灰色の傷に花びらを
夏秋冬春
1
ドスドスと重い足を前に進めた。
雪だか灰だかわからない粉。真っ白いほど白いのに、どこかくすんでいるのはなぜだろう。
チラチラと曇り空が光を反射しているなか、舞う塵に紛れていた。
背負ったリュックは、サイズの割に容量はすでに埋まってしまっていて、投げ出してしまいたいほど重たい。
それでもひたすら前に進んだ。
しばらく進んでいくと、空気中の粉塵が少しマシになる。
なれた足取りでそこを崩れた外壁に向かった。
外壁、多分何か建物が立ってたのだろうが、もう原型はない。
ゆっくりと壁をたどる。
地面を凝視しながら、なにかないかと探していた。
「良かった…一つ、まだ、見つけられた。」
一つ、生えている植物を見つける。
しゃがみこんで周りの土を掘り出した。
掘って、掘って、掘る。
すると、動物の体が出てくる。
それを見て、眉を潜めて安堵した。
僕たちは、まだ、もう少し、生きて行けてしまう。
肉は少し緑に変色していたようだが、途中で紫に変わっている。
食べないほうがいいな、と思いつつ担いだリュックの中に詰めていった。
そうしてきた道を帰っていった。
足跡が全て消えてしまう前に。
「ただいまー、ラナ。」
いつも通り声をかけつつ来てきた粉塵マスクを脱いだ。
「おかえり、にぃに」
「こっちに入ってくるな!」
扉に人影が宿る。ドアのきしむ音に気づいて怒鳴りつける。
影はビクリと体を揺らせて固まってしまう。
同時に罪悪感が僕を襲った。
「ご、ごめん・・・、お兄ちゃん。」
「あ、いや・・にぃにこそ怒鳴って悪かった。・・・ただ、そこから出たらだめだっていつも言ってるだろ?・・・すぐに行くからもう少し、我慢していて。」
「うん・・・・まってるね、ちゃんと。」
急いで防護服を脱ぎ、掘った動物を抱えて素っ裸で漂白室に向かった。
薄く変色した液体に動物を投げ入れて、バケツの中の浄剤をかぶる。
相変わらず冷たくて、鳥肌がたった。
肌が少しヒリヒリして、傷にしみる。ピンク色に変わったよくわからない動物の肌を確認して、取りだす。
紫に変色しているところがボロボロと崩れ落ちていった。
少しだけ残ってしまったたべられないお肉を素手で完全に落とし切る。
少しひりひりとして、手を離した。皮が赤くて、もうぼろぼろに剥がれてしまっている。いつもやっているせいか、手首までは皮が固くなっているのにこうなる時間が毎度早まっている気がした。
匂いが強烈で少し不安を煽る。けれど、僕たちに食べない選択肢はない。
明日食べれる保証なんてないのだから。
動物を逆さに釣り、水を切りながら脱衣所で新しい服と手袋を着る。
そして隣接するキッチンへと向かった。
ガリガリ革を削る。もとから溶けてしまっていたせいで食べれる身は少ない。
悪そうなところと比較的大丈夫そうなところ。それぞれ切り分けて行く。
骨にこびりついた一つ一つを丁寧に削ぎ落とす。少しでも腹が膨れるように骨も砕いて、中の液体を押し出す。
分けたら身を臭み消しの草でもんで火で焼く。
本当は煮込みたいところだけど、残りわずかの水を見て断念した。
焼いているうちに塩コショウをふる。そしてしっかりと火が通ったら、さっき分けたのを間違えないように分けた。
最後に、火が消えないようにかぶせをする。
いつもの流れだ。同じ流れ。怒鳴るとかはほとんどないけれど、基本的に同じ流れ。
できた料理を持って居間ヘと向かった。
「おまたせ」
「・・・!にぃに」
ラナが走ってきて僕を抱きしめる。細い腕が一生懸命僕を抱きしめている。けれどとても力が弱くて、ぬくもりをあまり感じられなかった。
「ラナ、にぃににすぐ抱きついたらだめって言っただろ〜。まったく。そうだ、今日は久しぶりにお肉が採れたんだぞ。とれたて新鮮だ!お腹空いただろ?ほらこれ。」
さっき分けた片方を渡す。
ラナは笑顔でそれをうけとった。
「わぁ!ありがとう、にぃに!にぃには今日どこに行ってたの?」
「いつものところだよ。外壁の周りを回ってた。もうしばらくはそこかな。」
「うーん、じゃあ新しいところにはまだ行かない?」
「…そうだな、付近を探して食料の残りが少なくなったらかな。」
「…そっかぁ。また、誰もいない?」
