きえきらないから、なつと旅。

鳩芽すい

本編

 エアコンが効いた終業式が終わった。騒がしい喧噪のなか、自分だけ取り残されたように居心地が悪い。足早に人の間を抜け、靴のかかとを踏んで学校生活から解放される。

 熱気に汗が滲む。青い木にとまる蝉も人のように騒ぐ。申し訳程度の風が僕をなぐさめる。

 今年の夏も、きっとなにも変わらない。

 ため息をついて、休みの間ずっとお世話になるだろう我が家に足を向けた。

 だれかの夏が、数知れない人の夏が始まる。それは僕の夏ではないはずだった。


 僕にとって夏とは、手を伸ばしても掴めない輝きだった。

 青春と言いかえてもいい。短い、夏という期間の、熱と力の結晶。

 人々から、メディアから、語られる夏は眩しくて、愛おしくて、自分のものになったらどれだけの体験と感動がまっているのだろうか。小学校に通い、中学校、そして高校生になった。

 期待した。待ちわびた。渇望していた。自分じゃなく、夏そのものに、期待した。

 結果、決して僕の元には夏が舞い降りなかった。

 16年間の人生で、ずっと、僕には夏がこない。

 だから、いま、だれかの夏が始まっていたとしても、僕とは遠いところでの話だ。

 季節は誰しもに巡るのに、僕は季節の恵みを受け取れない。


 ひとりが、歌っていた。

 その戦うような歌は、叫びにも聞こえた。

 言葉を叩きつける相手は誰だったのだろうか。

 悔しそうだった。頬はこわばっている。息が上がっていた。

 だんだん、叫びは世界に聞き入れられなくなって。

 強くなっていく雨音に、ひとりの息切れはかき消される。


 そうしてひとりの夢が潰えたらしかった。

 それを、僕は見ていた。そのひとりは息を呑むほどに美しかった。

 雨粒が視界を覆っても、僕にはその人の呼吸が雨に負けずに聞こえている。

 その『ひとり』が僕にとっての夏になった。


 雨の駅前で始まった、僕ともう一人の旅の話。

 8月20日、なにもできていない悔しさが強まるころ。みんなの夏が終わる頃。

 ようやく、僕の夏が始まる。


「どうも」

「どうも」

 世界に負けた夏が、ベンチに座っていた僕の隣に座り込んだ。夏が僕に声をかけてくる。

「私、夏って言っとくんですけど。偽名ですが」

「そうですか」

「はい」

「なにか用です?」

「堅っ苦しいから敬語やめるけど」

「うん」

「旅に出よう」

「え」

「こんなところでぐずぐずしてんな」

「は」

「行くぞ」

「う」

 雨の駅前、この目で夏を見た。

  

