9話-1 『安生晴香』
「二回戦……開始だァ」
どうする!? マルトースの力は先ほどとは比べ物にならないほど増していた。撤退するか? いやダメだ。蓮理が帰ってきていない。
二人が選んだのは交戦だった。晴香によって召喚された三体の狗がそれぞれ別の角度からマルトースに飛び込む。晴香自身も金鬼の腕を部分召喚し、槍を突きこむ。
俺は地面すれすれの位置を飛び、カシモラルの出力を上げて接近する。
「効きませんヨォ!!!!」
結果的に初撃はほとんど効果がなかった。狗たちは無茶苦茶に振り回された腕に弾き飛ばされ、晴香の槍は無残に折られた。出力を上げた俺のカシモラルだけが、わずかに血を流させるに至った。しかし、それだけだ。
「化け物め!」
「化け物とは失礼……ですネェ!」
技術も何もあったものでないぶちかまし。それ故に早く厄介だ。
「くっ……!」
予想を上回る速度に回避が間に合わなかった。とっさの判断で攻撃の方向にわざと逆らわずカシモラルを噴出し吹き飛ばされることで威力を殺す。
力もそうだが、今まではなかった防御力が厄介だ。出力を上げさえすれば奴の肉体を両断できた。しかし今はわずかに傷をつける程度であり、晴香の攻撃は通用しなかった。
「なんでこれをもっと早くしてこなかったんでしょうネェ……こんなに力が溢れて止まらないのにィ……!」
それにしても先ほどからマルトースの様子がおかしい。力を取り戻したことで人を食ったような態度を再開したのかとも思ったが、それにしてはこちらを見ていないようにも思える。
「まァ……あなたたちを殺すにはちょうどいいですし……今ならドヴォルグ様だって食べられそうデスヨ」
肉に覆われた口に当たる部分が裂けて横に広がる。笑っているのだ。
肉の腕は伸縮させることができるらしい。遠く距離を置いていた晴香と俺に触手のようになった腕の打擲が何度も何度も迫りくる。
動きが単調な分予測は容易くなっていた。近接戦を得手としていない晴香でさえ、その動きを目で追っている。しかし、そのパワーとスピードはデタラメというしかない。そのスピードを見切って攻撃をかいくぐることができても、地面が割り砕かれて逃げ場所が少しずつ制限されていく。
全開のカシモラルなら無理矢理に千切ることができるが、切ったそばから増殖するためあまり効果があるようには思えない。
避ける。千切る。いつの間にか晴香の方に気を配る余裕がほとんどなくなっていた。レメゲトンが送ってくれる彼女の生体情報が辛うじて生存を教えてくれる。
どれくらいの時間が経ったのだろう。触手たちは打擲の瞬間で動きを止めていた。
「ウウゥウゥゥ……」
マルトースはもはや正気ではなかった。体を抱えるように丸くなり、さっきまで笑っていた口の端からはよだれを垂れ流しにしている。
力に溺れた敵役が最後には暴走して……というのは映画などのお約束だが、その暴走の矛先が自分たちになるなどたまったものではない。
結果として。マルトースの第二形態は長く続かなかった。マルトースのこの姿は後先などを考えず力を取り込んだ暴走状態のようなものなのだ。
戦闘力の差こそあれ、持久戦に持ち込めさえすれば勝てるはずの戦いだった。
――唯一の誤算は持久戦を展開できるほど、マルトースの体があふれ出る力と魔力に耐えきれなかったことだ。
「……! 晴香!」
――膨張、収縮。マルトースの肉体が明滅を繰り返す。魔力を感知できない俺でも分かる。奴はもうすぐ内圧に耐えきれずに爆発するだろう。
晴香が式神を召喚するにはある程度の時間を置く必要がある。金鬼も狗も防御に回すには時間が足りない。
考えるよりも先に体が動き出していた。
「レメゲトン! カシモラルが飛ぶ出力を最低限にして残りをサブナクにすべて回してくれ!」
