二度目の入れ替わり・・・『きっと大丈夫』

 カヤさんの具合は医師の煎じた薬では一向に良くならない。特殊な毒だとすれば解毒薬は仕掛けた者が持っているはず。


 残念なことに、実の姉が私を殺めようとした。生き別れた姉に情けをかけることも、愛情を求めることもきっと無理なのだろう。けれどカヤさんを救う為、解毒薬くらいは奪ってでも手に入れる。いつもカヤさんは私を守ってくれた。カヤさんがこんな目に合ったのは初めてのこと。私は完全に冷静さを失った。


 こっそり城を抜け出した。


 山の牢屋まで馬を走らせる。暗い山道一寸先が見えない道をひたすらに走る。無我夢中とはこういう事……これまで生きてきて初めて無我夢中なのかもしれない。そんな風に考えたら……生ぬるく生きてきたもんだと痛感する。自ら選択し動いたことは無いんだから。いつも置かれた状況に悲観し、そしてただじっとして来た。

 カヤさん、待ってて……。


 見張りの兵に声をかけようかと近づくと、背後から誰かに口を覆われた。


「セリ様、こちらから」

 落ち着いたその声は聞き覚えがある。タオさんだ。


「タオさん……あなたも仲間なのですか」

「いえ……私には何の力もありません。……出来る事なら……あなたに従えたかった……」


 その横顔は、灯りに微かに浮かぶ悲しい顔だった。


「カヤは……どうですか?」

「高熱が下がりません」

「…………。さ、マリ様の所へ」


 人目を避け、牢の前へ忍び込む。

 見張りを外したのか、誰もいない。


「マリ……何故あんな事をしたなど聞く気はありません。ただ、聞きたいことは一つ、解毒薬は?」


 以前見たときよりやせ細ったマリが牢からゆっくりと虚ろ気な目をこちらへ向けた。

 城を出て、こんなに憔悴するとは……気が触れたのだろうか。


「王妃自ら来るなんて、やっぱりあんたは馬鹿ね」

「解毒薬を差し出すなら、減刑をサンサ様に頼みます」

「あはははっ駆け引き?すっかり宮中の人間ね?私がそんな易々と差し出すと思う?」

「……では何が望みですか?」


 マリの目にきりっと力が宿った。


「私ともう一度入れ替わりなさい」

「…………私が私だと訴えれば意味がない」

「ふふふ そんな事をしたら、すぐ隣で眠るだろうサンサはどうなるかしら?いくら戦士なみの王でも寝込みを襲われては……ね?またはセリが淹れるお茶なら飲むわよね」

「……カヤさんの解毒薬は?」

「入れ替わるなら、私がカヤに飲ませるわ。心配しないでずっと居座りはしない。今あんたが城にいなければ騒ぎ出す。一時のことよ。その後、城を去る。それまでは、私になりなさい」


 マリは牢を出たいのだろう……しかし本当にカヤさんを救う気があるのか?分からない……けれどマリを牢から出さない限り手に入らない。

 タイガ様に言おうが、強引に追い詰めた所で間に合わない。

 今なら姿格好は似ているかもしれない。万が一マリが居座れば……?大丈夫。きっとサンサ様は気づく。


「分かりました。今夜解毒を、出来ますか?」

「ええ」

「タオさん、絶対にカヤさんを助けて」

「……はい セリ様……申し訳ございません」


 マリは私の衣に着替え、あの首飾りに似た物をつけた。

 深く息を吸い込んだマリはさっと牢から出て入れ替わるように入った私には振り返らず牢の扉を閉めたのだ。鍵といい首飾りといい、あまりの用意周到ぶりに自ら入った牢の中、、不安に潰れそうになる。カヤさんは助かるか……サンサ様に万が一何かあったらどうしよう……。私のした事は正しかったのだろうか……。

 小さな入口から消えていくマリの背を眺めながらそう自分に問う。

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