「準備してないし」

「そんなのどうにでもなる」

「お金ない」

「私は知ってる。君は幸運にも思わぬ大金を手にしたはず」

「親が許さない」

「私が許可する」

「そもそもきみは誰。僕となんの関係」

「16歳高校生。他に君に伝えるべきことはない。よろしく」

「同い年。てか酷くない? 僕がそんな説得で行くと思っ」

「旅は楽しいよ」

「僕が行く理由がない」

「私が連れて行くから」

「それ誘拐では」

「誘拐は親告罪だから捕まらない、大丈夫」

 滅茶苦茶な泥仕合だ。自分でもなにをいっているのか分からなくなっていく。

「まあ、真面目に君を説得するとするならば」夏が再び口を開いた。

「このまま夏が終わるだけでいいのかいってとこだね。せっかくチャンスが目の前に転がり込んできたのに」

 夏が、なぜか僕の届くところにいる、らしい。

 黙り込む。つかのまの2人の沈黙が雨音を浮きだたせた。

「行きたい、なあ」

 気がつけば、自然に口から本音が零れていた。

「このままじゃ、だめだって思う」

 だめだって思うけど、何をすることもできずに、そのまま時間が終わっていく。ずっとそうだった。

「いい心がけだ」

 隣にずっといた夏は僕の門出を祝うように口角を上げると、

「よし、きっと良い旅になるよ」

 夏は、夏の始まりを高らかに宣言した。

 雨雲の中の太陽のように。


「そこのキオスクでトッポとポッキー買ってきた」

「なぜその敵対する2つ」僕はチョコが舌に絡まってくれる某11月11日のほうが好きだったりするけど。

「人間みたいだから」

「え」

 夏は独特な感性をお持ちのようだ。

「君はまだチョコが入っていないトッポで、私はチョコが削り取られたポッキー」

 そう言いながらトッポのほうを渡してきた。何かの間違いがない限りちゃんとチョコは入っているはずだろうけど。

「ふーん、それじゃそれじゃあ僕たちは欠陥商品か」

「いや、君は出荷される前だから」

「でもチョコが入ってないのに出荷されるなんてありえない」

「それをどう捉えるかは君次第だね」

 そういって夏は薄く微笑んだ。想像力が貧困な僕には比喩が難解で理解できず、夏の頭の中身にある膨大な銀河を覗くことは早々に諦めた。

「それで、どこにいくの」北か南か、できれば涼しい方がいい。

「え?」きょとんとされた。

「え?」尋ね返す。

「きめてないけど」

「え」雲行きが怪しい。

「ゴールなんて決まってないほうが良かったんだよ」

 なにか思うところがあるように、夏はそう告げた。その背がなんだか強く思えて、夏について行くことにしてしまう。おとなしく誘拐されることにした。

「はい」

 夏から手渡された。薄緑色で裏面黒色の固めの紙。一年に一度の帰省の時くらいにしか使わないJRの切符。

「お金払わないと」

「あとでまとめてでいいよ、いちいち面倒だし」

「わかった」

「あ、風情があるよねこの改札」

 駅員さんが木の柵のなかで立っている手動の改札を抜ける。この駅に自動改札が導入されるのはいつになるのか、夏は印を押された切符を楽しそうに手渡されていたけど。

 久しぶりのプラットフォームに出た。この地に帰省しに来た人、出張に向かう会社員、旅を終えて疲れ切った家族連れ、そして旅に出る僕たち。笑顔と、汗がある。

 電車は既にホームで乗り込む客を待っていた。ここから本州に出る唯一の特急。夏休みだからか乗客は数えるほどしかいない。

 僕たちは、クロスシートに隣り合って座った。

「どうしてこのポッキーは奇麗にチョコがかかっているのか」

「理不尽な」

 夏はさっそく買ったポッキーを食べ始めていた。

 ばりばり、ぼりぼり。夏はポッキーをへし折りながら怒りを飲み込むように口に納めている。

 気になって僕もトッポのパッケージを開けてみる。少し期待をして中身を覗き込んでみるが、ちゃんと奇麗にチョコが入っている。表紙と瓜二つで、当然のように。

「たしかになんだかムカつくな、こんな完璧な製品」

 ぼりぼり、ばきばき。夏はバラバラにして口に入れた。

「だよねだよね、傷一つないから」

 ばきばき、ぼきぼき。僕は粉々にして口に入れる。

「どこの誰がみんなにチョコが入っていることを当たり前にしやがったのか」

 僕も夏のように憤慨してみると、続いていた返答が返ってこない。隣をのぞくと、

「……そっか、君はこれをそうやって捉えるんだね」

 夏は何かを初めて知ったような顔だった。

「どういう、意味?」

「私はチョコが削り取られたポッキーで、君はまだチョコが入っていないトッポだから」

 夏は、繰り返しそう言った。あるがままの事実を淡々と述べるように。

 僕は、何も返せない。夏が放つ言葉のどれだけを理解できたか、それに夏は僕に伝える気があるのかも分からない。空調の音がざーっと聞こえる。

 しばしの沈黙の後、構内アナウンスと高らかな笛が響き渡る。駅のさざめきが大きくなった。

「ほら、始まるよ」

 夏は明るい声を出した。横向きシートの向かい側の窓を指さしている。

 僕たちの乗った車両が、モーターをとくとく回して動き出してしまう。

 短いホームの暗い灰色は一瞬で彩色ある町並みに急展開する。

 あっけなく、あっというまに、僕の意思とは無関係に、ぐんぐんスピードを上げて、人が生活している家を頼もしく飛び越える。

 住み慣れた僕の家から離れていく。見覚えのある通りを何度か渡り去り、やがてすぐに窓が映すのは知らない場所だけになる。そうだ、これが、これこそが旅。

 映り変わる車窓を、夏と僕は無言で眺めている。

 夏は、これからの旅路に思いを馳せるように。

 僕は、いろいろごちゃごちゃで、でもやっぱりこれからにほんのり期待をかけて。


 やがて山に入り、窓を覆うのは木々やトンネルの闇になる。

 僕らを乗せた電車はゆっくりと、でも着実に一歩ずつ、進んでいった。


 僕にとって夏とは、手を伸ばしても掴めない輝きだった。

 青春と言いかえてもいい。短い、夏という期間の、熱と力の結晶。

 人々から、メディアから、語られる夏は眩しくて、愛おしくて、自分のものになったらどれだけの体験と感動がまっているのだろうか。小学校に通い、中学校、そして高校生になった。

