第4話「だって、好きになっちゃったんだもん」

 鳥山さんと真田。二人の関係について詩織から話を聞いた。

 しかし詩織自身もあまりよく知っておらず、断片的な情報しか分からなかった。

 それでも全く知らない状態よりマシだった。いきさつを分かっていれば対策はできるだろう――勉強と一緒だ。


 二人は幼馴染で幼稚園時代から遊んでいた仲だったらしい。

 小学校の高学年のとき、真田は親の仕事の都合で引っ越しをして鳥山さんと離れてしまうけど、メールやラインなどで連絡は取り合っていた。そして僕たちが通う角松高校に揃って入学できると知って、鳥山さんは喜んだみたいだった。


 そして再会したとき、鳥山さんはまるで『別人』のように成長した真田を見て、好きになってしまった。どうやら真田は近況を言うやりとりの中で自分の写真を送ったりしなかったようだ。


 それから告白して返事が来ず、僕がドロップキックされてしまうことになる――しつこいようだが、僕が関わった原因なので声を大にして言いたい。


 僕は鳥山さんのことはよく知らない。見た目からして大人しそうで人畜無害な女の子という印象しかない。

 真田との関係もあまり見えてこない。長年連絡を取り合っていることから親しい間柄なのは分かる。ただそれだけだ。


 率直に言えば僕のしていることはおせっかいだ。余計なお世話でしかない。真田が鳥山さんを無視しているのはあまり好ましくないことだけど、詩織との一件が無ければ、後輩の恋愛事情なんてどうでも良かった。


 真田が抱えている秘密は気になるけど、野次馬のように暴こうだなんて下衆がやることだ。だから、鳥山さんと真田が向き合えば僕が同席しなくてもいいだろう。そういう場をセッティングしただけで、僕の役目は終わったと判断するべきだ――



◆◇◆◇



「なんで僕も見守らなければいけないのか。訳が分からないけど」

「内藤先輩が焚きつけたんじゃないですか」

「僕が? おいおい。文月さんが言い出したことだろう?」

「そうでしたっけ? まあ乗り掛かった舟なんですから。沈没するまで付き合ってください」

「沈むのかよ。なら救命ボートで逃げ出したい……」


 真田に鳥山さんと会うように言ってから翌日の昼休み。

 僕は詩織に連れられて高校の裏にある人気のない場所にいた。

 昼ごはんの時間だから生徒はここに来ないだろう。食堂でご飯を食べる前に、無理やり連行されたので空腹だった。ちなみに後で詩織に売店でパンを買ってもらう約束をしている。後輩に奢られるのは初めてだ。


 既に鳥山さんと真田はこの場に来ていた。それを邪魔にならない程度の距離で僕と詩織は見守っている。しかし二人は話そうとしない。鳥山さんはもじもじしているし、真田は気まずそうだった。


