50話
「……え、ほんとですか!?」
今の流れ、完全に収穫ゼロで終わるかと思ってた。
ライオットさんはこくりと頷くと、話を続けた。
「この国には、ハジメ教という宗教がある」
その名詞を聞いて一番初めに反応したのは俺ではなく、アサツキさんだった。
「ハジメ……!?」
彼女は相当驚いているらしく、ソファから立ち上がって声を上げていた。
何をそんなに驚くことがあったんだろうか。そう思った俺だったが、どうやら白百合とリオも相当動揺しているようで。
「……どういうこと」
「ちょっと待ってください、それって」
リオは前のめりになりながらライオットさんへ問う。
一体なんだって言うんだろうか。俺も気になってきた。
「まあ君たちなら分かるか。なにせかの勇者の名前だ」
勇者の名前。
俺が知る勇者というのは一人しかいない。つまり、先代のマスターのことだ。ライオットさんの発言も含め、彼のことで間違いはないのだろう。
……つまり。
この国には、勇者であった先代のマスター、ハジメという人物の名前を冠した宗教がある、ということか。
「やっぱりそうですか」
リオはそう言いつつ、気になることだらけだと顔に書いてある。同様に、白百合とアサツキさんも困惑しているようだった。無論、俺もしっかりとどういうことだか分かっていない。
アサツキさんはもう一度ソファへと腰を落ち着けると、膝の上に手をおいた。
「知らなかったです。そんな宗教があるなんて」
「君たちが魔王と相打ちになったその後に起こったことだから、知らないのも無理はない」
「説明、していただけますか?」
アサツキさんの問いに、ライオットさんは力強く頷く。
「もちろんだとも。といっても、実にシンプルな話だがな」
彼は一呼吸置くと、すぐに話しだした。
「数百年前、勇者が魔王を倒したことを皮切りに、勇者を信仰するものが現れだした。次第にそれは、元々あった宗教をいくつか飲み込んで大きく成長していった。それがハジメ教の始まりだ」
ほんとに、シンプルな話だな。
俺は宗教に詳しいわけじゃないけど、ファンタジー世界において勇者を信仰する団体というのは何度か見たことがある。
まあ、見たことがあるといっても創作物とかでの話でしか無いが。
「ハジメ教は至って普通の宗教だ。安寧を重視し平和を尊ぶ……という風な教えで、目立った害などは無い。それゆえに様々な地域で広く信じられていて、今ではこの国で一番の宗教と言っても過言ではないほど成長した」
ライオットさんは説明を続ける。
「世界を救ってくれた勇者に感謝し、毎日教会で祈りを捧げる。なんとなく、似たような宗教が昔にもあっただろう?」
「ええ。ありました」
「そういうものだと思ってくれたらいい。特異な点は勇者を信仰しているというところくらいだから、あまり気にするな」
聞いた感じでは、特に変な宗教って感じではなさそうだ。
アサツキさんも納得したように頷いていた。リオはなにか考え事でもしているようで目を伏せている。
そんな中、白百合が口を開いた。
「つまり、マスターに感謝している人の集まり、ということ?」
「ああ。その通りだ」
「そう」
それだけ言うと、白百合は満足げに口を閉ざした。
「さて、話を続けようか」
一区切り、といった空気が流れて、ライオットさんが再び話し出す。
「さっきまで説明したことから分かると思うが、ハジメ教は勇者に関してかなり深い関係にある。そのため、王でも知り得ない情報をいくつか持っている」
「王でも知り得ない情報、ですか」
俺の言葉に、ライオットさんが頷く。
「ああ。いや、言い方が悪かったな。私でも知り得ないというより、知ってはいけない。そういう情報だ」
「……えっと。つまりその知ってはいけない情報というのが、俺たちにとって役立つ情報というわけですか?」
ますます分からなくなってきたんだが。
「すまないが、俺も詳しく説明できないんだ。だが、俺達王族とハジメ教との間で、一つ取り決められていることがある。緊急事態――とりわけ勇者と魔王に関する非常時に関しては、その情報を開示してもいいというものだ」
「な、なるほど」
「だが」
まだ、なにかあるらしい。
情報の濁流に押し流されないように、頭の中で話を整理しつつ頷いた。
「その情報を知ることができるのはたった一人だと決まっているんだ」
「……なるほど?」
「選んだ一人以外には絶対に知られてはいけない。つまり、その情報を知りえる人物は慎重に選定する必要があるんだが……」
ライオットさんはまっすぐ俺を見つめると。
「俺は、マサヒトにそれを知ってほしいと思っている。きっと助けになるはずだろうからな」
……一旦、話を整理しよう。
まず、この国にはハジメ教という、勇者かつ前マスターである人物の名前を冠した宗教が存在する。
そして、その宗教には王ですら知ってはいけない情報というものがあって。
だがその情報はたった一人にだけ開示することが出来て、ライオットさんはそれに俺を選んでくれている……。
「――そういうことなら、俺としてはありがたいです」
「ああ。ちなみに、恐らくだがマサヒトが対象になった場合には精剣たちはその情報を知ることが出来ないだろうと思う」
「え、ほんとですか」
とは言え、精剣たちも自我を持ったほぼ人間なわけだから、”一人”という制限があるなら無理なのも理解できるな。
「でもそうなると、俺よりもリオとかが知ったほうが良いかもしれないですよね」
俺は、勇者や魔王、精剣に詳しいわけじゃない。
そこそこの期間白百合達と一緒にいただけで、彼女たちほど知識があるわけでも、理解があるわけでもないはずだ。
そんな俺が秘密の情報を知るより、特に俺よりも詳しいであろうリオとか、アサツキさんとか、白百合とかに知ってもらったほうが良いんじゃないかって思ったりもするんだけど。
「それはその通りだが、俺としては精剣を束ねるマサヒトが知るほうがいいのではないかと思うよ」
ライオットさんに続いて、考え込んでいた様子だったリオが顔を上げる。
「私も、そう思います。精剣は結局、マスターの所有物だから」
所有物。
そう思ったことは正直全然無いんだけど、たしかにマスターという立場にある以上、そうなのかもしれない。
「気になるけど、私もそう思うわ。精剣はマスターあってこそだから」
「私も、そう思う」
どうやら、みんなはライオットさんの意見に異論はないらしい。
「そっか。なら、俺が知るのが一番かもですね」
「ああ。その方向で行こう」
なんか、重大なことがぬるっと決まってしまったな。
どんな情報なのかは分からないが、それを受け止められるように心の準備だけはしておこう。
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