第14話 説明3 - 〝力〟と理由
「あの――」
おずおずと、
「でも、
ちょっと言い方が引っかかったが、事実その通り――美少女戦士もまた魔法少女の力を借りることになるなら、薫子が『守り神』の力を借りられない以上――そもそも〝戦う〟なんて発想、これまでの十年そこらの人生で一度だって真剣に考えたことなどない。
訓練なり魔法の修行なりしてくれるとしても――
「そこなのよ――私たちは戦えない。いやまあ、最低限の魔法は使えるし、変身も出来るけど、〝相手〟と比べれば戦力にはならない。『守り神』のバックアップがないんだもの。だけど、そこに〝抜け道〟がある」
「つまり、サラブレッドという訳だ」
「……俺の母親が、魔法少女だったから?」
「そう!」
薫子の声が若干高くなった。彼女は我に返ったように「こほん」と咳払いしてから、
「……順を追って説明するわね。そもそも、〝土地に選ばれた魔法少女〟というのは……土地に選ばれるというのは、その人にその〝才能〟があるから。魔法を扱う才能――というより、『守り神』と交信できる〝体質〟かしら」
「その体質というのは、かつて『巫女』と呼ばれた……〝古の魔法少女〟と同じ資質があるということだ。つまり、才能のある者というのは遠からず『巫女』と血縁関係がある。その子孫であり、いわゆる隔世遺伝によって才能を発露した訳だ」
「そういう、先天的に力を持った、巫女の血をひく人間自体はこの街にはそれなりにいて――私はたまたま、縁が合った。それで、先代である頑馬くんのお母さんに選ばれた」
話の流れを振り返るに、『魔女』
「巫女というのは魔法少女のこと――もう分かってると思うけど、この理屈で言えば先代の息子だって同じ体質をもっていてもおかしくはない。……ただ、これまではその確信がなかった。まず〝男の子〟というのもあるし……」
確信があっても、可能なら巻き込みたくはなかった――ということなのだろう。
「その状況が変わったのは、先日のこと。『蟲』を退治していたクロウが『狭間』に迷い込む頑馬くんを見かけて――それだけならよくある話。同じように血をひく人間が迷い込むこと自体はよくあるのよ。だけどその後、クロウがあなたたちに〝ちょっかい〟をかけた」
「あぁ……」
「それ以前に、クロウに〝会いに来た〟時点で、君に才能があることははっきりしていたんだ。さっきも言ったが、通常『狭間』には望んで入れるものじゃない――魔法少女や、その才能がある者でないかぎり」
「クロウから報告を受けて、私は確信した。……今日あなたたちが訪ねてこなくても、遅かれ早かれ私から接触したでしょう。『狭間』に出入りできるようになれば、さすがに千種が放っておかない。千種も、以前から目はつけていたでしょうから」
「……これまでそれらしい干渉をしてこなかったようなのが、多少気にはなるがな」
「まあ、ともあれよ――危害を加えることはなくても――あまり、こちらとしては無視できないからね」
「そうでなくても、『蟲』に襲われる恐れがあるからな。こうなってしまった以上は、巻き込むのもやむなしという訳だ」
頑馬としては偶然で、他意はなく、今日に限っていえば必要に駆られたのもあるが――好奇心は猫を殺す、という。自分から首を突っ込んでしまったことに変わりはない。
薫子たちの懸念も理解できる。仮に千種側に先に接触され、あることないこと吹き込まれていれば――薫子たちと敵対することもあったかもしれない。
しかし――まだ、それで頑馬がどう〝戦力〟になるのか、十年にも及ぶ膠着状態を打破するきっかけになるのか、その理由は見えてこない。
「要するにね、あなたは私や千種とはまた別の経路で、『守り神』の力を借りられるってこと。私の『美少女戦士』になるということで私が仲介役にはなったけれど、それをきっかけに、あなたは私を通さずに直接、『守り神』の
「あいにくと、千種ほどの出力は期待できないが、それでも――」
薫子と
頑馬からは確認できないが、まだ頭の上に〝それ〟が載っていることは感じていた。ほのかにあったかいというか、陽光が差しているような温もりがあるのだ。
「『守り神』の代理人である〝のじゃロリさま〟が、力を貸した」
そうなの? と不思議そうに、話を呑み込めていない綾心が視線を向ける。頑馬もはっきりとは頷けないが――
「〝のじゃロリさま〟は『守り神』の意思そのものといっていい存在。この街の、土地の真の〝主〟ともいうべき存在よ。そんな彼女の化身が、あなたの『御使い』として現れた――これはもう、実質『魔法少女』として認められたようなもの」
「化身……みつかい?」
「マスコット的な存在だ。女児向けアニメによくいるだろう、ヒロインに力を授けたりする、喋る小動物」
「あぁ、いますね、人間に変身したりもするやつ……」
と、綾心が相槌を打つ。頑馬にはとっさにイメージできないが、言われてみればなんとなくは頷ける。