「えっと。僕たちが邪魔だったら、どっか行くけど」

「あ、え、その。できればいてほしいです」


 真田が申し訳なさそうに言う。離れるチャンスを失ってしまった。

 早く話せと催促するのもどうかなと思い、黙っていようとすると「いい加減、言いなよ」と何も考えていない詩織が口火を切る。


「こうして黙っていても、時間が過ぎるだけだよ」


 そのとおりだけどよく言えたなと呆れと感心が入り混じった思いで詩織を見つめる。

 詩織はにこりともせず、真面目な顔で二人を促していた。


「分かっている……でも、怖くて……」

「真田くん……いや、みさおちゃん。私、実は知っているの」


 少し臆した真田に鳥山さんは覚悟を決めて言う。

 不安そうだったけど、言わないといけないって覚悟を決めていた。


「みさおちゃんの秘密。覚えているか分からないけど、昔、言ってくれた」

「ならどうして、私に告白したの?」


 真田は少しだけ傷ついた表情を見せた。

 言われなければ、友達のままでいられたのにと言外に表していた。


「だって、好きになっちゃったんだもん」

「…………」

「分かっていても抑えられないよ」


 僕は真田の秘密が何なのか、まるで分かっていなかった。

 家庭の事情でまた引っ越しをするとか。程度の低い想像しかできなかった。

 だから僕は鳥山さんみたいに覚悟ができていなかった。

 あるいは詩織のように、二人のことを真剣に考えていなかった。


「……改めて、言うね」

「おい。いいのか? 僕たちが聞いても――」

「誰にも言わないって、信じていますから」


 詩織ならともかく、昨日会ったばかりの僕をどうしてそこまで信用するのか分からない。

 あの後、少し会話したけど何で信用を得たのかも見当がつかない。


「神楽ちゃん。実は私――」


 真田の身体が緊張で震えた気がした。

 きっと、気のせいじゃない。


「――女の子なんだ、心が」



◆◇◆◇



 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 確かに真田は中性的な顔と体格をしているし髪は長い。

 女の子に見えないことはない。だけど――真田は学ランを着ている。

 それに九組――男子しか入れないクラスの生徒だ。


 でも、最後に付け加えた『心』という単語で理解できた。

 性同一性障害。

 つまり真田の性自認は女性なのか。


「昔から、違和感があった。なんで、私は男の子なのかなって」


 堰を切ったように、真田は語り出す。

 僕の隣で詩織は黙って真田を凝視していた。

 僕も言葉が無い。


「神楽ちゃんはいつも守ってくれた。でも転校してからいじめられた。男らしくないって。女の子は私のこと格好いいって言ったけど、嬉しくなかった。男になんか産まれたくなかった。自分のことが嫌いだった。でも、神楽ちゃんだけは違っていたよね」


 鳥山さんは涙を流していた。その理由は分からない。

 好きな人が女の子だと確定したからか。

 それとも――


「私は神楽ちゃんとメールしたりラインしたりするの楽しかった。いろんな話をしたり聞いたりするのが楽しかった。だけど逆に会うのが怖かった。神楽ちゃんにとって、私は幼馴染の『男の子』だったから。神楽ちゃんも私のこと、男の子だって……」


 真田も泣き始めてしまった。

 震える身体。見ていて痛々しい。


「告白されたとき、私ショックだった。神楽ちゃんも私のこと、男の子だって――」

「違うよ。私、違う……」


 鳥山さんは首を横に振って、真田に近づこうと――


「来ないで!」


 悲鳴のように鋭い拒絶の声。

 鳥山さんの足が止まり、顔も真っ青になる。


「私は女なの! 男の子のように振る舞えないし、男の子のように生きられない!」

「みさおちゃん……」

「神楽ちゃんだって、私のことを男の子だって思うから、告白したんでしょ!」


 真田は止まらない。

 もうどうでもいいのだろう。

 秘密を明かした者特有の思考。


「神楽ちゃんは私のことを知らない! 悲しんでいることも、苦しんでいることも、何も知らない! だから――」


 言葉が止まった。僕のせいだ。

 真田の肩を僕は思いっきり掴む。

 驚く真田に「うるせえよ」と静かに言った。

 無理矢理目を合わせる。


「内藤、先輩?」

「勝手に思い込んでいるんじゃねえ。勝手に鳥山さんを誤解しているんじゃねえ。全部、お前の想像じゃねえか――真田」


 口出しするつもりは無かった。

 だけど、僕の心の弱い部分に、真田は触れた。

 理性と憤怒が入り混じる。


「僕はお前のことは知らない。どうでもいいし、男だろうが女だろうが関係ない。だけど、鳥山さんはそうじゃないだろ。さっきも言ったとおり、鳥山さんはお前の性別が女だって知っていたんだぜ?」

「そ、それは……」

「僕はな。自分の考えで他人の想いを決めつける奴が――大嫌いなんだよ!」


 怒鳴って真田を突き飛ばす。

 よろけてたけど、転んでいない。立っている。

 自分の足で、立っている。


「鳥山さん。この馬鹿に自分の気持ち伝えてやれよ。誰だって踏みにじられたくない、大切な思いがあるはずだ。そうだよな?」

「……あります。私、みさおちゃんに伝えたいことがあります」


 鳥山さんは目をこすって、涙を拭った。


「みさおちゃん。私、みさおちゃんが女の子でも好きになったと思う」

「神楽ちゃん……」

「小さい頃から、ずっと好きだった。みさおちゃんが女の子だって言ってくれたとき、とても悩んだし、引っ越すときは毎晩泣いた。文字でやりとりしているときは会いたくてたまらなかった。だから再会して実際に見たとき、思わず告白しちゃった」


 鳥山さんは真田に近づいて「ずっと好きでした」と手を握った。


「女の子のみさおちゃんが好きです」

「…………」

「でも、苦しめるだけなら諦める」


 鳥山さんは笑顔になって「それだけ言いたかったの」と言う。


「だから、もう悩まなくていいよ」


 もう十分だと思った僕は「それじゃあ僕帰る」とその場を去ろうとする。

 詩織は「えっ? あの、内藤先輩?」と何故か焦っていた。


「後は二人だけで解決できるだろう。それに腹が空いた。時間ギリギリだけど食堂で食べられる」

「購買でパンは――」

「どうせ売り切れだよ。文月さんは友達の傍にいてやれ」


 そのまま僕は歩き出す。

 背中に真田が「内藤先輩!」と投げかけた。


「なんて言っていいか分からないですけど、ありがとうございました!」


 振り返ることなく、僕は手を軽く振った。

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