年前っていえばさ」




池が埋められたのって、それくらい前じゃなかったっけ。







桜ヶ原の七不思議、三つ目。

何処かの池に沈む砂時計。時間が進まなくて困ってる。さあさあ返してあげましょう。ひっくり返してあげましょう。

お礼に砂時計は未来を見せる。


さらさら流れる砂時計。


池に眠る砂時計。







この町にはさ。池なんて一ヶ所しかないんだよね。




「え、七不思議死んだの?」


そんなばかな。



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