眉を下げてこちらに聞くラナ
そんな彼女に向かって僕はニヤリと笑った。
「ナラ、君がいるじゃないか!」
どう行って彼女をくすぐる。
「あはは、にぃに、やめて〜!」
きゃははと元気な笑い声を上げながら僕の腕からラナは逃げ出そうと身をよじった。
横腹が硬いのに柔らかい。
薄紫に変わっている彼女の腕は、あとどれくらい持ってくれるのだろうか。
「うふふ、もうっ、にぃにったら!ラナがいないとだめなんだから。」
「そうだよ。にぃにはラナがいないとだめなんだ。だから早く暖かいうちにご飯食べるんだぞ。」
「ふふなにそれ。」
そういって食料を口元に運んでやった。
もぐもぐと口元が動いて、小さな喉で飲み込んでいく。
それを見て申し訳ないのにホッとした。
「ほら、にぃにも!」
僕を真似して、ラナはこちらにフォークを差し出してくる。
こういうやり取りはかけがえのないものなんだ。とても愛おしくて。大切で。続けていたくて。
守りたいのに。
「ありがとう、ラナ。…兄ちゃん照れちゃうなぁ。」
笑いながら、差し出してきた食事を口に含んだ。
「そういえば、ラナ…薬はちゃんと足りてるか?」
「うん、ちゃんと毎日飲んでるんだもん!大丈夫!すぐ良くなってにぃにの手伝いするからね!それでね、それでね!にぃに、今日はとっても調子がいいの!」
どうして僕はこんなに無力なんだろう。
大切だと思うのに。なのにどうして、これを重く感じてしまうのだろうか。
ラナは愛らしく自分を見つめる。
少し頬を染めて、こちらを振り返った。
「だから、少しでいいからにぃにのお手伝いしてもいい?」
彼女の質問に口を閉ざしてしまう。
「…そうだなぁ…。もう、今日の仕事終わっちゃったんだよ。」
「…そっかぁ…。…そっか……しょうがないね…。」
「ごめんな、ラナ。…また今度調子の良いときにはお願いするな。」
そう言って頭を撫でた。
僕の純粋で愛らしい妹はそれを聞いて顔をあげる。
「うん!」と言って彼女はこのまま僕に抱きついてきた。
「きっとね、きっとね、明日はもっと元気なんだよ!だから、約束ね!」
寝る寸前までラナは僕に指切りをせがんだ。
****
朝、だろうか。
電気のない部屋。薄い布切れのようなカーテンにすら遮られるような光では暗くてよく見えない。
いつも近くにおいているランタンに明かりをともした。
時計を見る。チクタクと針は音を立てながら10時を指していた。
寝てから6時間ほど立っている。
それを確認してからいそいそと身支度を始めた。
塵に覆われていて、もう夜か、朝かなんてわからない。
いつからかこの
父さんや母さんがまだ子供だったころは、空から光が入って来ていたらしい。
僕が物事つく頃にはもう、人間世界は灰色だった。時折、チカチカとあたりが反射する。最初は、ニコニコとそれを受け入れていた。
大きくなって、妹がうまれた。
僕より小さくて、か弱い妹。このときから、母はうげけなくなった。
その後から、僕は父さんに連れられて食料の調達に外に出るようになった。
少しでも変なものを拾おうとすると、すごく怒られて、怖かった。でも、父さんとの秘密の遊びのような気がしてとても楽しかった。
ラナを起こさないように廊下へ、脱衣場に向かった。
機能消毒した、乾ききっていない防護服に身を通した。
今日は、少し遠くへ行って見よう。
なにか、なにがあるのかはわからないけれど、新しい何かがあるかもしれない。
少しだけ希望を持ってドアをくぐった。
ゴーグルを通して上を見上げた。相変わらず、灰色だ。きれいに、むらなく、きりのように、灰色だった。
シュー、シューと呼吸する僕の音が、異様に大きく聞こえた。
積もってしまった、なにかを僕はいつものように踏み潰して進む。
毎日、毎日。似たような道だ。
けれど、今日はちがう。
いつもの道を外れる。いけないことをしていることを気がしてドキドキする。
不安が広がる。
僕は行けないことをしているのか、家に帰れるのか。
怖くなって後ろを振り向いた。遠くにかすかに家が見えた。その中で寝てるだろう妹を想像して、ギュッと拳を握った。
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