8話-3 『異世界ドラグニカ』

「姫ニュートよ。我に力をよこす気はないか?」


 グラーダたちが本隊を編成しなおし、蓮理たちの世界へ攻め込む約半日前。玉座の間には鎖に繋がれたニュートと、それを見下ろすように玉座に座るドヴォルグの二人だけがいた。

 しばらく前に目を覚ましたニュートへ、ドヴォルグはこんな問いかけを投げかける。


 弱々しく顔を上げたニュートの傷は未だ癒える気配はない。それでも目の中の光だけは消えずにドヴォルグをにらみつけている。


「誰が……そんなこと……! 貴方も、知っているんじゃない? この術は術者が認めた相手以外には使うことができないって」


 少し前まで父の座っていた玉座に仇敵が座っていた。ただそれだけでこの申し出を断るに十分過ぎた。


「ああ、噂には聞いたことがあるな。お前の父親の力を吸収した時に、能力まで発現したのは幸運だったと言える」


「それでもお前は最終的に、その力を俺に明け渡すだろう」


 まるでそれが決定事項だとでもいうように、大仰に振る舞うドヴォルグ。その態度の一つ一つがニュートの神経を逆なでする。それでも、今ここでニュートのことを吸収する気はないらしい。


 問答によって気力を削ぐこともドヴォルグの狙いであると考えたニュートは、それ以降口を開かないように努めた。傷の癒えない体では、体力的にも意識を保ち続けることが難しかったというのも理由としてあった。


「……眠ったか」


 ドヴォルグは玉座の間に幹部たちを呼び寄せる。


「お呼びですか」


 三人の先陣を切ってマルトースが用件を聞く。普段は我が強くそれぞれを蹴落とし合う三人も、ドヴォルグの前では片膝をついて首を垂れる。それだけドヴォルグの力はグラーダたちにとって絶対なのだ。


「向こうの対応力は分かった。もう一度あの世界を攻めなおすため、『暴虐』と『血刃』の二人には部隊を率いてもらう」


 二人分の返事が返ってくる。しかし、マルトースは不満な態度を隠しきれていない。


「不満か? 我の決定が」


 挑発するような聞き方に、マルトースはあえて反抗的な態度をとる。


「ええ、不満ですヨ。片腕を無くしたとはいえ、そこらの雑魚どもに負けるつもりはございません。それなのに留守番して待っていろということですか?」


 マルトースの右腕は先の戦闘で切り飛ばされ、修復にも至っていない。


「我の推測が正しければ、お前にも必ず仕事ができる」


 主力たちがこの城を開ける間に空き巣が入り込むとドヴォルグは言っているのだ。それの対応という役割を与えられてなお、最前線を望むマルトースではなかった。


「分かりました。出過ぎた真似をお許しくださァい」


 おおかた、ドラグニカの正規軍の生き残りが攻め入るに違いない。そう考えたマルトースは、吸収してもほとんど力の足しにならない異世界人とこちらの世界の戦士を天秤にかけて残ることを決めた。


「半日後には部隊の編成を済ませ、向こうの世界へ行け! 我は用事を済ませ次第合流しよう」


 用事といったところでニュートを顎で指す。それだけで意図をくみ取った三人はそれぞれの仕事を開始した。



 *



 時は戻って蓮理たち三人は、王城の宝物庫に潜入を成功させていた。


「ここが確か、宝物庫だったよな。見張りも置いてないなんて随分と不用心なんだな」


「仮に何かあったとしても、ここに来るのなんて異世界から迷い込んだ力を持たない一般人だろうからな。侵攻もあってほとんど出払っているんだろう」


 なんとなく、ニュートのいる方向が分かる。変身が解除されてからも傷の治りが早かったり、すごい力を発揮したりと人間離れしている感覚があるが、これもその感覚の一つなのだろう。


「レンリくんは絶対に戦っちゃダメだからね! いくら力が強くなってるっていっても変身中みたいな超再生能力はないんだから!」


「分かってます。それに、二人ならニュートのところに届けてくれるって信じてますから」


 いくら警備が手薄だといってもグラーダの見張りはいくらかいると考えて動いた方がいい。ニュートのいる場所の感覚を俺が伝え、二人には突発的な戦闘に対応してもらうという手はずになっている。


「といっても、それほど距離はないっぽいです。あと、この部屋くらいの大きさの場所が……二か、三くらいの距離にニュートはいます」


 感覚的なものだから実際にそこに行って確かめるしかないが、この感覚に間違いはないという奇妙な確信があった。その確信を基に二人は俺を信じてくれているのだから、俺も二人を信じるしかない。


「よし、なるべく足音を立てないように慎重に歩こう。何かあったら、俺から合図を送る」


 まずは宝物庫を出る。出入り口にすら見張りがいないことを見るに、よほどの大軍で向こうの世界に行ったようだ。


「そういえば、こっちの人と俺たちって会話できるのか? あっちはそういう魔法があるみたいだけど」


 元の世界では異世界人とも意思の疎通が可能だった。しかしあれは、大昔の人が世界を覆うように行使した大魔法であると以前要が教えてくれたはずだ。

 異世界であるドラグニカではその影響がなくなってしまうのではという疑問からの質問だった。


「ドラグニカが例外かもしれないという仮定は置いておくとして、あの魔法は人にかかっているものだ。異世界へと移動したとしても一日ぐらいは問題なく会話ができるはずだ。それに、ニュートくんのおかげで言語パターンの解析は済んでいるから翻訳も可能になってる」


 つまり、ニュートと会っても言葉が通じないということはないらしい。


 宝物庫への道は警備の関係からか、短めの廊下で部屋と部屋をつないだ一本道となっている。一つ目の部屋は王族の避難場所となっていたらしく、それなりに豪華な内装をしていたが、今では見る影もない。


 あと二つほど部屋を通過すればニュートのもとにたどり着く。そんな逸る気持ちを抑えて人のいない部屋を抜け出して廊下に出たまさにその時、そよ風のような魔力の波を感じた。

 体がこわばる。晴香さんに視線を送ると、彼女も同じものを感じたらしい。


「どうした!」


「誰かが使った魔力を感じたの! 多分、この先の部屋にいるから交戦を考えた方がイイかも!」


 そよ風のように感じるほどわずかなものだったが、体が思わず臨戦態勢に入る不吉さを多くはらんでいた。


「晴香、正面からの戦闘になる。できる限り手早く倒して蓮理を送り届けるぞ」


 言ってしまえばこちらは火事場泥棒のようなものだ。侵攻へ戦力を傾けているのは人がいない王城を見れば一目瞭然だ。こちらの世界の残存戦力はそれほどでもないだろうとは頭では分かっているが、それでも謎の不安感はぬぐえなかった。


 そしてそんな嫌な予感というのは往々にして当たってしまうものだ。


「……ドヴォルグ様が言っていた侵入者とはアナタたちでしたか」


 開けた扉の先には隻腕となった山羊のグラーダ、『悪食』のマルトースが薄ら笑いを浮かべて立っていた。

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