 期待した。待ちわびた。渇望していた。自分じゃなく、夏そのものに、期待した。

 結果、決して僕の元には夏が舞い降りなかった。

 これは当然の仕打ちだ。僕も分かっていなかったはずがない。夏は、自分から飛び込んだものにしか与えられない。クーラーがガンガン効いた人工光の下で蹲っていても、暑い夏は迎えに来ない。

 自らの足で、踏み出して、まずはひとりで躍り出なくては。

 自らの口で、声を出して、まずは大声で呼びかけなくては。


 そうしないと、ぐずぐずしていたら、夏は僕の前からいなくなってしまう。もう、呼びかけてもやってこない。決して遠くない、こどもをやめたいつかそうなる。夏なんて掠れて見えなくなってしまう。


 僕は何もしなかった。だから、夏は僕のものにならなかった、ただそれだけのことで。

 だから、いつまでも自分を責めて、やっぱり永久に夏はこない。

 勇気の一歩が、一言が、果てしなく僕の下から遠かった。


 そう、自分から動かない僕は、夏と出会うことなんてないはずだったのに。

 偶然駅前で、夏を見つけた。

 歌っていた。叫んでいた。世の不条理に、言葉を叩きつけていた。


 そして、夏は何故か僕を見た。


 いま起きていることは、隣にいる夏は、全てまやかしなのだろうか。奇跡とか呼ばれる、甘いものなのか。

 僕は、なにも分からない。実際の経験に乏しくて世界をほとんど知らない僕には、何も。

 夏の目的も、あのときの叫びのわけも、僕がどうするかも。

 ただ、夏に手をひかれただけで、旅に出た。


「あー、これからやることないけどさ」

 製紙工場たちが煙を出すのを見ながら夏は口を開いた。

「ずっと座ってるだけだもんね」

「旅っていっても、観光目的じゃないし、君を時間的に拘束するための口実なのかもしれない」

「え」

「じょうだん、冗談」夏はすまし顔だった。



「よし、気を取り直してはっちゃけよう」

 はっちゃけてきた。

 何本か電車を乗り換えて、天下の台所にやってくる。

 大阪。とにかく人が多い。夏を見失わないように気を張り詰めた。

 たこ焼きを食べた。

「あちゅぅ!」

「冷ましてから食べないと」

「ふわぁ」

 通天閣に行った。

「…………」

「君、怖いの?」

「い、いや」

「君をスカイツリーから突き落としてあげたい」

「やめてくれ」

 串カツを食べた。

「あっつう!」

「冷ましてから食べないと」

「ふぁあ」

 お好み焼きを食べた。

「あたぁ!」

「冷ましてから食べないと」

「ひぇえ」


 はっちゃけた。

「さ、さすが食い倒れの街……口への攻撃がすごい」

「失敗を学ばないのはきみくらいじゃないの」

「もう夕焼けだね、私の口のなかみたいに空が赤いよ」

「火傷大丈夫か、自業自得ではあるけど」

 空を仰ぎ見る。いつも見ている空より狭い空だ。けれど、確かに繋がっているのだろう。

 どこにでもいる灰色の高層ビルを赤く照らしていた。

 

「そういえば、寝床はどうするの」

 目の前の食べ物に夢中で何も考えていなかった。

「大丈夫、あてはある」夕日に照らされた夏は火傷でしゃべりにくそうにしながら答える。

「私の知り合いに泊めてもらおうと思ってる」

「ちょっとハードル高いな、僕の」

「心配ないよ、私と仲良くなれたんだから」

「仲良く……」

「ちがう?」

「そうか、そうかも」

 今日は、楽しかったのか。夏と仲良く、して。

 楽しかったんだ。人と関わって。手をひかれながらでも、一歩前に出て。知らない新世界を、僕は歩いた。僕は夏の隣にいて、夏の輝きに照らされながら、夏と笑い合った。

 確かに、僕は夏を過ごしていた。

 手をひかれて、旅に出て良かったと、このときは思えてしまった。

 なんだ、一歩踏み出せば簡単じゃないか、夏を得ることなんて。


 自分から何か動くことなんて、できていないだけど。

 