「確かに、マスコットって言われたら……」
頑馬が上を向こうと顔を傾けると、
「のじゃ」
……と、頭上から声がした。
「…………」
沈黙する一同である。これまで一言も発しなかった二頭身幼女が、突然声を発したのだ。続く言葉を待つのだが――
「のじゃぁ……」
……それはもうなんというか、〝鳴き声〟としか言い様のないものだった。
「まあ……千種の影響もあって〝のじゃロリさま〟も万全とはいかないんでしょう。だけどこの〝端末〟だって『守り神』との独自の繋がりを持ってる。魔法少女をサポートするための『御使い』だもの。そう……今のあなたの立場はもう、私から〝権限〟を引き継げば〝次代の魔法少女〟になれるものよ」
「それは――」
責任重大、と言えるだろう。まだ、実感は湧かないが。
溶け出した氷が地面に染み込んでいくように――理解は、していた。
「ともあれ――状況は確実に動き出したの。これだけで千種に対して有利になったとは思わない。でも、こちらの優勢に傾き始めたのは事実。頑馬くんが『守り神』の力を引き出せるということはつまり、源を同じくしている以上、それだけ千種が引き出せる力にも影響が出る――『守り神』の〝根本〟を抑えてる千種も、私が〝契約〟したのを察知してる。突然襲ってきたのもそれが理由よ」
――のんびりしてはいられない。その言葉の意味が少しだけ分かった。
「完全に事後承諾になってしまったかたちだけど――私としては、あなたを無理に巻き込もうとは思わない。でも、千種はそうはとらないでしょう。だから……そうね、最低限の〝自衛〟の手段は伝えるつもり。力の使い方をね」
「…………」
彼女は、何を言おうとしているのだろう。何かを、問われていると感じる。
「必然的に……私と千種の〝戦争〟に関わることは、避けられないと思うわ。それはあなただけでなく、あなたの周囲にも波及する」
薫子が綾心を見る。どこか〝部外者〟として客観的に状況を把握していた綾心は、ここにきて自分も〝当事者〟の一人になっていることを自覚した。
そうか、と頑馬は思った。そもそもの発端は――綾心に声をかけ、『狭間』に至ったのは頑馬である。そして――
(既に、〝ちょっかい〟はかけられてる――)
学校には、『魔女』千種の息子がいる。『絶対イケメン』が――
(……まだ、その実感はないけど――俺には〝力〟がある、らしい)
それならば、どんな〝ちょっかい〟をかけられようと――いや、それをさせないように――
戦う理由を見つけた。
頑馬は立ち上がり、薫子に答えた。
「――俺、やりますよ」
幼馴染みを〝悪い虫〟から守りたい――今はただ、それだけだ。
「マジか……」
口ではそう言うものの、綾心も〝やむなし〟といった表情をしていた。
結局のところ、選択肢は二つに一つ――立ち向かうか、逃げるか。
いずれにしても〝自衛〟の手段を学ぶ必要があるのなら――協力しないのに教えは受けている、なんて後ろめたさを感じるくらいならば、だ。
ここまで説明を受け、がっつりその事情に深入りしたのなら、さすがに他人事と割り切れない。それに、亡き母が少なからずこの現状に影響しているなら――やっぱり、他人事とは言えないのだ。
「……よしっ」
ぐっと拳を握る薫子さんである。それから若干頬を赤くして真顔を装うが、本心をごまかせない人だった。隣では恋無少年が呆れたように息をつく。
「そうと決まれば――と行きたいところだが、時間が時間だしな。明日も平日、君たちには学校もある。訓練の類はまた後日、日を改めるとしよう」
「え、いや、」
それに異論はないが、そんなあっさりと――ごく当たり前の、常識的理由を口にされると、さすがに戸惑う。テンションの落差というか、なんというか……。
けれど、その〝ごく当たり前の日常〟を守るための訓練なのだ。
とはいえ――繰り返しになるが、
「……〝外〟、いいんすか……? こう、うっかり忘れそうになってたんですけど、今って俺たち、敵の襲撃を受けてるんですよね?」
戦力が五分で、自分たちがいても足を引っ張るだけなのは分かったが、それでもこうも長いこと放置していていい問題ではないだろう。
加えて言えば、頑馬が〝戦力〟足りえる事情は分かったが、もう一人の美少女戦士の方はいったいどうなっているのか、その説明はまだ聞いていない。
「そうね、言われてみれば、クロウの帰りが遅いわね。心配はしてないけど――ちょっと様子を見てこようかしら。ついでに千種の〝パシリ〟に宣戦布告するのもいいわね……!」
「いや、さすがにそんな大見得きれるような――」
――事実、外は既にそのような状況ではなくなっていた。
「なあ、イヌ――薫子はお前と〝あの子〟、どちらを採ると思う?
そしてお前は、どちらに就くべきか――
己の本分を違えるなよ、『御使い』」
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