第12話 説明1 - 〝力〟と『狭間』




 静かな喫茶店風の室内で、頑馬がんま綾心りょうこはテーブルを挟んで薫子かおるこ恋無れむの二人と向かい合って座っていた。


 薫子に促され頑馬は〝変身〟を解いて、元の制服姿に戻っている。薫子から受け取ったカード入りのケースを首から下げており、頭の上には二頭身の幼女が載っている。


「まず、第一に知っていて欲しいのは、この街には土地を守る霊的な存在――通称『守り神』がいるのね。魔法少女はその神様に仕える巫女で、その力を借りることが出来る存在なの。神様の加護バックアップを受けているわけ」


「そして、美少女戦士は〝魔法少女の部下〟のようなものと考えてもらっていい。魔法少女は神様の力を借りて、美少女戦士はその魔法少女から力を借りる――当然、魔法少女より〝出力〟は劣るし、魔法少女が力の供給を断てば美少女戦士は戦えず、また、美少女戦士が力を借りることは魔法少女の負担に繋がる」


 じゃあその〝負担〟が問題なのかと、早とちり気味に頑馬が思うと、それが顔に出ていたのか、薫子は苦笑交じりに首を横に振って、


「今の私は、そもそも『守り神』の加護を失っているのよ」


 それはすなわち――


「今の僕と薫子は、まったく戦力にならない、という訳だ」


 そう言って、恋無は小さく息をついた。


「え、それって――」


 詰んでるのでは、というか外のあの人はそれで大丈夫なのか、そうなると自分の立場は――等々、いちおう関係者なだけに様々な疑問が溢れて二の句の継げない頑馬である。代わりに、横の綾心がたずねた。


「それって、『守り神』の力を……誰かにとられた、とかってことですか……?」


 それは自然な問いだった。答えは分かっていたが、それでも聞かずにはいられないものだった。

 その誰かについては頑馬にも察しがついている


 この街を支配する――魔女。


 これまでの話を総合すると、そのような話の流れになる。


「その通り。正当な、今代の巫女……魔法少女はこの私なのだけど、今や千種ちぐさにその力の大半――『守り神』の加護を受ける権利、その実権を握られてるって有様なの。だからあっちは好き放題、『蟲』に干渉できるのもそれが理由ね。ただし……そうね、いわば〝管理者権限〟ともいえる、最後の最後の決定権は未だ私の手にある」


 その〝権限〟がある以上、たとえば千種は新しくファイルをつくることが出来ても、重要なファイルの内容の書き換えや完全な削除は行えない、ということらしい。〝最後の決定権〟とはそういうことである。その〝ファイル〟がなんのたとえなのかは分からないが――


 千種は、その〝権限〟を狙っているのだ、と薫子は言った。


「それが、私たちの〝戦争〟の核心ね。私は『守り神』の加護を取り戻したい、千種は私から〝権限〟を奪って『守り神』の力を完全掌握したい――そういう構図よ。内実はもっと入り組んでいるんだけど、とりあえずここまではオーケー?」


 こくこくと頷く頑馬と綾心。


「それから――そうね、魔法少女の力のリソースである『守り神』についても説明が必要ね。神様といっても世の神話にあるそれとは違って、この街を、この土地を〝人の住みやすい環境〟に整えている存在――そのためのエネルギーといったところよ。『守り神』のいる土地は、空気が良くて作物がよく採れ、人々が活気づいている――」


「空気が良いというのは雰囲気もだが、何より自然が豊富ということだ。良い環境はそこに住む人々に良い影響を与える――たとえば、健康問題。伝染病なんかだ。インフルが流行って学級崩壊といったニュースはたまに見かけるが、この街でそうした事例はほとんどないだろう? 個人単位の風邪はあっても、それが蔓延するようなことはない」


 言われてみれば、といった感覚であまり実感はないが――それだけ、ごく当たり前に影響を及ぼしているということだろう。


「それが、『守り神』の力。魔法少女はその一部を戦うエネルギーとして借り受けている――仮に、強大な『蟲』と戦う時、私がその力を80%ほど借りるとする。そうするとそのぶんだけ街は力を失い……伝染病が蔓延しやすくなるわけね。空気が悪くなり、不作が続き、当然人々の活気もなくなる。まあ、また別の災いを食い止めるためなんだから、そこはやむなしといったところね……」


「たとえば、台風なんかで考えると分かりやすい。大きな被害をもたらす台風が接近する――周辺地域では家屋の倒壊や洪水といった大災害をもたらしていた台風だが、この街には直撃せずに通り過ぎる。それは魔法少女が『守り神』の力を借りて、台風を食い止めたからだ。しかし、その影響で土地を守るぶんの力は弱くなり……大雨や突風、土砂崩れといったことが起こる。天候が不安定になり、地盤が弱くなる訳だな」


 けれども、他の土地と比べれば被害は目に見えて最小限――軽い負傷者は出ても、死者までは出さない。

 それが『守り神』の力だと、改めて薫子は告げた。


「とはいえ、今のは極端な例の一つね。魔法少女が普段利用できる力なんてほんの一握りよ。もう少し身近なたとえをすると、この空間――『狭間』に在るとは言ったけど、この建物自体は現実に存在する、私の家よ。添花そえか市〝はさくら町〟二丁目にちゃんと実在する」