 この旅で君は何を得るのだろうか。。

 ちゃんと、得られるのだろうか。

 この旅の終わりに、何が待っているのか。

 時間が惜しい。今も私の頼りない鼓動は刻々と胸を叩くから。


「海、ひさしぶり」

「おーっ、夏じゃん」

 古アパートから出てきた海は、夏の両手をつかみ顔をほころばせた。夏もほっと息をつくような笑みを浮かべていた。

「ごめんね、急に」

「いいよいいよ、やることないし……それで、こいつだな」

「えっと」胸ぐらを掴まれた。身長差はそこまでないのに圧迫を感じる。思いの強さが違った。

「あー、むしろ私が連れ出したんだよね」

「え、なんで」

 すとん。海さまの手に込められた力が抜けた。

「いろいろ訳ありで。ごめんね」

「そっか、りょかい」

 飲み込みの速さは助かる。

 悪い人でないのも分かった。夏のことを大切に思っている人なのだろう。

「入りなよ、外も暗くなってきた」


 雨ざらしの廊下を振りかえると、太陽はもうおちてしまっていた。

 夏のぼんやりとした空気の間を冷たい風が吹き抜けた。悲しそうなひぐらしの声が聞こえる。

 まだ残った空の茜も、もうじき紺になって真っ暗に飲み込まれるのだろう。ビルの青っぽい明かりだけが煌々と街を照らして、夏は見えなくなる。でも、確かにここにあるように思う。


 古アパートの一室のあたたかな明かりに、夏と僕は呑み込まれていった。


「ご飯はもう食べたよね?」

「うん、明日も朝早く出るから、ちょっとしかいられない」


「これだけは、ちゃんと話しといた方がいいと思うんだけど」

「私……ごめんね」

「謝らなくていい」

「……」

「諦めるの?」

「いまは、考えられない。考えたくない」

「そっか」

「ごめんね」

「謝らないでって」

「でも」


 聞いてしまった。続きが気になったが、好奇心が罪悪感に負けて部屋に引き返す。

 ものが置かれた、もののための部屋が僕にあてがわれて、隅に布団をひいて寝る。

 僕がここにいる、意味を考えていた。

 なかなか寝付かなかったところに、静まった部屋にノックが響く。

「海だけど。はいるよ」

 抑えられた声は、心なしか沈んだように聞こえた。許可を出す前に、扉が開いた。

「あのさ」暗い部屋に、呼吸だけが聞こえる。

「あんたに、何を求めてるわけでもないけど。私も、たぶん夏も」

「夏がこれ以上ぐちゃぐちゃになるのは嫌だから、言う」

 僕は布団から体を起こして、海の、瞳を見た。

「あんたは、夏をちゃんとみてる?」

「あんたは、夏のことなんて全然わかってないはずだよね」

「考えたか? 夏について、ちゃんと」

 はじめて問われた。瞳から視線を外す。床を見た。

「かんがえてないよな、わからないもんな」

 なにも僕からでてこなかった。

「なあ」

 わからなかった。

「お前は、ひとりで立ち直ることができると思うか?」

 海の足下に落ちた水が、滓かな光に照らされた。

「私が信じるべきなのにな」

 わからなかった。

 でも、立ち直れるんじゃないかと思った。

 夏は、夏だから。

 わからなかった。わからない。

 あの笑顔は、諦めた末のものだったのだろうか。

 あの叫びは。

 悔しさは。

 世界への叫びが。


 僕には、ないものだったから、知らないから、知らない。

 知らない。

 知らないと、いけない?

 知らないと、近づけない。臆病だから。

 どうやって、知る。

 見て、知る。

 僕はちゃんと見ていない。

 いまさら遅い。

 怠惰に生きてきた、僕に。


 僕は、夏を見ていた。どこまでも身勝手に解釈して。

 そうして、夏は傷ついていった

 

「ごめんなさい」

 嫌いな自分から、聞きたくもない掠れた声が出た。

 海は、顔を歪めた。無視される。

 嫌いな自分の声は、誰にも求められていなかった。

 扉が閉められた。

 楽器と、暗闇の中にいた。

 誰にも求められていなかった。


 最後に、海が、何か言った。


 もう壊れた。粉々に。

 

「わー」

「あはは」

「ははは」

 わらい声がでていた。

 

 前日の、翌日があった。

 楽しい、一日が在った筈だけど、誰にも求められて居無い。

 ぜんぶ、虚構だ。

 暗い、苦しい、ひとり、独り。

 僕は独りだ。見え無い。前が見え無い。前なんて見たく無い。後ろを見た。

 嫌いな自分しかい無い、後ろが見える、後ろなんて見たく無い、今を見た。

 今なんて見たく無い自分を見なかった。

 何もなかった何も知ら無い。

 暗い。暗い。暗い。

 暗黒。暗黒。暗黒。暗黒。暗黒。暗黒。

 心を蝕む闇。取り払われる事は有り得無い。

 凡ては、自らの怠惰の所為。

 自らの我が儘な振る舞いに因って齎される滑稽な業。

 好転は無い。只下るだけ。墜ち往くだけ。


 となりに、夏が、いた。

 いま、だけは、ぼくのなつだ。

 なつ。

 ぼくのこえをだした。

「なつ」

 