ともに戦場を駆け抜けた相棒は、その指示を受けてくれた。
防御兵装【サブナク】。要の両親が残した特殊兵装統括AI【レメゲトン】が管理する武器の一つだ。平常時は10%ほどの出力で要の身を守っているが、その時点で自動小銃の斉射を耐えることができる。
レメゲトンは主の指示に応え、サブナクの出力を80%まで引き上げて防御の姿勢を取らせた。
「間に合え……!」
「カナメくん!」
晴香をかばうように飛び出す。爆発にいつでも耐えられるようにサブナクの防御にエネルギーのほとんどを回していたが、カシモラルでの飛行は晴香に届いた。
普段は要所を守る部分装甲として役割を全うしているサブナクだが、ほぼ全てのエネルギーを受けてその姿を変えていた。
この世界のものではない金属は繭のように主と、その友人を包み込む。統括AIレメゲトンもその動作を確認したのち、自身の動作に回していた出力すらサブナクに回していた。
水風船のように膨らんだマルトースはついに臨界を迎えた。閃光が部屋を包む。爆発の破壊が部屋の外壁まで届く。要と晴香ももろとも吹き飛ばされて力なく転がる。
要とレメゲトンの尽力が功を奏した。二人で抱き合った繭のまま吹き飛ばされはしたものの、晴香の意識ははっきりとしている。
主の意識喪失とともに、レメゲトンは防御を解除した。どちらにしろ、レメゲトンには兵装を動かすだけのエネルギーは残っていなかったが。
「あはは……また、助けられちゃったね」
しかし、それで終わりではなかった。燃えカスのようになったマルトースがゆっくりと近づいてきているのだ。
爆発で致命傷を負ったマルトースだったが、その外殻となっている肉の鎧は主の最後の指示通りに死にかけの体を動かしていた。要と晴香を道連れにするという最後の意思を。
今の爆発の中で形を保つほどの防御を持つ肉の鎧を貫き、とどめを刺すには最低でもカシモラルレベルの破壊力が必要だった。
晴香は式神の札を構える。しかし、今手元で使えるのは青雀のそれだけ。攻撃力ではカシモラルどころか金鬼や狗にも及ばない。
「そうだなぁ……こういう時はお祈りするしかないよね」
晴香は目をつぶって手の平を合わせる。歩いてくるマルトースには視線すら合わせない。
晴香のルーツは安倍晴明であると以前彼女は言っていた。実のところ、それは間違いではないのかもしれない。彼女の血筋をたどってみれば、かの人物の流れをくむものがいるのだろう。しかし、それは彼女の術の源流ではない。
彼女自身も知らないが、彼女の力の源は神に仕え、神に奉仕する者たちだ。人々が指導者を求め、寄り集まり、信仰が生まれた時代から続くその者たちは――巫女と呼ばれていた。
――巫女の祈りは神へと届く。
「
青雀の札が姿を変える。複数体の群体からなる式神は一つに寄り集まり、巨大な三つ足の神の使いへと変貌した。
「恐み恐みも白す――どうか、私たちをお助け下さい!」
八咫烏は太陽のような熱量を伴ったままマルトースへ突っ込んでいく。ぶつかるのはマルトースが受けた唯一の外傷。要のカシモラルがつけた傷だ。
八咫烏は、マルトースの体が紙であるかのように容易く貫いた。すでに死に体だった彼は、その一撃で完全に活動を停止した。
その体は灰のようになってその場に崩れ落ちた。爆発で空いた穴から吹いてきた風が、その灰を巻き上げてどこかへ飛んでいく。
晴香は傍らに横たわる要に手を伸ばす。息はある。レメゲトンが上手くやってくれたらしい。
「ハッピーエンドを迎えなよ? レンリくん……」
最後の言葉に願いを込めて晴香の意識は闇へと吸い込まれていった。
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