 見知った地名が出てきて、急に現実に引き戻される。添花市というのはこの街の名前で、はさくら町といえば頑馬たちからすると隣町だ。同じ市内だが、それなりに距離がある。気付かないうちにそんなところにまで足を伸ばしていたのか――


「頑馬くんたちの住む隣町までは……徒歩で一時間かかるかどうか?」


「だいたいそのくらいだろうな。この辺は入り組んでるから――」


「だけど、そのドアを使えば一瞬で、頑馬くんの自宅に出ることも出来るわけよ」


 どや、という感じに言われ、頑馬と綾心は思わず後ろのドアを振り返った。なんの変哲もないドアだが、外からは一切の物音が届かない――


「望めば、市内のあらゆる場所に直通よ」


「まあ、ドアの〝向き〟の都合があって、基本的に〝出口〟用になるが。要するに、そのドアの外に出れば、君の家の玄関先に出ることになる――ドアを閉めて振り返れば、そこはもう君の家の前だ」


「マジで〝どこでもドア〟なんすね……ドアからドアへ瞬間移動する……」


「そう、市内限定だけどね。『守り神』の力が働く範囲内。他所の土地には他所の神様がいたりするから、その範囲はそれなりに規定されている」


 ただし、とそこで薫子は指を立て、


「――条件がある。この〝瞬間移動〟という魔法の〝対価〟ね。今のたとえで言えば、頑馬くんの家の前に出た時、現実では


「移動にかかる時間だな。時間という対価エネルギーを支払う訳だ」


 ついさっきまで〝はさくら町〟にいた人間が、一分後には隣町にいる――そうした、傍目でも分かる〝瞬間移動〟がもし一般人に見つかれば大問題だ。その辺をフォローするための〝辻褄合わせ〟といったところなのだろう。ドアから出てくるのもあって、言い訳はいくらでも出来る。


「それだけ言えば、当然の理屈だし、〝どこでもドア〟がなければ当たり前の話ではある」


「だけど、徒歩で一時間も移動すれば疲れるわよね。カロリーを消費するわ。でもこの〝移動法ドア〟を使えば、それがない。その移動に使われるはずだったエネルギーを、『守り神』が肩代わりしてくれる――それが、魔法少女の魔法の仕組みってわけ。まあ、特権よね」


 その理屈で、この〝部屋〟はどこへでも繋がり、こうしてドアを閉じているあいだは逆にあらゆる場所から〝隔絶〟されている――そのために〝安全〟ということらしい。


「現実へのリンクにはそうした対価が発生するけど、『狭間』内に関して言えばなんの制限もないわ。だから権限さえあればどこからでもこの部屋に入れるし、どこへでも逃げられる――そもそも外に出なければ安全なのよ」


 ……薫子が引きこもっているというのも、それが理由なようだった。


「これは私が力を奪われる前に構築したシステムだから、千種に力を奪われた後も使えるし、権限の問題であっちは干渉できないってわけ。仮に今、現実にあるこの建物が爆撃されて、跡形もなくなったとしても、今ここにいる私たちは無事なの。なんの影響もない。空間が切り離されている、別の次元、位相にあるからね」


「……まあ、何かしらの障害は出るだろうな。たとえば、外に出られなくなるとか――それも一生」


 軽く付け足された台詞が重すぎた。


「『狭間』には出られるでしょうよ」


 ちょっとした沈黙が訪れた。


「ちなみに……その『狭間』っていうのも、『守り神』の力なんですか?」


 ちょうどいい機会だったので、再三出てくる単語について質問してみる。


「正直、私にもよく分からない――この世とあの世の狭間としか言いようがない場所よ。この世のあらゆる不思議が潜む場所、とも言えるかもしれない。『無間街廊むげんがいろう』とか『複製街ふくせいがい』とも呼ばれるわ。もう分かってると思うけど、ああいうどこまでも続く似たような景色が無限に広がってるの。この街に限らず、たぶんこの世界のどこにでもあるわ。昔、修学旅行で行った京都でも迷い込んだもの」


 なんだかホラーな話に思えて頑馬は身を引いたのだが、薫子は何を勘違いしたのか、昔といってもそこまでじゃないのよ、と慌てて付け加える。


「〝道に迷う〟という現象の正体もあれだ。気付かないうちに『狭間』に迷い込み、まったく異なる道に出る――失踪した人間が数日後に心神喪失状態で発見される、というのも『狭間』のせいだろう」


「〝神隠し〟の一種ね。発見されればまだマシな方……『蟲』に襲われることもあるし、そのまま〝あの世〟に出る場合もある。正真正銘、言葉通り〝帰らぬ人〟になるのよ」


「そんな場所に君たちは今日、のこのこやって来た訳だ。いかに無謀なことか分かっただろう。……まあ、そもそも入ろうと思って入れる場所でもないんだが」


 テーブルの下で隣の綾心に小突かれた。どちらかといえば率先していたのはそっちだろ、と思うものの、口には出さない。


「…………」


 思いもよらなかった、この世界の〝裏側〟――そのことへの戸惑いと、自分が今、〝その世界〟へと足を踏み入れつつある自覚――


 では、自分は〝この世界〟にどのようにかかわることになるのか。


 本題はここからだ。



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