「夏」


 まだ、夏は輝く。


 僕にとって夏とは、手を伸ばしても掴めない輝きだった。

 青春と言いかえてもいい。短い、夏という期間の、熱と力の結晶。

 知らない誰かから、語られる夏は羨ましくて、美しく見えて、自分のものになったらどんな贈り物があるのだろう。小学校に通い、中学校、そして高校生になった。

 期待した。待ちわびた。渇望していた。自分じゃなく、夏という言葉に、期待した。

 結局、僕の下には夏がまい降りなかった。

 これは当然の仕打ちだ。僕もわかっていなかったはずがない。夏は、自分から飛び込んだものにしか与えられない。クーラーがガンガン効いた人工光の下で蹲っていても、自分のものにならない。

 自らの行動で、自分の恣にしなくては。


 ありもしない夏を探していた。恣に夏を夏と重ねた。

 目の上で輝く夏が恨めしかった。

 隣で輝く夏は好きだった。


 今が過ぎれば、夏なんてどうでも良くなる。焦がれた輝きなんて忘れる。

 いやだいやだいやだ。

 気づく。

 たち、あがる。それ、だけ。とおい。

 となりに、夏が、いた。

 いま、だけは、ぼくの夏だ。


「summer」

 となりに、なつが、いてくれる。

 いま、だけは、ぼくをみてくれるなつだ。

 たちあがるだけ。


「私たちの、あの笑顔は、嘘じゃなかったよね」

「大丈夫、私のほうはなんとかなったはずだから」

 

「もういっかい、ポッキーとトッポの話をする」

 なつ。

 ぼくは、なつをみている。

 ぼくのこえをだした。

「なつ」


 なつが、僕をみて、そして夏をみていた。

「君の手で、夏を掴もう」

 なつも、僕も、お互いをみて、そして空高く夏をみていた。


 なつを、もう見失いたくない。

 

 なつが、うたうようにいう。

「しっちゃかめっちゃかだよね、複雑骨折のトッポとポッキーかもしれない。私がああやって折ったみたいに」

 ぼくも、かえりみるようにいう。

「僕がああやって粉々にしたみたいに、ぐちゃぐちゃな心」

「そうだね」

「だけど」僕から言い直す。

「うん、だけど」なつが頷く。

「ぼくはまだチョコが入っていないトッポで」

 ぼくは、いまをなげくようにいう。

「わたしはチョコが削り取られたポッキー」

 なつは、いまをくやむようにいう。

「でも」なつがかえたがる。

「うん、でも」僕もかえたがる。


 なつから、かえる。

「君はもうすぐ中身をいれる君で」


 ぼくが、応えるように、かえる。

「君は、もう一度飾り付けする君だ」


 こんどは、ぼくから、いう。

「僕は、もうすぐ中身をいれる僕」

 

 なつも、いう。

「私は、もう一度飾り付けする私」


 夏をみる。

 手を伸ばす。

 届かない。

 眩しい。

 なつをみる。

 頷きあう。

 立ち上がる。


 旅は終わる。

 夏が終わる。


 旅は終わるけど、僕たちの旅は続く。

 夏が終わるけど、また次の夏は来る。

 なつがいなくなるけど、きっとまた会う。

 旅は終わるけど、夏は終わるけど、

 僕はまだ消えきらない。

 きえない。


 だから。


 2年後の夏休み、あいつとまた会えますように。


 ひとりが、歌っている。

 その戦っているような歌は、叫びにも聞こえる

 言葉を叩きつける相手は誰だったのだろうか。

 悔しい。頬はこわばる。息が上がる。

 だんだん、叫びは世界に聞き入れられなくなって。

 強くなっていく雨音に、ひとりの息切れはかき消される。


 そうしてひとりの夢が潰えそうになる。

 それを、僕は見る。そのひとりは僕の胸が裂かれるほどに美しい。

 雨粒が視界を覆っても、僕にはその人の呼吸が雨に負けずに聞こえている。自分の体を通して、自分の心から伝わってくる。

 その『ひとり』は、僕だ。


 雨のなかで始まった、僕の旅の話。

 今日、なにもできていない悔しさが強まるころ。夏はかってに終わる頃。

 僕がひとつになったころ。

 また、夏に自分の手を伸ばした。 

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きえきらないから、なつと旅。 鳩芽すい @wavemikam

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